パラソル天動説

その日も翼は唯都を自宅まで送っていた。あれ以来彼女の母にもたまに顔を合わせるようになり、たまに家に上げてもらってお茶をして帰る事も少し増えた。
ただ、やはり彼女の父は家の前にいて、彼女に声をかけようとして無視されるが繰り返されている。

「……じゃ、また明日。」
「うん、気をつけて帰って…ね?」
「大丈夫大丈夫、じゃあね。」

玄関前でそうやり取りしてから、翼は彼女の家を後にした。
少し歩いたときだった。

「君!」
「は?」

不意に声をかけられ、怪訝そうな顔をしつつ翼は声が聞こえた方へと視線を向ける。
それは唯都の父親だった。

「……なんですか?」
「……あー……その、君は……唯都のお友達、なんだよ、な?」
「……まあ、そうですけど。」

少し面倒くさそうに答えるも、それに気づいていないようで、彼は少し話がしたいと言ってきた。まあ、それで彼女の家への通いつめを止められるかもしれないと思うと、少しならと言って彼と連れ立って歩き出し、人通りのある道に出ると、傍にあったコーヒーショップへ入った。
奥の方の席に座り、注文したコーヒーをお互いに啜る。暫く沈黙が続き、翼は小さくため息を漏らして口を開いた。

「で、なんですか?話って。」
「あ、ああ……その、唯都の……様子、とか……分かってはいたが、ああも無視されると……。」

消え入るような声で紡ぐ相手に肩を竦めつつ、翼はコーヒーを一口啜ってから顔を上げた。

「それ聞いてどうするんですか?」
「え、いや……。」
「大体、随分顔すら合わせてないらしいですけど?それが急になんで?」
「……ああ、そう、か……きみは、知っているん、だな……。」
「簡単に、ですけど。」

思いがけないことを言われたというような顔の相手にそう答え、次の言葉を待つ。

「……知っているなら、うん……そう、だな………妻とは、別れたんだ。」
「はあ、」
「……唯都が誘拐されかかったことは?聞いてるかな?」
「一応は。」
「……あれは妻の差し金だったんだ、僕が知ったのは全部終わってからだったんだが……。」

元々小さい声を更に低め、彼は語りだした。
ようは、嫉妬深い彼の本妻は、唯都の母に二度と合わない約束をさせ、手切れ金を渡して追いやった後も、自分以外に彼の子を産んだ女がいることも、自分が産んでいない彼の子供がいるのも耐えられなかったのだと。それで、その子だけでも葬ろうとしたらしい。だが、それは偶然にも大和と優奈に阻まれ、叶わなかった。

「……それで、別れたんですか?」
「そう、だな……彼女は……唯歌はそれを、警察に言わない代わりに二度と私達側からも接触しないでくれと……妻に言って……だが、やはり……。」

つまり彼の愛想が尽きて、妻と別れた。未だに唯都の母に未練のあった彼は、やり直したい一心でこうして通いつめていると。

「……だから、その……せめて、唯都の様子、だけでも……と……。」

唯都が彼に向ける冷たい視線の理由は、先の話でだいたい分かっていたものの、その話を聞けば尚の事痛感した。

「あんた、自分のことばっかじゃないですか。」
「……!そ、れは……。」
「そんな目に合わせた親に今更会いたいと思うんですか?」
「私は……何もで。」
「むしろ何もしてないからでしょ?彼女からしたら父親を憎む理由には十分すぎる。」

そう言うと、翼は乱暴に立ち上がった。

「二度と唯都ちゃんとおばさんの前に現れないでくださいよ。」
「……なんでそんなことを……君に……!」
「あんたよりあの二人のことわかってるつもりですけど。」
「ぐ……、」
「唯都ちゃんはあんたを憎んでる、おばさんもあんたにはこれっぽっちも情を残してない。そんなとこに転がり込んで、あんたまともに暮らせるんですか?どうせまた二人を置いて出ていく。なら……夢なんて見ないほうがいいんじゃないですかね?」

ごちそうさまと言うと、翼は一人でその場を後にした。その場には唯都の父親と、その会話が聞こえていた一部の客のひそひそという囁き合いだけが残った。



次の日、やはりいつものように唯都と翼は一緒に帰路についていた。

「……あれ?」
「どうかした?」
「……今日はいないな、と思って……。」

ふと立ち止まり、辺りを見回してそう呟く唯都の手を引き、翼は先を促す。

「諦めたんじゃない?ようやく。」
「そう、かな……。」
「いたほうが良かった?」
「!!ち、違うよ?……ただ、あんなにしつこかったのにな、って……。」

そう漏らしながらも彼に促されるままに歩き、自宅の前までたどり着く。

「じゃ……また明日。」
「うん、また明日……その、帰り……気をつけて、ね?」

いつものやり取りをして別れ、翼はまた遠回りな道を歩いて家へと向かう。

(俺みたいなガキに言われて諦めるくらいならその程度って事だよな〜。)

そんな風に思いながらも、翼は口元に薄笑いを浮かべ一度立ち止まり、唯都の家を見やる。

「大丈夫大丈夫、俺が全部…唯都ちゃんのこと守ってあげるから、さ。」

end
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作成:17/10/23
移動:20/8/31

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