◎03
練習後、部室で着替えているとすでに着替え終わった半田がそわそわとした様子で風丸に「なあなあ」と話しかけた。半田の後ろからは松野も覗き込んでおり、風丸は上着をロッカーから取り出しつつ「どうした」と返すと、抑えられないとでも言うように「昨日の女の子って風丸の彼女⁉︎」と言ってきた。それを聞いた瞬間風丸は思わず強い力でロッカーの扉を閉めてしまった。想像以上に大きい音がしてしまい部室内にバアンという音が響き渡る。他の部員も何事だと風丸たちの様子を伺っていた。
「なん、何、いったい何を、急にっ」
「えっいやいや狼狽すぎでしょ」
松野から冷静なツッコミが返ってきた。しまった取り乱しすぎたと我に返ったが時すでに遅し。半田も松野もにやにやとこちらを見ていて風丸は余計に居心地が悪くなった。
「なるほどなあそういうことかあ」
「いつもクールな風丸がここまで取り乱すとはねぇ」
「……何が言いたいんだよ。アイツはただの幼馴染で」
「ただの、ねぇ」
核心を敢えてつこうとしない二人に風丸は焦りを通り越して苛立ちがだんだんと募ってきた。何だよ、はっきり言ったらいいだろここまできたら。口には出さないが二人を睨む瞳は雄弁に語っている。
二人がとうの昔に察しているように、風丸は幼馴染であるあの子が好きだった。いつからか、なんて覚えていない。小さい頃から円堂とは違う角度で風丸を引っ張ってくれた彼女。もとから淡い恋心を抱いてはいたが、ずっと自分の隣にいてほしいのにと改めて思ったのは彼女が急に風丸を避けだした小学生の頃だったか。
「なあ円堂、あの女の子って円堂も幼馴染なんだよな?」
「ん? なまえのことか?」
「おい、半田!」
面白い匂いを察知して半田は円堂にも声をかける。すでに帰り支度が済んでいた円堂だったが、「おうそうだぜ!」と律儀に返事をしてくれた。
「どんな子なの? 風丸に訊いても教えてくんなくてさー」
「そんなことオレに訊いてこなかっただろ!」
「なまえはそうだなー……サッカーにあんまり興味がなくてな……」
「だめだ円堂からはサッカー関連の話しか出てこない」
「もういいだろ! 帰るぞ円堂」
「ええ? お、おう!」
気づけば半田と松野以外の部員の風丸たちの話を聞いていた。豪炎寺だけは我関せずとしていたが、その態度が風丸にとっては救いだった。
後ろから逃げるなよーと野次られつつ部室を出ると、ちょうど木野と音無も帰宅するところだった。挨拶だけして通り過ぎようとしたが、さっきの二人を彷彿とさせる表情をしていた音無が「聞きましたよ」と風丸に声をかけた。
「お、音無まで……」
「もうっ水臭いですね! そんなの超超スクープですよ!」
「やめてくれ……」
「もう、音無さん。面白がっちゃダメだよ」
「うっ、すみません……」
木野が音無を嗜めてくれたおかげでその後風丸は深掘りされることはなかったが、数秒後円堂の「風丸、あいつのことが好きだったのか⁉︎」という馬鹿でかい声のせいで余計にダメージを負うこととなった。
学校が違うことで小学校の頃より頻繁に会うことはなくなったが、家の近くや街中で会うたび「風丸!」と笑顔で駆け寄ってきてくれる。その度言いようのない幸福感が風丸の胸を包んだ。できればその笑顔をずっと自分に向けてほしいとも思った。けど彼女が自分に笑顔を向けて警戒心なく話しかけてくれるのは自分が安心できる幼馴染だからで、円堂にも同じようにするだろう。けれどそこが彼女の良いところでもある。でもひとつだけ、円堂のことは名前呼びなのに風丸のことはいつからか苗字で呼ぶようになった。それにつられて風丸も苗字で呼ぶようになった。本当は裏で「風丸くんのこと一郎太って名前で呼ぶのやめてよ」という女子たちからの牽制があったのだがそこは知る由もなかった。
風丸がサッカー部に転部してフットボールフロンティアにも出場するようになった頃なまえと会った時、彼女は風丸のことを気にしていてくれた。陸上部からサッカー部に転部したと知って大丈夫なのかと心配してくれた。そのとき、それがどんなに嬉しかったことか! にやけそうになるのを抑えて努めて冷静に会話を続けたが、そのときその瞬間、彼女の頭の中には自分のことがほとんどを占めていただろうと考えるだけで気持ちが昂った。大丈夫だと言えばそうかとすぐに納得していたが、それも今まで幼馴染として培ってきた年数が成せることだと思った。
*
帝国学園との決勝戦が終わった後、家に帰ると玄関の前になまえが立っており
、それだけならまだしも目元が赤くなっていたので風丸は驚いて声を上げた。
「どっ、どうしたんだ! 誰に泣かされたんだ!?」
「……どうしたはこっちのセリフなんだけど」
彼女が見せてきた携帯の画面には今日の決勝戦の記事が写し出されており、中を読むと試合の結果だけでなくその直前にあった事件についても記されてあった。何か言う前に彼女が「こんなことあったなんて知らなかった」と一筋涙を流した。彼女が泣いているところを最後に見たのは記憶にないくらい昔のことだったので、風丸は余計に驚いて言葉を紡ぐことができなかった。
「大丈夫なの? 風丸も守も怪我はないの?」
「……ないよ。心配させて悪かった。ありがとうな」
「……うん」
指先で彼女の目元を拭う。こんな状況だが、振り払われることがなくて密かにホッとした。
「全国大会、行くんでしょ?」
「そうだな」
「ねえ、明日さ、帰りちょっとだけ時間ある? 渡したいものがあるの」
「それは大丈夫だが……渡したいものって」
「うーん、内緒」
先ほどまで目に浮かんでいた涙はとっくに消え、その代わり彼女はいつもの笑顔に戻った。
翌日の放課後、待ち合わせ場所にしていた近くの公園に向かうと彼女はすでにそこにいて、入り口前の車止めに腰掛けながら小学生と何か話をしていた。しかし風丸に気づくとすぐに立ち上がって「風丸!」と名前を呼んだ。
「姉ちゃんの彼氏?」
「違う、友達。あんたそれ失礼だからね」
「あはは!」
風丸は小学生の無邪気な問いかけに不覚にも動揺した。しかしなまえは気にした様子もなく適当にあしらっていて、風丸はわかっていはいたものの、やはりどうしようもない虚しさが胸に去来した。
「……友達か」
「何か言った?」
「なんでもない。それより、渡したいものって何だ?」
「ああ、あのね、これ」
誤魔化すように話を変えるが彼女は特に不思議にも思わず、風丸に促されたまま制服のポケットから目当てのものを取り出し風丸に渡した。風丸が受け取ったものはどこからどう見ても手作りのお守りだった。
「え、これって」
「作ったの。結構うまくない?」
「いや、うん、そうだな……」
「歯切れ悪ぅ」
「違う、本当に上手いな。売り物みたいだ」
「でしょ?」
空色のお守りは風丸の髪の色と似ていて、どこからどうみても彼女が風丸のために作ったものだと分かる。「安全祈願〜って思いながら作った」と彼女が言うので
、風丸は素直に「ありがとう、嬉しいよ」と呟いた。
「本当は買った方がご利益あると思うんだけど逆に作った方が念こもってるんじゃない⁉︎ って思って昨日頑張って作ったんだよ」
「うん、本当にうれしい……」
手のひらに載せられたお守りを見つめながら先ほどから同じことしか言わない風丸に、流石のなまえも違和感を覚えた。表情を覗き見ると頬が少しだけ赤くなっていたのでぎょっとし、「ど、どうしたの」と思わず声をかけてしまった。
「い、いや、すまん。貰えると思ってなくて、あの、頑張るから、オレ」
「お、おお……ぜひ、怪我なく……」
そんなに嬉しかったのならあげた甲斐があるなと思いつつ、何となくいつもと違う雰囲気になったことを流石に察したなまえはそういえばともう一度ポケットの中を漁った。
「これは守に」
「えっ」
再度風丸の手に載せられたのはオレンジ色のお守りで、円堂が着けているバンダナを彷彿とさせた。自分だけじゃなかったと少し気が抜けてしまったが、彼女が幼馴染間で差をつけるはずがないと思い、「渡しておくよ」と受け取った。
そこでふと風丸はある疑問が浮かんだ。結局円堂にもあげるなら二人一緒に呼び出せばよかったのではないか。そしてもっと言えば、昨日どうして自分の家の前にいたのだろうか、と。一度気になってしまうとそればかりが頭に残り、いやわざわざ訊けるはずもないと思いながらも公園から家に帰る間返事が上の空になってしまった。もうすぐで家に着くというところで流石になまえに不審に思われてしまい、結局風丸は彼女に尋ねた。
「昨日、何で円堂じゃなくてオレに会いに来てくれたのかなって、気になって」
「え?」
想像だにしていなかった質問に彼女は目を丸くした。彼女が答えるまでの間、風丸はなんだか生きた心地がしなかった。なまえはなまえであれ、なんでだろうとしばらく逡巡した。
「うーん、あのニュース見ていちばんに思い浮かんだのが風丸の顔で、なんか急に会いたくなったからかも」
彼女は何気なく答えた。それが風丸にとっては特大の爆弾発言だと思うこともなく、家に着いたからと風丸に別れの言葉を告げた。
風丸はろくに返事をすることができず、でもなんとか「また」と返して彼女が家に入り姿が見えなくなるまでその場から動けなかった。
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