ノーザンクロス

あの一件以来、鈴火はあまりオシリスの練習やライブに顔を出さなくなった。レイや進、姉の那由多に誘われても曖昧な返事で誤魔化し、結局出ては来ない。
理由を知らないレイと那由多は首を傾げていたが、理由がわかる進はもどかしく感じていた。同時に、キスを急いでしまった事を真琴は真琴で後悔していた。勿論彼女とくちづけする事自体、後悔は微塵もないのだが、やはり時期が早すぎたとそう思っていた。

「……今は迂闊に動けませんね……。」

その頃、鈴火は二階にある姉の部屋の隣の防音室で、ぼんやりと大正琴の弦を弾いていた。あの日以来、進とも真琴とも顔を合わせるのにどうしても躊躇ってしまい、二人のことを避けていた。色々な考えがぐるぐると頭の中を回っているが、それがまとまる事はない。すると、防音室のドアがノックされる。姉が来たのかと顔を上げるのと同時にドアが開き、顔を出したのはまさかの進だった。

「……ぁ。」
「……ちょっといいか?」
「う、ん……いいけど……。」

ちょっと待ってと言い、大正琴を片付け、鈴火は進を伴って自室へと入った。いつものように、二人並んでベッドに腰を下ろすものの、気まずい沈黙だけが流れている。

「……ベルさ、」
「うん……。」
「真琴と、何かあったか?」

自分でも何を聞いているんだと呆れた。

「……なんにも……ないよ……。」

当然ながら、誤魔化されてしまった。が、それでカッとなってしまった進は、荒々しく鈴火の肩を掴んでこちらを向かせる。怯えたような顔を見て、いけないと思いつつ、進の口はそのまま言葉を吐き出していた。

「……真琴と……キス、してた、だろ……?」
「……!進なんで……、」
「……見ちまった、あの時……。」

みるみるうちに青ざめる鈴火に、進は言葉を続ける。

「……なんで黙ってんだ?」
「言えるわけ無い!」
「……振り払わなかった、からか?」
「……。」
「真琴のことが、好きなのか?」

その瞬間、右の頬に痛みが走った。頬を打たれたのだと気づき、鈴火を見下ろせば目に涙を溜めている。いけないと思ったのも後の祭りで、緩んだ手を振り払い、鈴火は部屋を飛び出していった。階下で那由多の「鈴火!?」という声とともに、乱暴に店の扉が開閉する音がした。呆然とベッドに腰掛けたままの進の元へ、呆れ顔の那由多がやってきた。

「……いつまでそうしてるつもり?」
「……だけどよ、」
「さっさと探しに行きなさい!……ほんとに取られていいならそうしてたら。」

そう言って出ていった那由多の背を進は見つめ、自分に対してクソと吐き出すと立ち上がり、階段を駆け降りてそのままヒュプノスを出ていった。

「背中押されなきゃいけないなんてホントバカ……。」

その姿に那由多はそう呟いた。

「……。」

ぐずぐずと泣きながら、鈴火はトボトボと歩き、近所の公園に来ていた。人気の少ない公園のベンチに腰掛けて、ぐずぐずそのまま泣いていると、誰かが目の前に立ち止まった。ふと顔を上げれば、オシリスのメンバーである京だった。
京は鈴火が泣いているのを見て驚いた顔をして、言葉少なに「怪我でもしたのか?」と問われるが、首を振る。

「……そうか。」

京は、そう言いつつ立ち去るかどうか悩むも、このまま一人にしていてはいけないとも思い、そのまま相手の隣へと腰を下ろした。

「……何があったのかは、聞かない……。」
「……うん……。」
「……俺も、隣にいるだけだから、気にしないでいい。」
「わかった……。」

そのまま泣いている鈴火の様子を見ながら、京は言った通り、特に何を聞くでもなく、何を話すでもなく、ただただ隣に寄り添っていた。暫くすると、再び人の気配がして、京は顔を上げる。焦った様子の進を見れば、京は声をかけて彼を呼ぶ。

「京……ベル。」
「……。」

重苦しい空気の中、京が口を開いた。

「……鈴火、」
「ん……?」
「……あまり喋らない俺が言うのも、おかしいかもしれないが……、」

そう言いながら、京は二人を交互に見る。

「……鈴火と進は、俺と違ってよく喋れるんだ……何があったのかは、知らないが…………ちゃんと話したら、いいんじゃないか……?」

それを聞き、鈴火は目元を拭うと「うん」と小さく答えて立ち上がる。鈴火を伴い、立ち去る前に進は京の方を振り向き、悪いと小さく謝罪してから鈴火と共に公園を去っていった。自分の知らないところでいろんなことが起きているのだな、と京は思いながら、自分も公園をあとにした。
そのままヒュプノスへは帰らず、進は自宅の方へ鈴火を連れて、自室へと通した。

「……あの、ね、」
「……あぁ。」

お互いに茶を啜ってから、一息置くとおずおずと鈴火が口を開いた。

「まこが、私に好きだって……言って……進とは、まだ幼馴染でしかないって……わかった……ううん、わかってた、のに……気付いた……今まで……やってたの、意味ない……のかな……って。」

違う、と言いかけ進は口をつぐむ。

「……まこに、キス、されて……ほんとは、嫌って……いえば、いいのに……できなくて……まこのこと……すきってわけじゃなくて……うまく、言えないけど……違う、の……。」

再び涙が溢れ、拭おうと俯いた瞬間に進に抱き締められた。よく知っている匂い、よく知っている体温に、逆に涙腺が緩んでぽろぽろと涙が頬を伝い、彼の服に雫の跡がつく。

「……悪い、あんな事、言うつもりじゃなかった。……ベルを、泣かせたかったんじゃない……それは、わかってくれるか?」
「……ん。」
「……あんなふうに、当たるように言って悪かった……焦ってんだな、俺も……。」
「……進……。」

自然と視線が絡まり合う、琥珀の瞳と濃い青の瞳とが徐々に近づいて、琥珀の瞳が薄く閉じられると同時に二人の唇が触れた。


「…で、ベルは今、進と一緒ってことか?」
「ま、そうでしょうね。」

ヒュプノスのカウンター越しに、レイと那由多が向かい合って話していた。

「全く……世話のかかる……。」
「でもまあ、これでうまくいきゃあ丸く収まるんじゃね?」
「……だといいけど。」

end
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作成:17/9/19
移動:20/8/30

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