輪舞曲

ただがむしゃらに走ってきた。
ただただ、自分を認めさせるために音を叩きつけ、這い上がるために音を奏でてきた。それ故に自分の側に寄り添うものはなく、音を叩きつけられた者たちは心に傷を負って立ち上がらず、追い縋ってくるものもない。
……そう、思っていた。

「……。」

ラファエルは目を覚まし、ぼんやりと霞んで見える天井を見つめ、そのまま視線を傍らのサイドボードに置かれた時計で時間を確認する。そうしていると、個室の引き戸をカラカラと開く音がして今度はそちらへ視線を向ける。

「……あ、おはよ。」

花瓶を抱え、入ってきた相手はそう言いつつ微笑みかけ、花瓶を置いてからベッド脇の丸椅子に腰を下ろした。

「どこか痛む?」
「……いや。」
「そう。」

何か飲む?と尋ねる相手に緩く首を振ってから、じっとその人物を見つめる。彼女は、元々自分を追い掛けてきた稀有な存在だ。追い掛けてきた、と言ってもファンとして、なのだが。
……彼女を初めて見たのは、あるライブの前だった。私のライブのチケットを譲ってほしいという交渉をしているのを、偶然見かけた。交渉相手は、彼女が持つヴァイオリンを指してそれを引いてみせろと切り出した。彼女はそれを快諾し、その場で即興の演奏を始めた。
私の音とはまた違う、伸びやかで何処かに影を感じさせる音。
それが心の隅に残った。

「ラファエル?」
「……!……あ、あぁ………何だ……?カンナ……。」
「ぼーっとしてるから、手が痛むのかと思って。」

そう言いながら、未だ思うように動くことのない左手を彼女は優しく撫でる。叶うならこのまま手を握りたいが、忌々しいこの左手はそれすら今は許してくれない。それをもどかしく思いながら、動く右手で彼女の手を上から覆う。

「……?」
「カンナ、」
「なぁに?」

涼やかに目元を細め、首を傾げる彼女を、右手でぐっと引き寄せる。

「……??」
「私についてきて、後悔はないか?」
「ないわ。」
「……そうか、」
「あなたは憧れだから……それは今も、変わらない。」

そういう彼女を更に抱き寄せれば、頬を染めているのがわかる。

「……憧れ、だけか?」
「え?もう………わかってるくせに、聞かないでよぅ。」
「わかっていても聞きたいのさ、男はそういうものだ……どうなんだ?カンナ……。」
「……憧れと、その……えっと……ラファエルのこと、愛してる……から……、」
「そろそろ入っていいかね?」
「うっは!!!」

不意に個室の戸が開いて主治医が苦笑しつつ尋ねれば、彼女は真っ赤になって突っ伏してしまった。

「語らいを邪魔して悪かったね。」
「……いや、気にしないでいい……。」
「よくなーーーい!!」
「カンナ、少し歩いておいで。」
「……そだね。」

またあとでと言って、顔を赤くした彼女は俯きつつ廊下へ出ていく。

「余程惚れ込んでいるようだね、ラファエル。」
「……彼らとはまた違う……隣に寄り添う唯一人だからね。」

側にいるものも、追いすがる者もいないと思っていた。
それでも今は、隣には彼女が、共に音を響き合わせたい相手にオシリスがいる。

「失いかけてから得るものが増えたよ。」
「ならその失いかけている物も取り戻さないとな。」
「……あぁ、」

あの舞台へ、戻るために。

end
-------------------------------------
作成:18/1/13
移動:20/8/31

ALICE+