加護をまつ

寂雷に用事があって病院に立ち寄った一二三、用事も終わりじゃあ帰ろうかと診察室を出た時だった。

「ひゃああっ!」
「え?」

視線をあげる、階段で躓いた入院患者がそのまま階段から落ちそうになっているのが見えた。咄嗟に体が動き、それに手を伸ばし必死にその体を受け止めた。

「いだだ……、」
「ぅ……わぁあ!!ごめんなさいごめんなさい!!か、看護師さーーーん!!」

自分がクッションになったためか、相手はさほどダメージが無さそうだ。騒ぎを聞き付けた寂雷が出てきて、とりあえず相手を立たせると次いで一二三を立たせる。

「一二三くんは私が診ましょう……茶羽くんは……ああ、君、頼んだよ。」
「せ、せんせぇ……、」
「大丈夫だから、まず診てもらいなさい。」

そう言って寂雷が引っ込んだのを見ながら、茶羽と呼ばれた患者は後から来た看護師に連れられて処置室に入っていった。
特に大きな怪我もなかった一二三は、寂雷に簡単な処置を受けてから再度診察室から出る、とばったり先程の患者と鉢合わせした。自分より少し背が低いくらいの……少女、だろうか。そう思うと思わずビクッと肩を震わせ視線を泳がす。

「あ……!さっきはその、すみません……!ボクったらぼーっとしてて……、」
「いいいいい、いや!だだだ大丈夫だから!」
「そう、ですか?……あ、ボク蜥ラHって言います、お兄さんは?」
「いいいい、いや!名乗るほどのものじゃないから!じゃ、じゃあ!」

それだけ言うと、脱兎のごとく一二三は駆け出した。茶羽がまだ何か言いかけていたが、それもふりきって走り去った。
それから四日後、大した怪我ではないけれど一応経過だけは見せてと寂雷に言われていた一二三は出勤前に病院に立ち寄った。診察室の前に来ると、前の患者がいたようで中から扉が開いた。

「あ!」
「……!」

茶羽だった、今回は出勤前でスーツを着ていたのもあって取り乱しはしなかった。

「お兄さん!こんにちは、あの後……痛んだりしてませんか?」
「こんにちは、今のところは大丈夫だよ。この間は急いで帰ってしまって悪かったね……茶羽、で良かったかな?」
「はい!あ、先生に用事……ですよね?」

思い出したように茶羽は扉の前から退ける。それに一二三は小さくありがとうと言うと、改めて茶羽の方を見た。

「……この間は名乗らずに帰ってすまないね、僕は伊弉冉一二三、たまに寂雷先生のところに来るからよろしく、ね?」
「ひふみ、さん……はい、あ、じゃあボクそろそろ病室に戻りますね。」

茶羽は丁寧に頭を下げると、階段ではなくエレベーターの方へ向かっていく。それを見送ると、一二三は寂雷の診察室へ入った。

「うん、特に問題ないようだね。」
「ありがとうございます。」
「さっきは茶羽くんと話していたのかい?」
「ええ、まあ。」
「人と交流するのも茶羽くんの治療にはいいからね、一二三くんさえ良ければたまに話してあげて。」
「……あの子、どういう子なんですか?パッと見は元気そうに見えますけど……。」

寂雷は少し考えるような仕草をし、守秘義務があるから詳しくは言えないけれどと前置きして口を開いた。

「特殊な環境で育った子でね、まあ言うなれば社会復帰のためのリハビリをしているんだ。」
「はあ……、」
「人懐こいし、コミュニケーション能力に問題もないから大丈夫だとは思うんだが……まあいろいろね。」

それから2、3会話して一二三は診察室から出た。すると、また茶羽と顔を合わせた。

「あ!ひふみさん!良かった、まだ居た……。」
「どうかした?」
「あの、これ。」

そう言うと、一二三の手に茶羽は何かを手渡してきた。何かと思えば押し花の栞。

「この間のお礼です!こんなものしかないんだけど……、」
「お礼なんてそんな。」
「受け取ってください!後で捨てちゃってもいいので……。」

それじゃあ、と言うと茶羽はまた病室に戻るためにエレベーターへ乗り込んで行った。残された一二三はまたその栞を見る。スミレだろうか、紫色の花があしらわれている。

「……茶羽ちゃん、か。」

ぽつり呟くと、一二三は病院をあとにした。それからたまに、独歩と一緒に来た時などにちょくちょく茶羽と一二三が会うようになるのだった。

END
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作成:20/8/29

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