お肉と私と実験験






「今日からお前達はモルモットだ。実験台となり、思考は捨てろ。何も考えるな。我々の糧となれ。」


科学者のような出で立ちのおじさんが、私と私と『見た目的には』同い年くらいの小さな男の子と女の子を見つめ言い放った。
私ははい?と言いそうになる口を抑えて、おじさんを見つめた。
他の子達は怯えこそすれど、泣き喚いたりせず、お互いの震える体をくっつけあって、恐怖を緩めようとしていた。
五歳児くらいなのに、なんと強い子達なのか。思わず感心してしまう。


しかしその勇気もおじさんの、「1番、早速実験に移ってもらう。」の一言でその恐怖に染まっていく。
部屋の隅へ逃げ惑う私達の中から、竜のような尻尾を生やした一人の男の子の襟首を掴んだ。
おじさんはその子を引きずって、部屋の奥へと進んで行ってしまった。


「お母さん、助けてお母さん」


目が溶けてしまうんじゃないかというくらい涙を流し、小さな小さな手を必死に振り回す男の子。
みんなと同じ白いシャツとズボンが汚れた床に擦られ、引きずられていく男の子の体は段々と薄汚れていく。
最後の抵抗とばかりに尻尾をドアノブに引っかけたが、後頭部を殴られ気絶してしまった。

悲痛な叫びに、これからの絶望に耳を覆ってしまいたくなったが、耳を塞いだら鞭打ち百回と言われていたため誰も耳を塞ぐ者はいなかった。
男の子とおじさんが扉の向こうへと消えた途端、堰を切ったように私以外の子達は泣き出してしまった。

お母さん、お父さんと大きな目から大粒の涙を流す子ども達。

私が泣かなかったのは、このような状況に『慣れている』のと、『精神年齢が20も過ぎている』という事が主な原因だったが、違う意味で泣きたかった。







◇ ◇ ◇





死んで目が覚めたら若返っていた上、なにやら悪い人のモルモットにされていたとは笑えない話だ。

およそ五歳ほどに若返った自分に驚いた。
なにも状況が飲み込めないまま話を聞いていると、おじさんは私達に『個性』というものの実験をすると話し始めた。
けれど私には『個性』というものが全くもって分からなくて、周りの子達が怯えた声で、個性でなにをするんだろう?と呟き合っているのを見ているしかなかった。

私だけ知らないとは、まるで私だけ一人別世界から飛んできてしまったようだ。
マイク越しに伝えられた内容を聴き終わった途端、部屋の奥へと消えていった1番の子の叫び声が聞こえてきた。


あぁ、これはきっとさっき言ってた『個性』の実験なんだろうな。



◇ ◇ ◇




私は黒崎一護と井上織姫の間に生まれた子だ。
死神と完現術持ちから生まれた私は、霊力を持ち、斬魄刀は持っていないが鬼道が使え、母の能力である盾舜六花を受け継いだ。自分でも思うが割りとチートである。

空座町に生まれ、25まで生きてきた。
しかし今現在、ここに至る。

経緯は分からないし何故若返っていたのかすらも私は分からない。
おじさんの話が始まる前に子ども達がここはどこですか?と質問していて、それにおじさんがある地名を言っていたけれど、私が全く聞いた事がない地名だった。


それに私は死んだはずだ。


買い物帰り。
赤信号にも関わらず、ボールを追いかけていた子どもを助けようとしたら、そのまま大型トラックとランデブーした。

それなのに何故私は知らない土地でまだ生きているのか。
考え出せれる答えは一つしかなかったけれど、あまりにも非現実的過ぎてそのまま眠りこけてししまいたくなった。


考え出せるその答えは、私はどうやら『一度死んで来世というものになった。』だ。
けれどその来世の私は、前世の私そのままらしく、姿も思考も能力も前世の私そのもの。先ほどこめかみのあたりを触ってみたら、母から受け継いだヘアピンもついていた。

『転生』というには少し違うかもしれないが、生まれ変わり(記憶持ち)という境遇に今私は立たされている。なんと。

それにしても神様は少々理不尽ではないだろうか。
大きな大罪は犯した自覚はないし、むしろ虚討伐や現世にとどまってしまっている幽霊達を成仏させたりと、私は結構頑張ってきた方である。
時には父の援助で敵だの色んなのと戦ったり、何度も言うが、こんなバイオレンスな所に飛ばされるほど悪い事をした覚えはない。


そんな事に考えを馳せていると、1番の子が奥の部屋から帰ってきた。
「シンジ!」と一人の男の子が飛び出し、おじさんが引きずる1番の子に近づく。
どうやら1番の子の名前はシンジ君と言うらしい。


「おい、大丈夫か、痛かったろ。」


男の子はシンジ君の近くに寄り、おじさんからシンジ君を助けようと手を伸ばす。
けれどシンジ君は、人の形を成していなかった。
ぐちゃぐちゃの肉塊へと変わってしまっていて、およそ子供に見せるべきものではない程に変貌してしまっていた。

赤黒くなったその子は皮膚がめくれ骨がえぐれ、内臓は飛び散り歯はむき出し。

シンジ君が帰ってきた事に安堵していた子ども達は、その姿を見て一気に恐怖のどん底に叩き落とされた。
隣にいた子が、口に手を抑え床に嘔吐物をぶちまける。

他の子はお母さんと泣き叫んだり、恐怖に逃げ惑ったり、卒倒したりと阿鼻叫喚だった。
地獄絵図とはこの事か。


「ほら、シンジ君だよ。」


ニタァ、と人の悪い笑みを浮かべ、男の子からおじさんはシンジ君だったものを放った。

変わり果てたシンジ君に放心した男の子は、シンジ君を受け止めるとシンジ君の重みで、そのまま仰向けに倒れる。

え、え、と息継ぎが上手くできずにいるその子の開ききった目からは、動揺と恐怖と拒絶がぐちゃぐちゃになっていた。


「1番は失敗だったな。次、2番。」


放心した子も肉と化したシンジ君も無視し、おじさんは胸のプレートに2番と書かれた子を引きずって部屋の奥へと消えていく。

その後も続々と3番、4番5番6番7番と子ども達は部屋へと引きずられ、肉と化していく。
しばらくすると1番の子と同じように肉塊になって帰ってくる子や、そのまま帰ってこない子に分かれ始めた。
ぐちゃぐちゃになってしまった子達はこちらに帰ってきて、部屋の隅に放り投げられる。

帰ってこない子達の叫び声や泣き声が、どこからか聞こえてきた。
きっとおじさんが言っていた『実験』に成功して、また新しい実験のモルモットにされているんだろう。
けれど二回目の『実験』に成功した子はいないみたいで、二回目の所まで来たのに、肉塊になってみんな帰ってきてしまった。


順調なペースで『実験』は進んでいく。
気づけば周りには誰もいなくて、今まで話していたお友達と呼べる子もただの肉と化してしまった。

私は精神的には持っているが、肉と化してしまった子達を救えない己の弱さに打ちひしがれていた。
鬼道や盾舜六花は使えた。けれど使えば、どうなってしまうか分からない。


あたり一面真っ赤な肉の塊に囲まれながら、腐乱臭の中私は一人縮こまった。







「108番、君の番だ。」

「っ……。」


今日はついに、私の番。順番的に1番最後だから、107番の子はきっとこの部屋の中のどれか肉になっちゃったのだろう。

前の子達と同じように引きずられ、ぐちゃぐちゃの真っ赤な部屋から出る。
重たい金属の扉が開けられ中に入ると、目の前にはたくさんの機械が、壁や床にびっしり設置してあった。

部屋の真ん中のベッドに寝かせられ、身体を押さえられお腹や頭、足首手首に枷をつけられる。

ベッドや枷が血でこびりついているのは、前の子達のものなのかなぁと、これから死ぬかもしれないのに呑気に考え事をした。


「108番、期待している。」


無表情で私に放たれたおじさんの言葉は、案外私に絶望として襲ってはこなかった。

あれかな、虚とか破面とかと戦ったり殺し合ったりしたからかな。


慣れって怖いなぁ。と目の前に迫り来るメスに私はさほど恐怖は感じなかった。