4話-初仕事-

武器商人と仕事する。
 
 
 ピピピ、ピピピ…。
 
「んあ……ぐ…まぶし……」
 太陽というのはどの世界でも眩しく輝いていて、朝が来ると意気揚々と上る。鬱陶しいことだ。
 机の上の水を煽って乾いた喉を浸す。卓上のノート(キャスパーさん支給)には昨日チェキータさんから教わった世界の地理が描かれている。これが世界の全容だという。星間を飛行する交通網はまだできていないらしいので、正真正銘この地球が世界の全てと言って差し支えないとのことだ。
 辿り着けないだけでどこかに私の故郷があるのだろうか──。


「おはようございます」
「おはよう、ユキちゃん」
 食堂に顔を出すとチェキータさんが迎えいれてくれた。
 エドガー、アラン、ポーさん達も手を挙げた。先輩達は全員来ているようだ。つまり来ていないのはやはり我らがボスだけだった。
「なんだかちょっと元気ないじゃない。どうしたの」
「その、天気が」
「天気?」
 チェキータさんは窓を見た。空は青々として、雲一つない。太陽がその上に煌々と輝いていた。
「天気が良すぎて…」
「…なるほどね。太陽が苦手なんだっけ」
「傘をさせば問題はないですし、生身で出ても死ぬ訳じゃなんですけど。苦手なのは変わらなくて」
「大変な体質よねぇ」
「お仕事はちゃんとこなしますので」
「無理しちゃダメよ、はいこれご飯」
「ありがとうございます」
 
 
「さて!仕事だ!」
 あの後ミーティングにいつものごとくやや遅れてきたキャスパーさんは全員揃っているのを確認してから、開口一番そう言った。
「仕事…」
「そうだ。ユキが来てはじめての仕事になるな」
 キャスパーさんは私を指さしたその手でホワイトボードの地図を指さした。
「場所は南アジアの小国。この山岳部隊に武器を渡す」
「時間は?」
「明日の15時」
「陸路で?」
「一番近い街までは空路を使うが、その先で使うと北と南の戦線にぶち当たる。そうなれば問答無用で高射砲の射程圏になる。そこからは車だよ」
 その後もキャスパーさんと先輩達の無駄のないやりとりが続く。正直疑問を挟む間もない。
 
「黙っているが何か質問は?」
 キャスパーさんの射抜くような視線がこちらに向いた。笑っていて笑っていないというのを地で行く彼は元上司に似ている。
「仕事については概ね理解しました。私の役割は荷運びと、キャスパーさんの護衛ですね」
「あぁ。狙ってくる奴がいれば殺していい」
「かしこまりました」
「せいぜい僕の役に立ってくれ」
 イエッサー、そう呟いた。
 
「荷物結構ありますね」
 次々と本社からアジア拠点へ集まってくる武器たち。木箱に入っているのもあれば、ジュラルミンケースに一つ一つ銃が収納されているものもある。
「そうだな…ほとんど小銃だ。短機関銃だな。大きなものを運ぶのも気を使うことが多い。が、細かなものが多いのもそれはそれで面倒ではあるな」
 面倒であると口で言いながらも、その口元は上がっていた。
「…楽しそうですね、いつも」
「楽しいからな」
「仕事が?」
「あぁ、商人というのは天職だったと誓えるね」
 仕事が楽しい──。そんなことを思ったことがあっただろうか。そもそも楽しいとか楽しくないとか考える機会がなかった。
「傭兵時代はどうだった」
 いきなり問われて、思わずフリーズする。他人に過去について聞かれるのはやはり慣れない。
(この世界に来て、隠すようにしてたからな)
強固に取れない仮面のように、それは自分の意思で外すのも難しいほどその嘘は馴染んでいた。
 次々と運び込まれる荷物を眺めながらキャスパーさんは言った。
 楽しくなかったのか──。と言外に問われている気がするのは卑屈が過ぎるだろうか。
 荷物のチェックはチェキータさんが取り仕切っている。監視するように周りのあらゆる危険の可能性を探りながら、いつでも戦闘のファーストポジションに着ける体勢で立っている。彼女は疑いようもなく訓練されている強者だ。
「…考えたことがなかったです。楽しいとか、向いてるとか」
「そうか、なら向いていたんだろうな」
「え」
 キャスパーさんは言い放つと笑顔を携えたままチェキータさんのところへ歩いて行ってしまった。

 
 輸送機に乗り込むと壁面に座席が付いていてそのまま乗り込むような形になっていた。キャスパーさんの横、チェキータさんの向かいに腰を下ろす。

〈離陸します。シートベルトの着用を〉
操縦席から馴染みのある訛り方の英語で音声が飛んでくる。操縦者は東南アジアの人間らしい。
「あぁ」
 
「ユキ、武器は持たないの?」
「武器ですか」
「ユキそのものが強いからその動きを邪魔するような装備は良くないけど、なにかひとつくらい持っておいてもいいんじゃない?」

「それはいいな。就職祝いにプレゼントしよう」
 何がいい?
 尋ねられて思わずたじろいだ。
「そう、ですね。肉弾戦がやはり得意なのでそこを補う意味で小銃が向いているとは思うのですが」
 
 降りたって、一つ背伸びをする。腰が固まってしまっているような感じがする。
「さて、それじゃあ荷を移す。ユキ!」
「はい」
「エドガーが車内に入って積み込む。ユキはそこまで運んでくれればいい」
「分かりました」
 頷くと満足げに笑ったキャスパーさんは他の部下たちに指示を出していく。
 輸送機の中を覗き込む。中でアランさんが荷物の確認をしていた。
「アランさん、よろしくお願いします」
「あぁ、重いから気をつけ──」
 受け取った木箱を肩に乗せる。うん、もう一つ行けそう。
「あと一つ下さい」
「…大丈夫そうだな」
 ええ、と笑って返せばアランさんは荷を止めていたロープを取り外しにかかった。
 
 
「これで全て積んだな。ここから交渉の場所まで移動する。ここから先は襲撃の可能性も多いにある。警戒を欠かすなよ!」
「「ッサー!」」
 大きな声に肩が跳ねる。どうにもこの統率の取れた感じに馴染みがなくてついていけない。
 
(前はそれぞれが好き勝手にやってたしなぁ)
 そもそも団長からして団体行動をひたすら無視していた。
 夜兎は必要以上に群れたりしないし、統率を取ることもない。組織的な動きで得られるメリットを夜兎の戦闘力が凌駕していた、つまり必要としないからだ。私なんてどちらかといえばあの中でいえば組織的な動きは得意な方だったくらいだ。
『だって一人で全部殺せばいいじゃないか』
 団長…元気かな──絶対元気だろうな…。
「襲撃、ないですね」
 舗装されていない道を行きながら密林の中を進む。時折天井にぶつかりそうなほど車が浮き上がるが、誰ひとり声もあげない。慣れっこなのだろう。
「あら、あったほうが良かった?」
「いや、そういう訳ではないんですけど」
 隣で口布を纏ったチェキータさんが目元だけで笑う。
「基本的に手を出した方が厄介だからな」
 助手席のキャスパーさんが振り向いた。
「HCLIに手を出せば、報復があると?」
「あぁ、ここで我々の部隊がやられてフロイドさんが動くかどうかは別にして、バックの存在はデカい」
「手を出すようなのは基本的に頭の回らない三流のすることだ」
「なるほど」
 大いに納得できる話である。ボタンを押して吹き飛んだボスを思い出す。
 閉じたまぶたの裏でひとつ、黒い野犬が吠えた。

 
「よし、止まれ」
 キャスパーさんの一言で車が止まる。今回は我々が乗っている先導車に一部の荷物、後ろに続くもう一台に荷物のメインが積載されている。
 前方に武装した一団が周囲を警戒しながら近づいてくる。あれが今回の取引相手なのだろう。黒を基調にした迷彩と独特な飾りのついた臙脂色の帽子。軍章のモチーフは太陽、だろうか。
 エドガーさんが先に降りて、ひとつふたつ言葉を交わして戻ってきた。
「この先から拠点まで彼らが先導するようです」
「オーケー、ついていきましょう」
 キャスパーさんは手で合図すると、迷彩の車が前後に着いた。
「いつもこんな感じなんですか?」
「そうねぇ、戦局が激しいとこではたまにあるわね。拠点に着く前に敵に襲われるなんてこともあるから」
 敵に塩を送ってるようなもんでしょ?チェキータさんは前を見たままそう言った。
「襲われて武器取られたことあるんですか?」
「ありますよ、長年やってますからね」
 キャスパーさんはやけに楽しそうに答えた。
「へぇ…」
「まぁ、タダで帰るような真似はしませんが」
「なるほど」
 何をしたんだろう。考えるだに恐ろしい。
 これだけ手練れが揃っていて、そういう事態もあるのだ。この世界にも強いのがいるんだなぁ。武器はやはり銃なのだろうか。一体何人で?武器は?誘い込んだ?場所は山岳地帯?平原?
「戦いたいか?」
 ミラー越しにキャスパーさんと視線がぶつかった。
 がたん。と車が浮いた。頭を打ちつける。
「いたっ」
「そういう顔をしていたぞ」
 改めて助手席を見た。キャスパーさんの襟足が車の振動で揺れる。
 慌ててぺたぺた顔を触る。そんな顔、していただろうか。
「ハハハ、さすが戦闘民族だ」