14番目の月
その日、唯都は久しぶりに一人で帰宅していた。他の皆と予定が合わない時は、こうして一人で帰宅する。すると、自宅の前に一人の男性が立っているのが見えて、思わず唯都は表情を顰めた。その人をなるべく視界に入れないようにして敷地にはいると、彼の方は「唯都!」と呼びかけてきたが、それに振り返ること無く彼女は家の戸を開け、そのまま振り返りもせずにばたんと戸を締めてしまった。
「あら唯都、お帰り。」
「ただいま……。」
「今日は大和くんたちと一緒じゃないのね。」
「皆、今日は忙しいみたいだから。」
リビングで何かの資料か何かをまとめていた母が声をかけてきて、唯都はようやく息を漏らして母の隣へと腰を下ろした。
「……どうしたの?」
「……お父さん来てるよ。」
「知ってるわ、しつこいわね。」
そう言ってちらと視線を外に向けると、憎々しげに吐き出す母を見て唯都は小さくため息を漏らした。
「まあ、気にしなくていいわよ……唯都、着替えてきたら?」
「うん。」
母に促されるままにリビングを出て、二階の自室に入った唯都は制服を脱ぎながら窓の外へと視線を向けた。自分が帰ってきたその道を、父はトボトボと帰っていく。その姿を見送る彼女の目は、いつものおっとりした様子でもなく、大和達を見る慈母のような目でもなく、全てを軽蔑するような冷たい目をしていた。
その次の日は、いつものように大和と優奈、そして翼と一緒に帰宅した。大和たちと家の前で別れた後、翼と二人で自宅の方へと歩いていく。
「……あ、」
「ん?」
唯都が立ち止まったのを見て、翼は彼女の顔を見上げた後、その視線の先を見やる。彼女に家の前に、スーツ姿の男が一人立っていて、それを唯都は見たことのない敵意の混じった目つきで睨むように見ている。
「……唯都ちゃん?」
「あ……。」
まるで自分を今思い出したようにして視線を自分に注ぐ唯都に、どうした?と問いかけると唯都は少し考えるような仕草をしてから、少し抑えた声で言葉を紡ぎ出した。
「翼くん、あの。」
「うん?」
「……その、申し訳ないんだけど……家の中まで、ついてきて、くれる……?」
「え?……まあ、いいけど。」
「ごめんなさい、ありがとう。」
そういって少し安堵したように笑うと、唯都は繋いだ手を軽く握り直して歩き出した。
「!!唯都……、」
男が唯都に声をかけようとするも、一緒にいる翼を見て言葉をつまらせた。それを見ると、唯都はまた昨日のように彼を無視して玄関の戸を開けて、翼にどうぞと言って中に入るように促してから扉をまた閉じた。
「……はあ……。」
「大丈夫?」
「……大丈夫……。」
「……そう?」
玄関でそんなやり取りをしているとリビングから母親が顔を出した。
「唯都、おかえり……えーと、翼くんだったっけ?」
「お邪魔してます。」
「ええ、いらっしゃい……唯都、あの人また来てた?」
「うん。」
「何なのかしらね、今更……。」
そう言いながら再びリビングに引っ込む母を見送ってから、唯都は深々と溜息を漏らしてから翼を見やる。
「……翼くん、少し上がっていってくれない?」
「唯都ちゃんがいいなら。」
そう言って頷いた翼に、来客用のスリッパを出してから唯都は彼を家に上げ、そのまま二階の自室へと一緒に入った。カントリー調の室内を軽く見回す翼に、唯都は少し恥ずかしそうに笑い、とりあえずは二人は唯都のベッドへと軽く腰を下ろした。
「……聞いていい?」
「……うん。」
「あの人誰だったの?」
やはり先程の男が気になって、翼は思わず聞いていた。
「……お父さん。」
「一緒に暮らしてないんだ。」
「……正確には、社会的にはお父さん……かな……。」
その言葉に、流石の翼も表情が強張る。
「お父さんが私の事認知したから、一応父娘だよ。……でも、一度も一緒に暮らしたことも無いし……認知の条件として二度と私達からはお父さんと会わない約束だから、お父さんって呼んでいいかはわかんないけど。」
先程の視線に敵意が混ざっていた理由が、なんとなく分かった。そして、それを皮切りに唯都は吐き出すように語り始めた。
曰く、彼は彼女の母と知り合うより以前に結婚していて子供もいるのだが、ある時偶然知り合った彼女の母に一目惚れし、それを隠して近づいてきたのだそうだ。そして、母が彼女を身籠った頃、彼の本妻により彼の嘘が露見し、彼女を認知する代わり、二度と母娘側から接触しないという条件と、多少の手切れ金で二人は関係を断った。
そこまで話すと、唯都は我に返ったようにこんな話をしてごめんなさいと小さく呟いて俯いた。そんな彼女を引き寄せて、ぎゅっと抱き締める。びくっと震える体をぎゅっと強く抱きながら、思いを巡らせていた。
「……落ち着いた?」
「……うん…。」
「……明日からもう少し、一緒に帰れるようにするから。」
「でも……。」
「俺がしたいから。」
「……はい。」
頷いた彼女の頬に、彼の手が触れ、不思議そうに見つめれば、彼の鮮やかな緑の目も見つめ返してくる。見透かすような目から視線を反らしたいのに、体は言う事を聞かずただただ見つめ合う。そうしていると、顔が近付いた気がしてぎゅっと目を瞑ると僅かに唇が触れた。
「……つ、ばさ……く……?」
「そんな怯えた顔しないで?」
「で、でも……、」
「……ちゃんと、俺のこと見て?」
「ぅ……。」
恐る恐る目を開き、目の前の相手を見やる。いつものように笑っている彼に、唯都は小さく吐息を漏らす。
「……唯都ちゃん、」
「……?」
「もっともっと、俺のこと見て。」
end?
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作成:17/10/16
移動:20/8/31