身長と彼女



「梅田?」
「……」
「梅田ー?」
「……」
「無視された…」
「あー、基、今話しかけないほうがいいよ」
「え?」

楽屋のソファでスマホいじってた拓也はそう言って苦笑した。
拓也が指さしたのは、眉間に皺寄せて口をへの字にして難しい顔したままiPadに向かってペンを動かし続けてる梅田。
撮影終わったから明日のリハの話でもしようと思ったのに、梅田は俺の問いかけに気づかない。
あ、よく見たらイヤホンしてた。

「どうしたの?なんかあった?」
「なんか嫌なこと言われたみたい」
「嫌なこと?誰が誰に?」
「スタッフさんから基のこと言われたみたいだよ」
「え、俺?」

誰かに何かを言われるようなことをした覚えはないし、たとえ俺のことを言われたとしても梅田がiPadに向かう理由が分からない。
わけが分からなくて首を傾げたら、拓也はあきれたように息を吐いた。

「さっき他のグループのyoutubeのスタッフさんとたまたま喋ったんだけど、その時に『IMPACTorsの基くんは小さくてあざとくて可愛いね』って嫌味っぽく言われたんだよ」
「あー、うーん、まあ、うん、否定はしないけど」
「ドTV見て言われるなら分かるんだけど俺らのパフォーマンス動画見て言われてさ。晴としては悪口に聞こえたんだって」
「え、悪口かな?」
「わかんねぇ。でも晴は嫌だったみたい」

どこらへんが悪口?
悪意を持って言われたのかな?
梅田が怒る理由は?
ますます分からなくなったからiPadにガリガリ描いてる梅田の正面に座って手を振ったら、むすっとした顔を一瞬でいつもの顔に戻してイヤホンを外した。
お、大人の対応する気だ。

「俊介、おつかれさま」
「おつかれ。さっきから何してんの?」
「衣装考えてた」
「衣装の仕事来てるんだっけ?」
「来てないけど、なんとなく…」

覗き込んだ手元には衣装のイラストが描かれてて体格とか髪型ですぐに俺だってわかった。
拓也もその絵を覗き込んで感嘆の声を上げて何度も頷く。

「うわ!すっげ!めっちゃいいじゃん!」
「うん、これかっこいいよね」
「全然だめ。そんなにかっこよくないよ」
「えー、そう?俺は好きだけど」
「…これじゃまた『可愛い』って言われちゃう」
「晴、まだ気にしてんの?さっきのスタッフさんのことは気にすんなよ」
「気にするよ。だって身長のこと言われたくない」
「……」
「たしかに私たち身長揃ってないけど、それでもかっこよく魅せるのがプロでしょ?歌もダンスも衣装も、そのために本気で作ってる。完成したものに自信もある。なのにあんな嫌味な言い方されたってことは、馬鹿にされてるんだよ」
「……」
「俊介がこんなにかっこいいパフォーマンスしてるのに!それに、私が作った衣装着てる俊介のこと馬鹿にされたままじゃ終われない!悔しい。絶対見返してやる」

高身長が揃うIMPACTorsの中で俺の身長が低いのは明白だ。
梅田との身長差もそこまで無くて、隣に並んだらほとんど変わらない。
梅田がヒールのある靴を履いたら追い越されることもある。
パフォーマンスをする上でメンバーが並んだら綺麗に見えるように意識することは重要で、自分で振付する時は当たり前のように意識してるし、梅田はいつだって衣装の面からそれを支えてきた。
身長が低くても大きく魅せられるように。
身長が揃ってなくても統一感があるように。
小さい、あざとい、可愛いって部分を意図的に魅せるのはいいけど意図しない、特に勝負所のパフォーマンス動画でそこを指摘されたことが悔しくて仕方ないんだろう。
スタッフさんに対してこんなに分かりやすく怒ってるのは珍しい。
隠してたイライラ顔を出したままiPadに描いた絵を修正していく梅田を見て、ちょっとだけこそばゆい。
俺にとってマイナスな部分を突かれたら梅田がこんなに怒るとは思わなかった。
自分が作った衣装の力不足を嘆いてるだけかもしれないけど、でも、ちょっとだけこそばゆい。
俺のことで怒ってくれたのかなって期待してしまう。

「晴、でもさ、基から”小さい”ってとこを取っちゃったら俺ら勝てるとこなくね!?」
「どういうこと!?」
「身長以外欠点がないってこと?」
「そう!」
「いやいや!そんなことないから!」
「小さいままでいてくれよ!これで身長も高かったら誰も敵わねえ!」
「そんなことないよ」
「そんなことないの!?え!?梅田がそれ言っちゃうんだ!?」
「たしかに俊介は良い人だけど、欠点もいっぱいあるから」

梅田も悪口言ってんじゃんって思ったけど、柔らかく笑った梅田と目が合って口を噤んだ。
俺の欠点、マイナス、弱いところ。
梅田は知ってるし、見てるし、どうしようもない俺を受け入れてるし、弱ってる時に梅田を求めたことは何度もある。
俺にとって”特別”な梅田は、いろんな俺を知ってるんだ。
拓也が頭にはてな浮かべたまま首を傾げたけど、何も言わずに梅田から目を逸らした。
梅田だけが知ってる。
そっか、知ってるのか。
……知ってくれてるのか。

「なにニヤけてんの?」
「ニヤけてないよ」




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