忘却の姫子
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青の剣士 
 身支度を整えて廊下に出る。階段を下りて洗面室に向かいながら、ミルフィはふと、とある部屋の前で足を止めた。
 客室だった。

(まだ……寝てるよね)

 ハウエルのミルク配達の時間よりも早い時刻である。
 そう──ユージンを訪ねて来たルシアスが、昨日から泊まっているのだ。
 数日は居る事になるからと、ユージンから説明された。
 彼──ルシアスがユージンとどういう関係なのかは、まだ教えてもらえていない。
 きっと、いつかは必ず教えてくれるよね……と無理矢理に自分の気持ちを納得させた。
 妙に騒ぐ胸騒ぎには気付かないふりをして、蓋をした。

 客室の前をそっと離れて、洗面室に入る。

 しかし、先客がいて、ミルフィは小さく息を飲んで立ち止まった。

 まだ寝ているものとばかり思っていたルシアスが、顔を洗っていたのだ。
 ミルフィに気付いたルシアスは、顔から大量に水滴を垂らしながらこちらを向く。

「ああ、おはよう。先に借りていた」

 ルシアスの低い声音にハッとして、ミルフィは慌てて備え付けの扉からタオルを取り出した。

「あ、お、おはよう。どうぞ、ごゆっくり」

 ルシアスにタオルを渡す。

「ありがとう」

 受け取り、ルシアスは無造作に顔を拭いた。
 惚けたように彼を見つめていたが、「随分と早起きだな」と言われて我に返った。

「あ、朝食の支度があるし! あなたも早いのね」
「朝食の支度?」

 ルシアスが驚いたように聞き返してきた。

「ええ。そうよ」
「君が支度をするのか。偉いな」

 偉いなと褒められたことに内心で戸惑い、照れ隠しにミルフィは胸を張ってみせる。

「もう十四歳だもの。お料理くらい出来るわ」

 五回に一回は失敗をすることは、当然ながら伏せて。

「そうか」

 ルシアスは軽く頷いた。

「直ぐに支度をするわね、待ってて」
「ああ。俺は外で少し体を動かしている」

 そう言いながら、ルシアスは洗面室を出て行った。
 ミルフィは少し膨れる。相変わらず無愛想だ。

忘却の姫子