忘却の姫子
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レゼナが咲いた日 
「ミルフィ。ちゃんと玄関から入れと何度言えば分かる? しかも寝間着で外に出ていたのか。お前は女の子なんだぞ。もう少し……」
「待って。お説教は後で聞くわ」

 ミルフィと呼ばれた少女は、ユージンの言葉を慌てて遮った。

「それよりも、ねえこれ見て!」

 ミルフィはユージンに向かって右手を差し出した。潰さないように努めながら握っていた手のひらをゆっくりと開く。
 青い花びらが一枚乗せられていた。
 ユージンは片眉を潜めながら指先で花びらを摘まんだ。

「ほう。レゼナが咲いたか」
「ええ、やっとよ。丘の上は満開だったわ」

 ユージンは瞠目して目を見開いた。

「お前、毎朝早くに出かけてたのはこのためだったのか」
「あら、バレてた?」

 ミルフィは悪戯を見つかった子供のように肩を竦めてチラリと舌を出した。

「お前の脱走なぞお見通しだ」
「んもう! 脱走だなんて人聞きの悪いこと言わないで」

 ミルフィはぷっと脹れたが、直ぐにえへへと笑顔になった。

「でも、お陰でこうしてレゼナの初咲きを見れたじゃない。私頑張って早起きしてたのよ。これで今年の幸せ者は私に決まりね!」
「いつも朝寝坊のお前が珍しいとは思ってたんだかな」
「んもう、一言多いんだから。ユージンの意地悪! 去年は種を取り損ねちゃったんだもの」

 レゼナ花は青い花びらを持つ、野花だった。幸福の青い花とも呼ばれており、春の花だ。レゼナの初咲きを最初に見た者には幸福が訪れると言われていた。女性に人気の花だ。庭の花壇に植えたり鉢植えにされたりと、昔から愛でられている花である。

「頑張って早起きして通ってて良かった」

 ミルフィは苦笑しているユージンから花びらを返してもらうと、上機嫌でユージンの書斎を後にした。

忘却の姫子