「それでは改めて君について教えてくれ。前とは違う。あまりぼかしながらでは困るぞ」
入隊して二日ほど経った頃、そんな風に切り出された。
あの後は引きずられるままヘリに乗り込んで近くのHCLIの保有する滑走路まで飛び、その後は飛行機で本国まで行き…と怒涛のスケジュールでほぼ寝ていた。
寝ている間になんやかんや戸籍やらの登録っぽいものが済んでいた。
いまは本社の研究施設?のようなところにいる。山の中だがポツンといきなり正方形の真っ白い箱が現れて、中に入れば山の中とは思えない建築が待っていた。ガラスの天井から光が差し込む現代的なつくりだ。
中央にある机を囲うように椅子が並べられた会議室で、椅子を引いて立ち上がる。
「ええと、ユキと申します。よろしくお願いします」
「ああらよろしく」「よろしくねユキ」「よろしくー」
ぺこりと頭を下げれば、様々な反応が降ってくる。
「はい…あ、戦闘民族の夜兎という部族の出身です。生き残りというかたぶん夜兎は私しかいません」
「一族全員その強さだったのか?」
座りながら、エドガーさんの言葉に頷く。
「私はどちらかと言えば下っ端でした。強さこそ全ての社会だったので統率力や頭脳より兎に角強いものが長になります」
「ユキでそのレベルか。ますます恐ろしいな」
キャスパーさんは面白いと言い放つ、そりゃあ彼からしたら面白い武器に見えるのだろう。
「夜兎は漢字で書くと夜の兎。兎のように戦地を跳び回るという意味ですが、太陽が苦手で夜の活動が多いから夜兎と呼ばれました」
みんなが黙って、私の言葉を待っている。一人を除いて。
「それで笠をしていたのか」
「ええ、でもある程度の日光なら問題なく過ごせます。なぜかと言われても説明はできないんですけど…ただ強くはないので長時間肌を晒したら火傷みたいになったりはします。熱中症とか、かかりやすいかと」
この世界に来てから日光にはある程度免疫ができた。そういう仕様になったというか、世界の方から調整してきたのか。そこの事情は私にはわからない。
「なるほど。覚えておこう」
「まぁでも、砂漠地帯とかでもない限りは気にしなくて大丈夫です」
キャスパーさんは顎に手を当てて考え込む仕草をした。これは一応弱みの露見になってしまうので避けてきた話題だ。この世界に来て初めて人にこの話をした。
「弱点はもうないのか」
「ええ…弱点ですか…」
正直に言えば言いたくないが仲間になる人たちである。しかし弱点と改めて聞かれると困ってしまう。
「毒物ですが──」
「毒物?」
「象が受けると卒倒するという矢を3発喰らっただけで、30分と経たず気絶してしまったこともあるので毒物には弱い方ですかね…」
「…」
「ユキちゃん…」
「…え?」
「それ弱いって言わないのよ。毒物耐性ありよ」
「え、そうですか…そうか…」
「ユキは恐らく世界一強いが常識はないな」
キャスパーさんに屈託なく言われた言葉が胸に刺さる。夜兎の中では常識人としてふるまっていたのに。
「う、はい…いろいろ教えてください…」
「ユキちゃんっててそれだけ強いのに、そういうところは謙虚よね。かわいいけど」
チェキータさんが肘をつきながら笑いかけた。きらりと黒曜の瞳が輝く。
「じゃあ毒味とかやります。鼻と耳はいいので臭いでもある程度わかると思いますし」
「まるで犬だ!」
「せめて兎って言って下さい…」
「さて、それでは次は我々についてだ」
キャスパーさんが長い足を組み直す。空気が変わる。そうだった、上に立つ人というのはこういうところがある。
「俺はHCLIの兵器運搬アジア地域担当として主にアジア周辺を飛び回っている訳だが……」
私が頷いたのを確認すると彼はコンコンと目の前のノートパソコンを指で叩いた。
「HCLI──H&C Logistics Incorporated.」
ノートパソコンの背にはその通りに印字されたステッカーが貼ってある。
「その名の通り物流、運搬を担う会社だ。取り扱うものはミサイル、マシンガン、ライフル、ハンドガン……まぁエトセトラエトセトラ。武器と名のつくものは大体ある」
「キャスパーさんのお父さんが創ったんですよね」
「あぁ、フロイド・ヘクマティアル。海運の巨人と呼ばれる男だ。まごうことなき傑物だよ」
ふとチェキータさんの肩が少し揺れた。
「チェキータさんはもともとフロイドさんの護衛をしていてね、いまは僕専属でついてもらってる」
「じゃあキャスパーさんが小さい頃から知ってるんですね」
「そうよ〜。昔はあーんなに可愛かったのにこんなになっちゃって」
チェキータさんははその頃のことを思い出したのか机の高さくらいに手を差し出した。その背丈の頃から知っているということなのだろう。
「キャスパーさんはお父さまのことをフロイドさんと呼ばれるのですね」
「ん、あぁ、まぁね。別に深い意図はないさ。妹なんかは父が苦手で名前どころか近寄ろうともしない」
「妹さん…」
「あぁ、ココ・ヘクマティアル──アフリカ、ヨーロッパの兵器運搬担当だよ。やり手だ」
どんな人だろうか。キャスパーさんに似ていたら相当美しい女性だろうなと想像してみる。
「ココと俺はかなり似てるよ。昔はよく双子に間違えられたくらいだからな」
キャスパーさんはそのうち会うこともあるだろうと言って話を締めた。
「さて、続きは歩きながら話そう。ついて来い」
キャスパーさんとチェキータさんの後ろ、エドガーさんアランさんの前で挟まれるように移動する。
(自社の施設内なのにチェキータさんもエドガーさんも武装解除しないんだな)
それだけいつでも危険のある立場なのだろう。この様子を見ると一週間前までの私の護衛活動はもはや護衛とすら呼んではいけない気がしてくる。
施設の廊下はたまに白衣やスーツ姿の人が通りかかるくらいで人は多くない。そして通りかかる人はもれなく全員キャスパーさんに頭を下げる。
「…キャスパーさん本当に御曹司なんですね」
「まぁな!しかし、僕にはそこまで大した権力はない。頭を下げてる連中は僕じゃなくてフロイドさんに頭を下げてるんだよ」
そう言ったキャスパーさんの目はどこか遠くを見ているようで、フロイド・ヘクマティアルの恐ろしさを感じ取ってしまった。
施設の外に出て、敷地内移動用の車に乗って着いたのは採掘場のような見晴らしの良い空き地だ。かなり大きい。
「ここは武器開発の実験用の施設でね。採石場の跡地を使ってる。ここから大体目視できる──」
キャスパーさんが言葉を詰まらせた。なんだろうか。隣にいるキャスパーさんを見上げると、視線がぶつかる。
「ユキ、君視力も人並みはずれてるのか?」
「動体視力はいいと思うんですが、視力はそれほど」
「あそこの白と赤で囲まれた的のような看板は見えるか?」
「そうですね、目を凝らせばなんとか」
「ふむ」
私の言葉に勝手に納得してそのまま話を進めるキャスパーさん。こういうことがちょこちょこある。自分の中で納得できれば後はどうでもいいのだろう。
「なんですかこれ?」
「28mmキャノンだ。補充はオートで、飛距離は一キロってとこだ」
「おっきいですね…」
私の背丈をゆうに超えて、砲身は2メートル以上。補充している砲弾はそれ一つで10キロはありそうだった。研究員らしきひとが砲弾を抱えながら作業している。
「これを撃ってもらう」
「…本気で?」
「無論だ」
艶のない無骨な武器、グレーがかったカーキ色をしている。革のベルトが付いていて伸縮自在のようだ、調節器具がついている。
「もちろんこんなもの人間が持って撃つことは計算していないからな、急遽このベルトはつけた」
指をベルトの下に滑り込ませて持ち上げる。重い、けど持てないことはない。片方の手を砲身の下で支えるように持って身体を入れる。
「これ何キロあるんですか」
肩にかかる重みもそれなりだ。
キャスパーさんが振り返る。唖然とする研究員の男性が慌てて、ファイルを開く。
「え、ええと──砲身単体で一八三㌕。ベルト給弾式で、その部分も合わせると…総重量は、二二五㌕になります」
「どうだ?」
「まぁ、重みはありますけどもう一つ…両脇に抱えるくらいならいけます」
「そうか。撃てるか?」
「ここまでさせて撃たせない気があったのが驚きです」
正直自分もここまでされたら撃ちたい気持ちが勝つ。
「それじゃあ行こうか」
キャスパーさんたちが下がったのを確認してキャノンをひと撫でする。春雨時代も武器は使っていたが機動力を活かして軽量化されたものが多かったし、肉体でカバーできた。武器に愛着やこだわりのある夜兎は多くない。
どくどくと高鳴る心臓を収めるように一つ息を吐いて、構える。硬いトリガーを確認する。
「いいですかー?」
「いいぞ!」
トリガーのかかりが入った瞬間に襲う爆発音と衝撃。
(あっ……ぶな──肩、はずれたかと思った)
シューと風を切る音と煙を出しながら蛇行する弾は少しずつ落ちていく。
森に落ちて見えなくなって──爆音。土煙が流れたころには生い茂っていた緑は丸く削り取られていた。
ゆっくり振り返ると多くの人が口を開けている中、キャスパーさんだけ何か耐えるように口をつくんでいる。
「キャスパ」
「ハハハハハハッ! 見たか今の!砲台や固定台もなしに人間がアレを撃ったぞ。おかしい、おかしい!」
すごい笑っている。めちゃめちゃ笑っている。子供のごとき喜び方だ。
(この人武器売るのが好きって言ってたけど武器が好きなんだろうな)
とうとう手を叩き出した男を遠く眺める。
「ユキ、あのキャノンが人間に使えることの意味が分かるか?」
「…持ち運びができるってことですか?」
「そうだ。砲台も必要なく、人員も必要ない。自由に移動し、即時発射ができる。そんなもの戦場にあれば戦況が一変するぞ」
「なるほど」
「まぁでも君は基本的には僕のそばで護衛と荷運びがメインだな」
「まぁなんでもいいですよ…貴方が好きに使って下さい」
〈──やぁココ。儲かってるかい〉
〈んーぼちぼち。兄さんは?〉
〈まぁ上々だ。中東の辺り新しいイザコザが勃発しててなかなか稼げそうだ〉
〈それは良かった。ちょっと頼みたいことがあってさ〉
〈いいだろう、聞こうじゃないか〉
〈いまメール送ったよ。この辺りのツテ兄さんならありそうかなって〉
〈…オーケー。いくつかリストアップして今日中に送ろう〉
〈ありがとう〉
〈気にするな、こういうのは助け合いだからな〉
〈…うん。ところで兄さんなんか機嫌良くない?〉
〈分かるか?面白い拾い物をしたんだよ。そのうち会うことになるだろうから楽しみにしておくといい〉
〈オーケー。それじゃ〉
〈あぁ〉
「んあ?どうしたココその疑いの顔は…誰と…キャスパーか」
「めちゃめちゃ機嫌よかった。おかしいくらい。拾い物って言ってたけどぜっっっったいにロクなものじゃない…」