「可愛い」と彼女



※IMPACTors結成前のお話


「おはよー…」

レッスン場に入ってきたうめめの背筋は丸くなってた。
どよーんとした空気と青白い顔色。
明らかに元気なくて声も小さくて、挨拶の声は誰にも届いてなかったのか誰も返事をしなかった。
荷物を置いてすぐにレッスン場を出て行く背中を目で追いかけながら、うめめと一緒にレッスン場に入ってきてた基を捕まえる。

「ねえ、うめめどうしたの?」
「え?」
「元気なくない?体調悪いの?」
「あー、今日オーディションだったんだけど、落ちたって」
「落ちた!?あんなに練習してたのに!?」
「うん。他の事務所のアイドルに決まったらしい」
「そう、なんだ…」
「本人落ち込んでるけど、今日レッスン終わったら太陽軒にラーメン食べに行くから大丈夫だよ。さっき不合格の連絡受けたから一瞬落ち込んでるだけ」

時々ご用意いただける外部仕事のオーディション。
俺らみたいなグループに所属してない、個人で知名度も低いジュニアがオーディションに呼んで貰える機会は多くないし、そのどれもが貴重なチャンスだ。
うめめは今回、そのチャンスを掴めなかったらしい。
基の言う通りお腹いっぱいラーメン食べたら元気になるんだろうけど、なんとなーく心配になってレッスン場を出た。
うめめ、オーディション用の台本もらってから毎日遅くまで練習してたし、その役をずっとずっとやりたがってたから。
あの落ち込み用はラーメンどころじゃ治らないかも。
しょぼんってした背中を見つけたのは控え室で、鏡に映る自分の顔を見ながらクレンジングシートで目を擦ってた。

「そうだよね…、私可愛くないよね…」
「っ可愛いよ!!!」
「へ!?あ、え、椿くん!?」

びっくりしたーって言いながらうめめがこっちを振り返った。
オーディション用にしてたメイクは片目だけ残ってて、もう片方はよく見るすっぴんの目だ。
オーディションに落ちて落ち込むのも反省するのも自信を無くすのもいいけど、まさか自分のことを可愛くないなんて言うのは許せなくて反射的に大きな声を出してしまった。

「なんで可愛くないなんて言うの?誰に言われたの?」
「え?あー、……気にしないで」
「気にするよ。そんなこと言われたら傷つくじゃん。それに、うめめは可愛いよ」
「っ、」
「そこは自信持ってよ。なんで自分で自分のこと可愛くないなんて言うの」
「……落ちた理由」
「え?」
「オーディションに落ちた理由ね、可愛くないからだって」
「……」
「受かった子は1番可愛かったから合格させてんだって。オーディション終わった後、プロデューサーにそう言われちゃって…」
「……そっか」

そんなこと言われたくないよね。
見た目ってもちろん大事だけどそれだけじゃない。
それ以外の部分もみんな努力して磨いてるのにね。
魅力なんて人それぞれたくさんあるのにね。
でもそんなこと言っても仕方がないのがこの世界。
受かったその子だって、絶対に見た目だけじゃない他の魅力もあって受かったに決まってる。
だからといって、うめめが劣ってるとも思わない。
受かった子にも選んだプロデューサーにももちろんうめめにも、悪いことなんてないんだ。
それでもうめめは選ばれなかったんだ。
それを分かってるから何も言えない。
俺の気持ちしか、言えない。

「うめめは可愛いよ」
「椿くん…」
「俺はずっとそう思ってる」

隣に座って目を見てまっすぐそう言えば、やっと笑った。
オーディション用にメイクしてても、いつものレッスンの時みたいにすっぴんでも、落ち込んでても笑っててもどんな時でも。
君が可愛いのは間違いない。
誰にも否定させない。
そう伝えたら、恥ずかしそうに目を逸らしてまた鏡を見た。

「椿くんは最高の先輩だな」
「そう?」
「こっちが恥ずかしくなるくらい甘えさせてくれる」
「うざかったら言ってね」
「ううん、大好き」
「本当?嬉しいな」

恥ずかしそうにするくせに『大好き』はちゃんと目を見て言ってくれる。
そんなところも可愛いと思うし、無条件で甘えてくれる”先輩”ってポジションは本当においしいね。
ここ、絶対譲らないからね。



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