セツナトリップ
「Limbo……?」
「Limboって……無期限休止だったよな……へえ、そのまま引退ってなるのかと思ってた。」
エデンに張り出されていたポスターを見ていた大和と翼はそれぞれ呟いていた。
「Limbo……って、2年前くらいから無期限休止宣言して一切動きがわかんないんスよね。」
「ヴォーカル不在とか、色々言われてたけどな。」
それを聞いていた徹平と宗介も口々に言うものの、大和は知らないらしくきょとんとしている。それで、ちょうど隣りにいた翼が簡単に説明をした。
Limboは5年ほど前にデビューしたグループで、ヴォーカル担当のファーレという女性の方針的に、ギグへはあまり参加していなかったため、当初は知る人ぞ知ると言ったグループだった。そんなLimboの知名度と人気を押し上げたのが、DESTIRAREとのギグに「負けなかった」ことだという。
「勝ったのか?」
「勝ったわけじゃないよ、結果的には引き分けた。」
それでも、今をときめくDESTIRAREとのギグで勝たなかったにしても、負けなかったというだけでそれは話題性になる。その評判が評判を呼び、一気にスターダムを駆け上がっていったLimboだったが、その後も特に変わること無く、ギグへの参加も以前より増えることもなく、ただただ自分たちのやり方を貫いていた。
が、その最中だった2年前、急に無期限休止を発表し、それ以降は一切表舞台には姿を表していなかった。そのLimboが復帰し、そして復帰一回目のライブをエデンで行う。
大和が見たいと言って、まあそうそう見られるものでもないからとその日、エデンで落ち合うことを約束して解散した。
「……あら。」
その約束の日の2日前、いつもの曜日だったので大和はギターを弾いている彼女の隣へと腰を下ろした。
「お疲れ様、今日は練習帰り?」
「おう、そんな感じ〜。」
「そう、おなかすいてない?」
「ちっとだけ。」
「なら肉まんを授けよう。」
そう言うと一度手を止め、傍らにおいていた袋から肉まんを一つ取り出し、相手に差し出した。
「おお、うまそう〜。」
「うちの近くに美味しいって評判の中華屋さんがあってね〜、そこで一番人気の肉まんなの。」
「へ〜……いただきます。」
「召し上がれ〜。」
そう言いながら、また彼女はギターを弾き始める。その音を聞きながら、大和はもぐもぐと肉まんを頬張っていた。
「姉ちゃんはライブとかしないんか?」
「ん〜?……今度、久しぶりにやるよ。」
「へ〜。」
「ふふ、暫くやってなかったからちょっと緊張するけど。」
そう笑って言う彼女の横顔を、大和はじっと見つめていた。
「……っと、そろそろ行かないとね……。」
「ン、じゃあ俺も。」
「……お茶も飲む?」
「あ、もらう。」
「はいどーぞ。」
缶のウーロン茶を手渡しながら、大和と彼女は並んで歩き、いつものように他愛のない会話をしながらいつも別れる道で別れ、彼女は約束の場所へと向かった。
「お待たせ〜。」
「お帰り、ソラ。」
「姉貴おかえり、練習始まるぞ。」
「氷空さん、おかえりなさい。」
他のメンバーはすっかり揃っていて、ついこの間帰ってきたばかりのヴォーカルのファーレもスコアを見ながら音を確認している。
「久しぶりだもんね、ライブ。」
「それこそ2年ぶりだ。」
「ソラ、シドウ、かなたちゃん……心配かけたわね……。」
「……皆、信じて、待ってました、から。」
「そーよ、お蝶。……さ、練習始めよっか。」
そして2日後、大和は他のメンバーとエデンで合流し、客席へと入っていった。
「客席側ってなかなかないから新鮮だなー。」
そんな呑気な事を言いながら、大和はいつもは自分たちが立っているステージの方へと視線を向けていた。まだ薄暗いそこには機材がすでに運びこまれている。
すると、それぞれ上手と下手の方からメンバーらしき人物が入ってくるのが見えた。
「……きぐるみ?」
「あぁ、Limboのドラマー。」
「へぇ?」
「あの見た目でめっちゃ激しいんスよね。」
やぎを模したきぐるみを着たメンバーが一緒に入ってきた男性メンバーに支えられつつ歩き、そのもふっとした手をぱたぱたと客席に向けて振り、それで一部がどよめいている。その彼に支えられたままドラムセットへと着席し、器用にスティックを取ったのと同時に、彼の方はその側でベースを携え、上手から入ってきた女性二人のうち一人はギターを携え、もう片方は真ん中のマイクスタンドへと歩いていく。ギターとベースの二人が目配せし、チューニングを始め、それに合わせるようにヴォーカルが発声練習とばかりに声を上げる。声の音階はどんどんと上がっていく。
その声の響きに、会場のざわめきが波のように引いていく。
「……みんな。」
発声を止めた彼女は、目を閉じたまま囁く様に言葉を紡ぎ出す。
「……2年、待っていてくれて本当にありがとう。メンバーのみんなも、ファンのみんなも。……こうしてまたステージで歌えるのはメンバーが私を待っていてくれたからに他ならない。……だから、どうぞ、たくさん、最後まで聴いていってくださいな。……私達の音、私達の受けた天啓。音の摂理から授かったもの……今夜……あなた達に捧げます。」
そう言って深々と頭を下げ、その顔を上げた瞬間にステージが一気に明るくなり、全てのメンバー達が照らし出された。
「……え?」
大和はその瞬間、息を呑んだ。
彼女がいる、河原で毎週会うあのギターの彼女が、ステージ上でギターを掻き鳴らしている。
「久しぶりのライブって……、」
呆然とする大和をよそに、盛大にライブは進んでいく。そして、今まで知らなかった彼女の名もまた、その場で知ることになった。
「……ドラム、ドミミ。ベース、シドウ。ギター、#ホラ#。……そしてヴォーカルは私、ファーレ。……誰一人欠けず、ここに立てることは、何よりも素晴らしい恵みだと思っています。」
顔から滴る汗も気にせずに、ファーレは言葉を続ける。
「……私達はまた、天啓を授かり、それを、あなた達に捧げます……これからまた、必ず。……それでは……この曲で最後……Eat in Nightmare……最後までどうぞ、お付き合いを。」
悲鳴のような歓声が上がる。それを合図にするように氷空と祠堂は視線で合わせて音を奏で、それに乗るようにドミミがドラムの音を叩き出し、ファーレが歌を紡いでいく。確かな熱狂と興奮、そして旋律が全体に満ち満ちたまま、Limboの復帰ライブは終了した。
客席を出る人の波に逆らうように、大和は進んでいた。他の3人に呼び止められたものの、振り向かずただただバックに入る扉を目指して進み、そして勢い良く開いて中へと飛び込んでいく。
「姉ちゃん!」
「んぁ?」
急に声をかけられた氷空はきょとんとしながら振り向き、それと同時に抱き着かれてよろめき、何だ何だと相手を見やれば見知った顔だった。
「姉貴、誰それ。」
弟の声に、いつもの河原の子と答えると背中をポンポン叩く。
「もしかして聴きに来てくれてた?」
「うん。」
「そっか、ありがとね。」
「……全然、知らなかったから。」
「言うタイミング完全に失っちゃったもんな〜。」
からからと笑いながら、氷空はくっついたままの大和を軽く引き剥がす。
「で、きみの名前も知りたいんだけど?」
「BLASTのヤマトくんでしょう?」
「……なんでお蝶が知ってるのよ……で、やまとでいいの?」
二人を微笑ましそうに見ていたファーレの言葉に肩を竦めつつ、氷空は大和に確認する。
「ん、東雲大和。」
「そう、私は鴨川氷空。……なんか変よね、よく会うのに名前すら知らないなんて!」
そう言いながら笑う氷空に釣られて、大和も笑っていた。
「……俺も今度、ライブすっから。」
「そう、いつ?」
「明後日。」
「此処でよね?……なら、聴きに来るわ。」
そう言えば大和は笑って頷き、そろそろ戻ろうと声を掛けた祠堂に促され二人は別れる、が。
「ねー、大和ー!」
氷空に呼びかけられ、足を止めて振り向く。
「姉ちゃんかっこよかった?」
逆光の中、にっと笑う相手へ同じように笑いながら頷いて答える。良かったと言って、先に言った三人を追いかけるように走り出した氷空の背中を見送り、大和は帰路についた。
外で待っていた三人に色々言われつつ、大和は最後に見た笑顔が綺麗だったなんて思いながら歩いていた。
END
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作成:17/10/6
移動:20/8/31