恋するカメラ。 
 愛している。でもお前と一緒にはなれない。


 ざざ、がががが。じじ……ジ……


 かすかな音楽が聞こえている。カーララジオのチューニングは変わらずに同じ局番だった。音楽と、耳を打つ車体と窓ガラスを叩く大粒の雨の音。
 ラジオ局が流すローテンポの音楽とシンガー。
 男性シンガーのひんやりとした声がローテンポのリズムに乗って狭い車内に流れている。

 A day when the she because one is sometime.

 サビの繰り返しの部分だ。いつか彼女がひとつになる日。

 I dream of the forthcoming day sometime.

 ボクはいつか来る日の夢を見るよ。
 
 安っぽい三流の歌詞だが、割と好きな声だった。気が付くとよく流しているシンガー。

「先生。この先、事故らしいです」

 疲れた神経と脳、鼓膜に流れ込む音に紛れて聞こえて来たのは助手のミオウの声だった。
 ミオウの運転するジープが停車する。
 車と雨音を隔てた向こうで車のクラクションが耳を打つ。

「先生?」

 背中に感じる冷たい革のシートを倒して寝そべっていた肩を軽く揺すられる。肩に羽織っていたワークジャンパー越しに、手のひらの体温を感じた気がした。人肌の温い体温は案外に嫌いじゃない。思うが、それも珍しかった。

「適当に抜けろ」
「でも。かなりの渋滞で混雑しています。Uターンしている時間も無いですよ。約束の時間に遅れます。どうします? 今日はキャンセルを?」
「…………」

 面倒だな。思ったことを見抜かれたのか傍らから忍び笑いが聞こえた。
 喉の奥に絡むことはない。洗い立てのシーツにも似た、こざっぱりとした少し高めの笑い声だ。
 初めて出会った時も感じたが、変わった笑い方だと思う。

「ドタキャンしたら“彼女”の報復が怖いですね。また先生の頬に新しい引っ掻き傷が出来るかも……」
「上手いことを言って丸め込め」
「はいはい。それは先生に仰られなくてもなんとかするつもりです。でも保証は出来ませんので。覚悟はしておいた方が身のためですよ」

 彼女はとても寂しがり屋の孤高な猫ちゃんですから。

 女性のプライドに傷を作る男は最低ですよと続ける小憎らしいミオウの涼やかな声を聞き流して、雨音とローテンポの音楽とひそやかな互いの息づかいと衣擦れの音に耳を済ました。


SSS