力はパワーの源の






実験から何年か経ち、ちょうど今日で私がこの場所に来て一年が経った。


もう同じ時に入った子達はいない。
けれど、一昨日新しい子達が来た。当時の子達と同じように、お母さんお父さんと泣きわめき、怯えて助けを求めていた。

その様子を私は別室の窓から覗く。
私はあの後何段階にも渡る実験に成功したので、別室になったのだ。
けれど相変わらず部屋の中は肉や血でべちゃべちゃだったし、首には鎖を繋がれた。状況は前よりも悪化している気がする。
服は真っ白なワンピースに『108』と記入された札のみで、ワンピースはあの頃から変えた試しがない。だから白かったワンピースは、血と錆と嘔吐物やらなんやらで汚らしい赤色と黄色、土色が混じった色に変化していた。

部屋の掃除と洗濯くらいしてほしい。切実に。


「108番、実験の時間だ」


重たい金属の扉が開き、おじさんが私の鎖を引く。
今日はいつものようにベッドにくくり付けてメスで切り裂いたり、電流を流したりするのではなく、真っ白ななにもない部屋に通された。
部屋の壁に鎖を繋がれ、おじさんはそのまま部屋から出て行ってしまう。

さすがに大人な私も不安になる。なぜこんな場所に置いていくのか。


「どして、なんで、」

「108番、君の実験は今日から最終段階だよ。」

「!?」


ガタンッと大きな音がしたかと思うと、目の前の壁が左右に開き、大きな真っ黒い怪物が出てきた。

私よりも遥かに大きく、固く、強そうなそれ。
人間とは言い難く、けれど怪物かと言われると首を捻る。
頭からは脳みそが丸出しで、体長はおおよそ2メートルから3メートルくらい。上半身は丸裸で、下半身は申し訳程度に膝丈のズボンを履いている。
性別は多分男。胸ないし。
けれど生きてるか死んでるかと言われたら分からない。
動いているから生きてはいるんだろうが、目からは生気を感じない。

と冷静に相手の分析をしていると、その怪物は私の頭めがけ拳を振り下ろした。


「え、ちょ、待って、わぁ!!」


私の頭よりも二回りも大きい拳を飛び跳ねて回避すれば、私がいた場所に拳がめり込まれ、床に蜘蛛の巣を作った。
体勢を立て直し、ゆっくりと立ち上がる。
久しく動いていなかったから、筋肉は衰弱していて、正直今の私の膝は生まれたての小鹿のようだ。

震える身体を押さえつけながら臨戦態勢に入れば、怪物は腕ごとこちらへ振り下ろしてきた。
避ける暇もなかったし、鎖が行動範囲を狭め、拳がモロに入った。
怪物の腕は私の横腹にめり込み、ミシリと嫌な音がした。きっと骨は折れてるだろうな。
そのまま投げ飛ばされ壁に激突し、壁は衝撃に耐えられずにガラガラと崩れ、床に落ちた私の上に降ってきた。

壁の破片が、私の身体を次々に痛めつける。
私の頭ほどの大きさの破片が落ちてきて、私の足を潰した。
腹と足の骨がやられた。下手に動くと内臓が潰れてしまうかもしれない。

死ぬ。私はふとそう直感した。

怪物は目の前まで来て、私に向かってなおも拳を振り上げてくる。


「さぁ108番よ。力を見せてくれ。」


マイク越しにおじさんの声が聞こえてきた。
くそ、人の状況も知らないで楽しく観覧ってか。
そう毒づくが、ふと『力』という言葉に頭が勝手に反応した。


『力』。私の『力』……。


大きな咆哮と共に、怪物は渾身の力を込めて拳を私に振り下ろした。


「……火無菊、梅厳、リリィ……」


ヘアピンから六花が飛び出し、盾を作り怪物の攻撃を防ぐ。
そうだ、私には父から受け継いだ死神の力と、母から受け継いだ盾舜六花の『力』があるじゃないか。

ガンッ!と盾は怪物の拳を受けると、そのままバラバラと壊れ、私の周りを優雅に飛び始めた。


「舜桜……あやめ、」


ヘアピンから二つの六花が飛び出し、盾を張り私をドーム状に包む。
橙色の光が私を包み込み、私の折れた骨や潰れかけた内臓、そして衰弱した身体を修復していく。
盾が壊れ六花が私の周りを飛ぶ頃には、私は生前の頃のようないつもの『私』に戻っていた。


『……108番、素晴らしいよ。合格だ。』


おじさんが興奮したようにマイク越しから私に話しかけてきたが、私は今この怪物を倒すので忙しい。
いくら前の私の状態に戻って万全状態だからと言っても、今の私は六歳児。幼児の体格や力などたかが知れている。


「……君臨者よ、血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ、焦熱と争乱、海隔て逆巻き南へと歩を進めよ。破動の三十一、赤火砲!」


怪物の腹目がけ、破道を放つ。
ドンッ!と大きな音がしたかと思うと、怪物はそのまま白目を向いて倒れた。


「素晴らしい……!素晴らしいよ108番……!」


立花達がヘアピンに戻ると、扉が開き、おじさんが入ってきた。
興奮したように息が荒く、頬がほのかに赤い。


「さすが私が開発しただけはある……!」

「……違う。これは私の元からの力……!」

「それはそうだな……だがそれを開花させ解放したのは私。試作段階と言えどあの脳無を倒すとは……本当に素晴らしいよ……さすが私の天使……。」


人の話も聞かず、一人饒舌に話すおじさん。きっとこれはあれだ、もう自分の中で自己完結しちゃってるやつだ。あぁ嫌だな。

おじさんはそれから「なんと言う個性なんだろうか。」だの、「万能すぎる。これはもはや神の領域。」などとベラベラとまた一人推測なるものを始めてしまった。

確かに私の母の能力の盾舜六花は希少性が高く、私が生まれる前。母と父が結ばれる前に、母はその能力に目をつけられ攫われたという話は聞いた事がある。

それが今ここでも実現されようとしているのか。母のときにあった事はまた娘に来ると。今この状況でいらない。非常にいらない。
力はこの世界でも使える事は分かった。ならばこの場で抵抗できる。逃げる事も可能だ。
それならば善は急げ。


「椿鬼……!」


ガンッ!と大きな音を立て、椿鬼の手により壁に繋がれた鎖が粉々に砕け散った。
さすが唯一の攻撃担当、椿鬼だ。あまり呼ばないから、呼ばれた時はものすごく暴れる。
粉々にする必要なかったのにな、と少し思いつつも、感謝をしながら椿鬼をしまい、扉に向かって走る。

すると突然、首に雷が走ったような感覚が私を襲った。


「ごめんね天使よ。少しだけ眠ってもらおう。」


おじさんの手には小型の銃。
麻酔銃でも撃たれたのか、と考えた頃には、私の頭はシャットダウンした。