アルコール漂う真夜中の

これの続き


「俺はそんな良い奴じゃねェよ」

いつになく真面目な顔をした土方さんがそう言い捨てると、ゆっくり頬に彼の手のひらが伝いそのまま後頭部の方へと伸び、引き寄せられる様に柔らかいそれが触れた。
土方さんとの接吻は少しアルコールの匂いがした。唇を割ってぬるりと舌が入って来て、逃げても逃げてもそれを許さないと言わんばかりに絡めとられ、このまま流されても良いなと思ってしまう。
暫く唇を堪能すると名残惜しくゆっくり離れていき土方さんと視線が絡む。

「…悪ィ」
「…どうして謝るんですか?」

苗字と最初からこうなるつもりで誘った、と私の左耳に触れながら土方さんは言った。それでもいいと思えるのは私が彼とは釣り合わない、だったらこのひと時だけでも私の事を見て欲しいと感じたからだろう。きっと、私も頭のどこかでこうなる事を望んでいた。一度だけでいい、土方さんに私という存在を求めて欲しかったのだ。

「酒の力借りなきゃ飲みにも誘えねェなんて情けねェよな」
「そんな事…  それ、どういう意味ですか?」
「…言わなきゃ分かんねェ?」

お前に惚れてるって事だろ、と言い放つと先程まで絡んでいた視線を逸らされた。
信じられなかった。土方さんが私を好きだなんてそんな素振り一ミリたりとも無かったし、寧ろ会社で話すのも仕事上での事務的な会話しかしていなかった。それに土方さんは誰にでも優しくて慕われていて、私が特別な事なんて何にもないのに。そんな事を思っていると口から出た言葉は自分が思っていたものとは違うもので皮肉なものだった。

「からかわないで下さい!」
「…は」
「私がっ、貴方のこと好きだって、知っててそういうっ…」

こんな事言うつもりなかったのに、こうして自分に気がある女性を何人も弄んできたに違いないと思ったら止まらなかった。先程まで触れていた唇だけが虚しく感覚が残っていて、火照った頬も何もかもが恥ずかしく惨めな気持ちになった。
荷物を持ち部屋を後にする為扉を開こうとドアノブを手にするとその上から手を重ねられ、背中から土方さんの体温が伝わってきた。視界が涙で滲んでよく見えない。何を言うつもりなのだろうか。  もうどうしようもないくらい心がかき乱されていて胸が苦しかった。

「名前」

初めて名前を呼ばれ簡単にまた体中が熱くなる。ドアノブを掴む手が緩み、私はこんなに土方さんの事が好きだったんだ…と改めて感じさせられた。
重ねられていた手が肩に移動してゆっくり土方さんの方を向かされ、そっと頭を撫でられた。チラリと彼の顔を覗くと、眉を下げ、とてもつらそうな表情をしていた。

「異動して来る前から苗字の事は知っていたんだ」
「…え」
「つーか入社時から知っていた。  最初は顔が可愛いとかで会社中噂になっていて知っていたんだが…」

土方さんの話はこうだった。  私が入社した当初から私の存在は知っていて、土方さんの異動が決まり同じ企画班となり、互いに仕事をしていくうちに私の事を意識してくれていたらしい。しかしその話を聞いても私が土方さんに好かれているという事実をまだ信じられないでいた。

「苗字に意識してもらえるよう他の班の女社員と話したりと一応やって来たんだが…そんなんで気付く訳ねェよな」
「!  …そっそんなの気付く訳ありませんよ!!」
「だよな」

へらっと笑う土方さんがとても可愛らしく感じ、思わず抱きついてしまった。私の気を引く為にそんな事してくれていたなんて…と思ったら愛しくて堪らなくなってしまったのだ。
土方さんはいきなり抱きついて来た私に少し驚いたようだったが、すぐに包み込むように優しく抱きしめ返してくれた。

「嘘…じゃないですよね?」
「あ?」
「本当に私の事を想ってくれているんですよね」
「あァ」
「信じちゃいますからね」
「大事にする」

そっと身体を離されどちらともなく接吻を交わした。そのままベッドのある部屋までズルズルと引きずられるように連れて来られた。

「あ!」
「…んだよ」

普通ならこのままの流れでエンディング…という場面なのだろうが、あることを思い出してしまい土方さんとの接吻が中断した。土方さんは突如大きな声を出されお預けを食らってしまった気分のようで眉間に皺を寄せていて不機嫌そうな面持ちだった。

「私と居酒屋に行く前って何処で誰と飲んでいたんですか」
「はぁ?  聞くタイミングおかしいだろうが」
「だっ、だって今思い出しちゃったんですもん」
「お前なァ…」
「で!誰と何処で飲んでいらしたんですか??」

坂田だよ、と言うと先程までとは比べものにならないくらい深い接吻をされ背後にあったベッドになだれ込むように二人して倒れた。
坂田って土方さんと同期のあの坂田さんだろうか。彼は部署が異なるにも関わらず、他の部署へ届ける大量な書類を運ぶのを手伝ってくれるとても優しい人だ。周囲からはやる気ないちゃらんぽらん、などと言われているが、これまた土方さんと同様イケメンであり女性社員からの人気は高い。でも土方さんと坂田さんって犬猿の仲だと噂で聞いていたのだが飲みに行く事なんてあるのだろうかと、土方さんの接吻を受けながらぼんやり思った。

「お二人はっ、仲が、良かったん、ですね」
「んな訳ねェだろ気持ち悪ィ」
「でも」
「アイツもお前に惚れてるらしいぜ」
「へ?」

途切れ途切れになる言葉をなんとか紡ぐと土方さんはとんでも無い事を口にした。今日はなんだか驚愕する事が多過ぎて頭が限界だ。
私に覆いかぶさっていた土方さんが接吻を止め、そのままの至近距離で見つめられる。息が掛かる程のこの距離で土方さんに見つめられるとなると私の心臓が更に煩く騒いだ。

「急に話しておきたい事があるとか抜かしやがるから、それで会社近くの居酒屋で聞いたんだよ」
「そ…なんですね」
「違う部署のくせに何で苗字とアイツが面識あるのか…アイツの話聞いてたら居ても立っても居られなくなっちまった。  プレゼンの準備に追われて苗字が残業してるのを知っていたしな」
「じゃあ、プレゼンに使う資料を会社に忘れて来たっていうのは…」
「そんなの口実に決まってんだろーが」

ぴしゃりとそう言われまた深い接吻を落とされる。土方さんのする接吻は優しくて気持良くてとても幸せな気分になった。もっともっとこの幸せな時間が続いて欲しくて、朝になったらこれが全部夢だったらどうしようと思いながら土方さんの背中に手を回し、これから待ち受ける更なる刺激に期待した。


20170707