少年と彼女

飛行機で12時間、1万qの距離を経てようやくアメリカから故郷日本に到着した。ジンには面倒と言ったがなんだかんだ日本が好きだし恋しかったからまあよかったとは思う(命令されたのが癪)。
とりあえず放置してた家に帰らなきゃなのでスーツケースを転がしタクシーに乗り込むことにする。

懐かしの米花町にたどり着き辺りの変化を見てみたいので家から少しの距離のところに降ろしてもらう。

「ん〜〜、いい天気…、へぇ、こんなとこに公園ができたのね。」

数年前にはなかったと思われる公園は仕事をするときの息抜きに来るのにいいなぁなんて思いながら覗き見る。
公園はそこそこの広さで休日ということもあって子供がそこそこいる。

ほどよい騒音が意外と良い刺激になるのよね。
ふむふむと公園を見渡し目に入るサッカーを楽しむ少年少女、中でも断トツ大柄な子が蹴ったボールが勢いよく上にとび近くにあった木に引っかかった。



「おい元太!飛ばしすぎだバカ!」
「わりぃわりぃ!つい力んじまって…」
「もー!木にボール引っかかっちゃったよ〜!」
「随分と高いところにいっちゃいましたね…、どうしましょう…。」
「登りにくそうな木だから取りに行くのは無理そうね、風で飛ばされるのを祈るか諦めるか。」


どうやらサッカーボールが木に引っかかったみたいで取れなくて困っているみたいだ。
まあ確かに子供、いや大人でも登るのが難しそうで普通なら途方に暮れる。


「ねぇ、あのボール取ってあげようか。」
「え?」

笑顔で声をかけ困惑している子供たちをよそに返事もまたず登る。

「お姉さん!危ないよ!」
メガネの幼年の心配する声は聞こえるけど私には木登りくらい当たり前なので聞こえないふり…。
自分で言うのもあれだが猿のごとくぶら下がりながら腕の力と腹筋ですいすいと登っていき簡単にボールにたどり着いた。

「すご〜い!!お姉さんお猿さんみたい!」
「ちょ、自覚はあるけど猿はやめてね!傷つく!!」

少女の無邪気な声に胸を貫かれ大声で否定する。
とりあえずボールを上からポイっと落とす。

「ありがとうございます!でもお姉さんおりられるんですか?」
「確かに…、登るときに何本か枝は折れたしね。」

そばかすの子と茶髪の子からの疑問にをふっと笑いとばす。この程度の高さなら時間をかけて降りる必要はない。

次の瞬間私は木から飛び降りた、子供たちの驚きの声を耳に挟みながら…
くるりと一回転するパフォーマンスを添えて地面に華麗に降り立つ…決まった!
と思ったのも束の間、衝撃に痺れる足に耐え切れずしゃがみこむ。

「うっ…!なかなかクル…」
「お姉さん大丈夫!?」
「大丈夫よ…ちょっと調子乗っただけ…」

わらわら集まってくる子供たちに情けない姿を見せてしまった後悔がすごい…。

「でも最後のすごかった!くるくるって!!」
「ですね!体操選手みたいでした!」
「足痺れなきゃもっとかっこよかったけどな〜!」

「ふふ〜、こういうのは得意分野なのよ!」
太っちょ君のセリフは余計だけど褒められて悪い気はしないから得意げになってしまう。痺れも大分なくなり立ち上がるとメガネの子が近寄ってきた。

「ねえねえ、お姉さんはなにかスポーツやってたの?あの動き普通の人とは思えなかったけど…。」
「ああ、パルクールってわかる?あれをちょっとかじっててね!」
「へ〜!だからあんなに動けるんだね!」

少年の純粋というよりは探るような視線にちょっと違和感を感じる、そういえば何か忘れているような…。

「あ!!私のスーツケース!」
さっきまで引いてたスーツケースが気が付けば手元になく公園前の道路に置いてきたことに気が付く。

「あれじゃないですか!あ、車が通れなくて困ってます!」
「そうそうあれ!邪魔になってるから早く取りに行かなきゃ!」
「ボールのお礼に私たちが持ってきてあげる!」

え、大丈夫、という前に三人(メガネ、茶髪以外)は走って行ってしまった。まあとってきてくれるならいいか…。

「お姉さん旅行でも行ってきたの?」
この少年めっちゃ質問してくるな〜と思いながら否定の意味で手を振る。

「違うわ、今日アメリカからこっちに来たのよ。生まれは日本だけど仕事で向こうにね。」
「へぇ、ちなみに仕事って…「これはお姉さんのですよ!返してください!」ん?なにやってんだあいつら?」

少年の質問の途中で子供たちの叫び声が聞こえた。どうやら車に乗ってた男二人組が私のスーツケースとその上に置いておいたバッグを持っていこうとしている。

「うるせえガキ共!お前らみたいのがこんな高いのの持ち主なわけねえだろ、俺たちが丁重に預かってやるから安心しろ!」
「だから俺たちのじゃなくて姉ちゃんのなんだよ!泥棒だぞ!」
「だーかーら!預かるだけって言ってんだろ!」

会話を聞きながら日本も治安悪くなったなぁと思っていると横にいたはずのメガネ君たちがいなくなっていた。

「お兄さんたち、どうせこのバッグとスーツケース売り飛ばそうとしてるんでしょ?」
「でしょうね、バッグはANGELの新作だしスーツケースもヴィトン…。」
「うっ…!とにかく道にあったし邪魔だから預かっとくだけで!どこの誰のだか知らねーけど!」

「私のだから返してくださる?大事なものも入ってるから。」
持ち主がここにいるってのに思いっきり置き引きしようとしてる輩はさすがに見逃してあげられないので漸く名のり出る。すると男どもの顔色が変わりにやつきだした。

「これ君のなの?よかったぜ!道端で邪魔になっててよぉ、俺らが預かってやろうとしたとこなんだよ!」
「あら、それは迷惑かけたわね。ごめんなさいね、とりあえずそれを返してもらってもいいかしら?」
さっさとその汚い手をお気に入りのカバンから離せ!という気持ちを込めながら軽く睨む。

「おいおい、迷惑かけといて謝るだけかよ?君めっちゃ可愛いじゃん?俺らにちょこ〜っと付き合ってくれれば返してあげるからさ!」
「そうそう!ガキなんてほっといて俺らと楽しい遊びしようぜ〜!」

こいつら…、にやつく顔だけでもムカつくのに更に一緒に遊ぼう?身の程をわきまえてくれるかな?

「あなたたちと遊ぶほど暇でもないし、何より鏡を見てから言ってくださる?」
「なんだとこのアマっ!!」

私の言葉にさすがにキレた男たちが殴り掛かってきたがスッとよける。そして伸ばした腕を引っ張りそのまま背負い投げる。それを見て驚いた顔をするもう一人を睨みつける。

「同じ目にあいたくなかったらさっさと消えてくれる?」
「はっはい!!!」

伸びてる男を引きずって車に乗せ勢いよく去っていく後ろ姿にあっかんべーをしてやる。

「かっこいい〜!!お姉さん強いんだね!」
「まあね〜!あの程度の奴には負けないわよ!それより、荷物守ってくれてありがとう。助かったわ。」
しゃがみこみ少年たちの頭を撫でまわす。やっぱり子供はかわいいなあ…。
しかしメガネの子にさっきより突き刺さる視線に居心地の悪さを感じる。

「さっきの動き…柔道だけじゃないよね?」
「よく気が付いたわね。そう、私色々かじってるせいで咄嗟だと混じっちゃうの!」
「色々って…?」
「えーとね…あ!ごめんなさい!家に引っ越しの業者がそろそろ来るから行かなきゃ。君たちにお礼がしたいから今度また会える?」

すっかり忘れていた業者のことを思い出し財布から名刺を取り出す。
「名刺を渡しておくからここに空いてるとき連絡くれる?」
「柊雛姫さん?え!ANGELのデザイナーなの?!」
「ええ、茶髪の子ブランド好きそうだから今度何かプレゼントするわね!」

それじゃあ、と彼らに背を向けて歩き出す。
背中には未だ探る視線が突き刺さっているが気にしないことにする。


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