「え、と……落ち着いて下さい……?」
「ぶ、部長おおおお!!!!」
「んんん??!!」
部室から出てきた特徴ある黒髪の男子。
名前はその男子を見た事がないため、とりあえず挨拶をしておこうと会釈をしようとした。
が、途中でその会釈はその男子の絶叫により未遂に終わった。
「あ、あんた!何で女が!!」
「こ、ここは男子校ではないですよ!女性は珍しくないですし!それに教師の方の中にも女性はいらっしゃいますし!!」
「部長おおおぉおお!!!!」
こ、この方大丈夫でしょうか……。
必死に『部長』に助けを求めるくしゃくしゃと癖のある黒髪をした男子が叫ぶと、部室の中から数人の男子が飛び出してきた。
これまた知らない人達で、名前はどうしたものかと内心焦った。
「赤也、どうしたんだ?」
「ジャッカル先輩!!」
「ん?そこの女の子は?」
「ま、丸井先輩!!そいつ、女です!!」
「いや私女子ですよ!?」
「お前さん、何故ここに来たんじゃ?」
喚き散らすくしゃくしゃ頭の男子の聞き捨てならない発言に腹を立てたが、横から急に出てきた銀髪の男子に質問を投げかけてきたので、発言をする場面がなくなってしまった。
ゆっくりと横にいる男子に目を向ける名前。質問をされたのだから、きっちりと相手の顔を見て会話をしなければならない。
銀髪の切れ長な瞳に、少し厚みのある唇の下にあるホクロが中学生ならぬ色気を放っている。
無造作にまとめられている髪の毛の一部は縛られており、色気により拍車をかけていて。
しかし薄く開かれた瞳には疑い、恐怖といったマイナスの感情が感じ取られた。
この人達にとって女性というものはそんなにも珍しく、未知のものなのだろうかと名前は思った。
「えーとですね……。」
「みんな、どうしたんだい?」
状況を説明しようと口を開くと、後ろから聞き覚えのある声がした。
ゆっくりと後ろを振り返ってみると、やはり目の前にはクラスメイトの幸村がいた。
「あ!部長!!こいつ、部室の周りをウロウロしてたんス!」
「?名字さんじゃないか……、どうしたんだい?」
幸村はクラスメイトだ。少なくともここにいる誰よりも名前の事を理解しているはず。
何が何だか分からないが、幸村なら大丈夫だろうと名前はゆっくりと説明を始めた。
「実はですね……。」
「だめじゃないかみんな。」
「で、でも部長!」
良かったです……何とか誤解は解けました……。
いたずらっ子を叱るように、優しく微笑みながら幸村は部員達を諌めた。
部員達は少々不満げなものの、何とか納得してくれたようだ。
まだ銀髪と特徴的な黒髪の男子二人の訝しげな視線は止まなかったが、もう会う事は到底ないだろうと名前は判断し、特に気にしなかった。
「でもも何もないよ、ごめんね名字さん。嫌な思いをさせてしまったよ。」
「いえいえお構いなく。不躾ですみませんが、見たところお二人は女性恐怖症なのですか?」
「「は?」」
「だとしたらすみません。本当に申し訳……。」
「ブフッ」
名前の突然の言葉に放心する銀髪と黒髪の男子と、なぜか噴き出す幸村。
他にも周りにいた赤髪や褐色肌の男子その他諸々は、腹を抱えて笑ったり放心したり。
状況がいまいち読み込めず頭にクエスチョンマークを浮かべる名前を目の前に、黒髪の男子は口をワナワナと震わせ名前の肩に掴みかかった。
「あ、あんた!俺の事知らないんすか!?」
「し、知らないも何も、私は転校してきたばかりですし、二日や三日そこらで全校生徒の名前を覚えられるほど有能ではありません……。」
「そ、そういう問題じゃなくて!」
「お前、男子テニス部の事は知らないんのかぃ?」
「?男子テニス部が何かあるのですか?」
「あーこりゃ、知らないみたいだな。」
「?皆さんがテニス部なのは見た感じは分かりますよ?」
「いや、もしかしたらしらばっくれてるだけかもしれんよ。」
「仁王、疑いすぎだよ。」
「じゃけど……。」
「お前達!休憩時間はもうとっくに過ぎているぞ!」
テニス部員達の質問に気圧されていると、普段聞き馴染んだ声がした。
そういえば彼もテニス部だったなと思いながら後ろを振り返ってみれば、やはりそこには真田と柳がいた。
「……む?名字ではないか。」
「真田さん柳さんこんにちは。」
「あぁ、……名字は昨日先生に許可を取っていた物を取りに来た確率100%だな?」
「はい、よくお分かりですね。ガーデニング用の園芸用品です。」
良かったです……邪険にされるのではないかと思ったのでしたが杞憂に終わりました……。
特に用もないのにテニス部に関わっている名前を、もしかしたら良く思わないかもしれないと内心不安になっていたが、いつもと変わらない態度に名前はほっとした。
「え?名字さんガーデニングやるの?」
「そうですよ、丁度良い場所を見つけたので先生に許可を頂いて今始めるところです。」
「羨ましいなぁ、今度見に行っても良いかい?」
「もちろんです。」
「ちょちょちょ!先輩!!」
幸村の意外な一面もしれて幸村と真田、柳と会話を楽しんでいると、先程の黒髪の男子が名前と幸村と真田、柳の間に割り込み思い切り名前を睨みつけた。
「あんた!何でこの三人と楽しくおしゃべりなんかしてるんだよ!」
「え、あ、すみません……?」
「何で疑問形なんだよ!さっきから恐怖症だの何だの意味分かんねぇ事言うし!どうやって先輩ら取り込んだか知らねぇけどよ!テニス部に首突っ込んでくんのは……!」
あーだこーだと黒髪の男子は名前に責めの言葉を浴びせる。
名前自身女性恐怖症の人達の前に現れてしまったのだから、こんなにパニックを起こしてしまったのは仕方が無いし申し訳ないという思いでいっぱいだった。
なのでこの言葉達を受け止めるのは妥当だろうとそのまま聞き続けていると、ふと黒髪の男子の肩に手がかけられた。
「赤也。」
その手は幸村の手であった。
綺麗な、いっそ恐ろしい程に弧を描いた唇が、死刑宣告の様にゆっくりとその男子の名前を紡いだ。
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