乗り物酔いの話



「梅田、大丈夫?」
「うっ、……」
「トイレまで行ける?」
「うぃ……」

だめだ、これは通路で野垂れ死ぬかもしれない。
こういう時、晴が男か、俺が女だったらいいのになって思う。
今にも吐きそうって顔でふらふらトイレに向かう晴に誰も付き添うことができない。
はぁってため息吐いた基が心配そうに晴の背中を見てた。
ジャニーズ銀座が終わったその日のうちに飛び乗った新幹線は、滝沢歌舞伎の次の公演場所、御園座がある名古屋に向かって順調に進んでた。
元々乗り物酔いが激しい晴は椿くんが用意してくれてたあらゆる酔い止めを飲みまくったけど、クリエで蓄積された疲れと雨が近いらしくて襲ってきた低気圧にやられて完全にダウンしてた。
かげが言うには今までで1番酔ってるらしい。
新幹線乗って数分で後ろの方の席から『うぇ、うぇ、』って呻き声と、『大丈夫?ビニール袋あるから吐いてもいいからね?』って宥める基の声が車内に聞こえてて、俺は心配してたけど隣に座る横原は煩わしそうに早々にイヤホンで耳を塞いだ。
それから数十分。
晴の呻き声は止まらないし、何度か口元押さえてトイレに行ってる。

「晴、大丈夫かな…」
「大丈夫っしょ。知らんけど」

独り言のつもりだったけど横原は聞いてたらしい。
イヤホン外して仕舞った時にチラッと見えたスマホ画面からすると、たぶん聞いてた芸人さんのラジオが終わったんだろう。
乗る前に買ったお菓子の袋を開けて2人で食べ始めたけど、全部食べ終わるまで晴は戻ってこなくて。

「……」
「あ、戻ってきた」

顔、真っ白。
ほとんど目開けてられなくて、立ってるのがやっとってくらいふらついてて、これは本当にやばいかもしれない。
絶対吐いてる。
緊急事態宣言中ってこともあって、この車両にはほとんど関係者しかいないのが唯一の救いか。
この姿がファンに目撃される可能性は低い。
アイドルの欠片も、というかいつもの晴の面影も失ってて、可哀想なくらいだ。
できるならどこでもドアをあげたいくらい。

「晴、座れる?」
「……」

あー、もう返事もできない。
マスクして口元にハンカチあてて、ふらふらして座席にバンバン当たりながら歩いてくる晴を基が迎えに行こうと立ち上がった時、新幹線がガタン!って大きく揺れて。

「っうえ、」
「おわっ!?」
「晴!?」

ちょうど俺と横原の列を超えて基の隣の席に戻ろうとしてた時、ガタンって揺れた車体とボロボロ状態の三半規管が晴の身体をめちゃくちゃ揺さぶって。
ふらついたままバランス崩して、通路側に座ってた横原の膝の上に後ろからドサって倒れ込んで。
咄嗟に横原が受け止めたから怪我はないと思うけど、びっくりた横原が眠そうだった目を見開いてぱちくり瞬きした。

「ちょ、梅田お前、」
「待って、ガチ、吐く」
「は!?」
「うぇ、」

横原に膝の上でお姫様抱っこされてるっていうなかなかすごい状況なんだけどそれを理解するほど晴に余裕はない。
膝の上で口元抑えたから横原がめちゃくちゃ動揺してて、バッて勢いよく俺を見てきた。

「っ大河ちゃん!」
「え、俺!?」
「違うか!?え!?ちょ、もってぃー!もってぃー!!」
「はーい!」
「どうしたー?」
「なんかあったー?」
「晴が吐きそう!」
「まじか」
「え!?うめめ大丈夫!?」
「俺、まだ開けてない水持ってるからそれ使おう!」
「死ぬな晴!死ぬなー!」
「乗り物酔いじゃ死なないと思う」

離れた席にいたメンバーも心配する中、すぐに飛んできた基はビニール袋を晴の口元にあててその顔を覗き込んだ。
顔を隠してた髪を耳にかけたら真っ白な顔して涙目、というかもう泣いてる晴がいて。
てか、やっぱり基はこういう状況に慣れてるな。
さすが、伊達に何年も晴と一緒に滝沢歌舞伎(つまり遠征)やってるわけじゃない。

「梅田、吐いても大丈夫だけど、吐く前に教えてね?」
「ごめん…」
「謝らなくても大丈夫だから」
「ごめん、横原もごめん」
「いや、いいけど…、びっくりしたわ…。あー、もってぃーありがと。袋ありがたいわまじで。…席戻った方がいいよな。通路、人通るかもしんないしまた揺れるから」
「うん、そうだね。梅田、席戻れる?」
「そもそも立てんの?」

優しく問いかけたけどまた車体が揺れて、晴がビニール袋を強く握ったからガサって音がした。
ふるふるって弱々しく首を横に振ったから、基がどうしようって眉を下げたけど、この状況を変えたのは意外にも横原だった。

「がちゃんさ、俺の前通って抜けれる?」
「たぶんいけるけど」
「じゃあ抜けてもってぃーの隣座って。梅田が落ち着いたらがちゃんの席に座らせるわ」
「え、落ち着くまでそれ?」
「動かして吐かれるよりマシでしょ」
「まあ…」
「もってぃーもそれでいい?梅田になんかあったらすぐ呼ぶから」
「俺、席まで運ぶよ?」
「無理っしょ。もってぃーに渡してる間に揺れたら終わりだよ」
「……」
「最悪、俺の服で受け止めるけど、座席には吐かれたくない」
「……わかった」
「ごめんなさい、うえ、」
「気持ち悪いんなら謝んないで黙ってて。まじで、吐かないことだけ考えて」

字面は冷たいように聞こえるけど、そう言いながらも横原は晴の背中と膝裏に腕を回してぐいって自分の方に身体を寄せた。
トンって横原の胸に引き寄せられて、力入んない晴がくたって身体を預けたのを見て、基が息を呑んだ気がする。
気がするだけで、気のせいだったかもしれないけど。
横原が晴の背中を優しく撫でてるから、たぶん、そのうち落ち着くはず。
少しだけ空いたスペースをなんとか飛び越えて通路に出ると、心配そうな顔した基を連れて後ろの席に戻った。

「つばっくーん!水ちょうだい!」
「はいはーい!……うわ!うめめ顔色悪っ!」
「水飲める?飲まない方がいい?どっち?イエスなら俺の手叩いて、ノーなら叩かないで」
「うめめ、それ全部飲んじゃってもいいからね?遠慮しないで、…っわ!結構揺れるな!」
「あー、つばっくんありがと。もう席戻って、危ないから」
「わかった、なんかいるものあったら呼んでね」

その光景が珍しいから思わず聞こえてくる声を聞いてしまう。
こういう時に晴をフォローする役目を横原がやることは少なかったしあんまりイメージがない。
ましてやあんなに強く晴に触ると思ってなかった。
数分で落ち着いたのか、晴が自分で立ち上がって横原の隣の席に座ったのが見えた。

「ふぅー…」

深く息を吐いた基が、身体から力を抜いて背中をシートにつけた。
その時、気付く。
晴が横原から離れるまで、ずっと、基は背筋伸ばして晴を見てた。
大丈夫かな、吐かないかな、辛くないかな、って、ずっと、晴を心配してた。
たぶん、そうだと思う。

「ふは、ひどい顔」

揶揄うような声と一緒に、横原が被ってたキャップを取ったのが見えた。
ぽすって晴の頭に被せてつばで顔を隠して、そのまま隣で静かに過ごしてて、時折晴に触れる。
名古屋に着いても晴はふらっふらだったけど、真っ白な顔は横原のキャップでなんとか隠されてた。




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