◎01
 すっかり暖かくなった春の風が頬を撫でる。春は好きじゃない。環境が大きく変わるから順応するのに気力も体力も使うし、何となく気持ちが逸るような何か新しいことを始めないといけないような焦った気持ちになる。気持ちが落ち着かないからはやく夏になってほしいと思ってしまう。ただどう頑張っても季節は巡るし時は経つし春はくる。私はつい一週間前中学二年生に進級した。
 家を出るとちょうど見知った二つの姿を見つけ、私は「守、風丸!」と声をかけた。二人は同時に振り向くと「おはよう」と返してくれた。
「二人ともいつもこの時間なんだ。朝練? 早いね」
「そっちこそ珍しいな。何かあるのか?」
「委員会の仕事。花壇に水あげないといけないの」
 入学式の次の日じゃんけんで無慈悲にも決まった委員会は美化委員会で、進級したてとかそんなのは関係なく自動的に水やりの当番が決まり、早速今週の当番が私だった。花壇に美しく咲くチューリップを維持しているのは私たち美化委員会なのだからそこで写真を撮っている生徒は私たちに感謝してほしいものだ。
「そういえば部活に新入生入った?」
 二人とも運動部に所属していて、後輩がいっぱい入ってほしいと言っていたことを思い出す。特にサッカー部に所属している守はたしか部員数がどうのこうので、新入部員がたくさん欲しいと言っていた。
 しかしその話題を出すと、守が目に見えてしょぼくれてしまったので私は焦って隣の風丸を見ると、困ったように視線を彷徨わせながら「実はな」と今の状態について説明してくれた。
「はあ、部員も引き続きやる気ないし、一年生もそんなに入んなかったんだ」
「そうなんだよ……でもみんな本当はサッカーやりたがってるはずなんだ! だからオレは諦めない!」
「おお……」
 このバカみたいに明るくて暑苦しいところは小学校入学前から変わっていない。風丸も私も守のこういうところには振り回されたりもするがその分元気を貰うこともあるのでプラマイゼロかなと思う。
「なあなまえ、サッカー部入ってくれよ〜」
「何言ってんの、そもそも学校違うし無理でしょ。じゃあ私こっちだから」
「だよなあ。じゃあな、なまえ」
「またな、みょうじ」
「うん、またね」
 二人は雷門中学校に通っていて、私は少し離れたところにある公立中学校に通っている。理由としては別に中学から私立じゃなくていいかなと思っていただけなのだが、私のいた小学校からは大抵が雷門中に上がるので進学先を言ったときは大層驚かれたものだ。特に風丸なんかは誰よりも驚いていた。「中学校も同じなんだって気持ちでずっといた」と言われたときは「えっごめーん」と返事してしまい、軽すぎるって怒られた。家が近いので今日みたいに登校時間が被れば途中まで一緒に行くことは多いけど、文化部の私と運動部の二人じゃ生活リズムがまず違うしその上で学校も違うとなると会う回数は中学校に上がってから極端に減った。だからと言って疎遠になるような相手ではないけれど、きっと誰かに恋人か何かができたりでもしたら今たまに会うことすらなくなるんだろう。

「えっ、フットボールフロンティア」
「ああ」
「……って何?」
「おい……」
 そして暫く経ってからまた偶然二人と帰り道で一緒になり、せっかくだしと三人で帰路についた。河川敷で複数人とサッカーの練習をしていたのはまだしも、その中に風丸の姿もあったため不思議に思ったのだ。たしか風丸は陸上部のはずではと訊けば、この間帝国学園との練習試合をきっかけにサッカー部に転部したのだという。まさかのことすぎて驚いてしまった。そしてなんとサッカー部は間に合わせではあるものの部員が11人揃ったらしい。そしてフットボールフロンティア地区予選に出ることが叶ったのだと守が意気揚々と教えてくれた。フットボールフロンティア。ちょいちょい聞いたことはあるような気がするが、サッカーにそこまで興味がなかったので過去の私はだいぶスルーしていたみたいだ。
「中学サッカーの全国大会。その地区予選が始まるんだよ」
「え、えーっ。すごい、頑張れ」
「おう! 良かったらなまえも見に来いよ」
「いや試合ってだいたい平日じゃん、無理だよ学校あるし。心の中で応援しとくね」
 守は私の返事に「そっかー」と引き下がる。しかし表情や瞳はきらきらとしていて、ああなんか、本当によかったなという気持ちになる。守は小さい頃からサッカーが大好きだった。そりゃもうとっても。その好き加減にドン引きしたことも多々あるが、中学になってからサッカーの話は聞いてもサッカー部の話はあまり聞いた覚えがなかったから、少し心配していたところはあった。その憂いなくなってよかったのではないだろうか。
(でも……)
 風丸は小さい頃から誰よりも足が速くて、中学校になってから陸上部に入部してとても活躍していると聞いていた。だから風丸は本当に良いのだろうかと思ってしまう。ちらと風丸を見ると私が何を言いたいのか分かったのか、「陸上部は後輩もしっかりしてるし大丈夫だ」と答えてくれた。
「円堂の熱意に背中を押されたんだ。オレが納得して転部したからいいんだよ」
「まあ……風丸がそういうなら」
 でも確かに守の求心力みたいなものは幼馴染ながら目を瞠るものがある。なんだかよくわからないけど、こいつについていけば間違いないと思わせてくれるようなそんな不思議な力があると常々感じていた。こうして人の人生を動かしてしまうような、人生や信念を変えてしまうきっかけになるような、そんなものを。
「怪我には気をつけてね」
「ありがとな! それよりさ聞いてくれよなまえ! サッカー部に超強いやつが入ってくれてさ!」
「聞いてる聞いてる」
 サッカーの話をする守はいつも生き生きとしているが、一年前より今のほうがより瞳が輝いている気がする。せっかくサッカー部に入ったものの思うように活動ができていなかったのはあの守ですら堪えるものがあったんだろうと察しがいく。そんななか、今やっと願いがひとつ叶ったんだと思うと、やっぱりよかったなと思ってしまうのだった。

戻る

top