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「安室さんこんにちは、今日も格好いいですね!」

喫茶店のドアを開け、いらっしゃいませの声に被せるように言った言葉にカウンターの中で洗い物をしていた美青年は苦笑した。

「こんにちはみょうじさん、今日も相変わらずですね」

どこか呆れたような響きを含んだその言葉に、私は少しだけくすぐったく思い小さく笑った。
異世界融合型トリップを果たした私がふと思い立ってこのお店に通うようになってからはや二週間。

軽い気持ちで訪れたポアロで見かけた色素の薄い髪と褐色の肌を持った長身美青年、安室透の姿を見て思わず場所も忘れて「本当にイケメンだ!!」と言い放ったのは今でもいい思い出だ。
幸いにしてその時間にお客さんが少なかったことと、言われ慣れているのか私の言葉に少しだけ目を丸くさせた安室さんがほんのり照れくさそうに笑いながら
「そんなことないですよ」
と謙遜しながらも流れるように私を席へと案内してくれたことが救いだった。
嫌な顔をされなくて本当によかった。
あの安室透に嫌そうな顔で蔑まれるように見られたら、と思うと……。
……それはそれでアリだな。

「今日は何にします?またいつものですか?」

顔には出していないはずなのに、不穏な気配を察知したのか安室さんは私の目の前にさっさとお冷を置いて話しかけてくる。

「そうですね、今日もハムサンドとミルクティーで!」
「かしこまりました。
……しかし本当に好きですね」
「ははは、安室さんのレシピだと聞いて!」
「はいはい、ありがとうございます。
でもそれならミルクティーよりもコーヒーの方が淹れるのは得意ですよ?」
「残念紅茶派なんです」
「本音は?」
「ちょっとコーヒー飲めません」

テンポよく尋ねられてあっさりと本音を返してしまう。
悪戯っぽく笑いながら言われて嘘がつける人間がいるだろうか。
いや、いるだろうけど私は無理だ。
だって紙面でもテレビ越しでもなく間近に見た安室透である。
二次元が三次元に飛び出したらどうなる?こうなる。
勿論私の目に色んなフィルターがかかっているんだろうとは思うけれど、それを差し引いても安室さんは格好良かった。
輝かんばかりの笑顔はどう見ても29歳には見えない。
29歳喫茶店アルバイターというパワーワードも気にならないくらいに麗しい。
私はカウンター席の端っこで、喫茶店特有のBGMに耳を傾けながら背もたれに背中を預けてのんびりと注文の品が届くのを待つ。
大抵お客さんが少ない時間帯を狙ってお店を訪れるせいか、他のお客さんはテーブル席で一人二人いる程度でこうしてわざわざカウンターに座っているのは私くらいだ。
そのことになんとなく気を良くした私は、お冷で喉を潤わせながらテキパキと仕事をする安室さんを眺める。
見ていて気持ちが良いくらいに手際がいい安室さんはいったいどこでこういう仕事をマスターしたのだろうか。
本職は公安だったよね……?
色々な経験をつんでいるのか、それとも天性の才能というやつなのだろうか。
ああ、しかし動く度にわずかに揺れるさらさらの髪はなんだか良い匂いがしてきそうだし腕まくりをした袖からのぞくほどよく筋肉のついた腕が凄くセクシーだ。
少し童顔気味である安室さんが実はかなり筋肉質である、というギャップが素晴らしい。
事件に巻き込まれるかもしれないなんて悩んだこともあったけど、やっぱりここまで見に来て正解だった。
安室さんがいなかったとしても梓さんがいるし、最近お客さんが少ない時はお喋りしてくれるようになった梓さんとあれこれ話すのも楽しい。
喫茶店のメニューはきっとどれも美味しく外れはないのだろう。
今のところ毎日ハムサンドとミルクティーしか頼んでないけれど。

「……そんなに見つめられると穴があきそうですね」

あからさまな私の視線を意図してスルーしていた安室さんがため息をつきながら言う。
その言葉に視線を安室さんの顔に戻せば、まっすぐな視線とかち合った。

「それは困りますね。
ええ、とても困ります」
「わかったら大人しく待っていてください。
もうすぐできますから」
「……安室さんって」
「なんですか?」
「はじめのころと比べて私への対応が気安くなったというか、雑になりましたよね?」
「それは失礼致しました」

全然失礼だとは思っていない笑顔で小さく頭を下げて見せる安室さんを見て、私は気が抜けたような笑顔を浮かべた。
私の様子を怪訝そうに見返す安室さんに更にこみ上げてくる笑いをどうにか押し込めながら、視線だけで私の反応についての説明を求められたので私は促されるままに口を開いた。

「いやぁ、下手に他人行儀にされるよりは雑に対応された方が嬉しいなって。
まあ別に安室さんであればどういう対応されても格好いいだけですけどね」

そしてどんな安室さんでもおいしく頂けます。
安室さんでもバーボンでも降谷さんでも!
にこにことした笑顔の下で、安室さんが知れば確実に路地裏辺りに連れ込まれて尋問されそうなことを考える。
一応それなりに原作知識はあるものの、私はそれをどうこうする気はない。
ただほんの少し日常の中にある非日常を味わいたいだけなのだ。
ずっと変わり映えのしない毎日を過ごしてきた私にとって、日常と非日常の境目にいるこの人はいつでもきらきらとして眩しい存在だ。
二週間も通っているにも関わらず、不思議とエンカウントしない小さくなった名探偵に会えばやはり同じことを思うのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていた私は、ふと無言でいる安室さんに気づいて声をかける。

「安室さん?どうしました?」

何故か苦々し気な表情で私を見下ろす安室さんにそう問いかければ、何かを言おうとしていたはずなのに言葉の代わりにため息をつく。
こいつ何言ってんだ、といったところだろうか。
じっと反応を待つ私に安室さんは気をとりなおしたように笑顔を浮かべて私の前にハムサンドとミルクティーを置いた。

「お待たせ致しました。ハムサンドとミルクティーです」

綺麗に切り分けられたハムサンドは、パンがふっくらとしていて挟まれたレタスも瑞々しい。
湯気をたてるミルクティーも茶葉とミルクの良い匂いが漂ってきて私は口元を緩ませながらカップを手に取った。

「ありがとうございます、今日も美味しそうですね」

そう言いながら香りを楽しんだあと、視線で砂糖を探す。
いつもはミルクティーを出してくれるのと一緒に砂糖も用意してくれるのに今日は何故か見当たらない。
珍しい、安室さんでもミスはするのか。

「砂糖は少し甘めに二つ、でしたよね?」

目を瞬かせる私を見て、安室さんは悪戯が成功した子供のような顔で「毎日来てくれるので覚えてしまいました」と笑った。
不思議に思いながらもお礼を言って、ミルクティーに口をつけた私は一口飲んでそこで一瞬固まる。

「……安室さん、これお砂糖入ってない……」
「代わりに入れた、と言った覚えはありませんが?」
「ううう……安室さんに意地悪されるとかご褒美か何かです……?」

何言ってるんですか、と言いながら砂糖を二つミルクティーのカップの中に入れてくれた安室さんにお礼を言いながらスプーンで砂糖を溶かす作業にかかる。
安室透はツンデレだった……?
と心の中で新たなる可能性に目覚めながら、恐る恐る再び口をつけたミルクティー。
今度は私の想像通りの甘さが口の中で広がってほっと安堵する。
別に砂糖なしでも飲めないわけじゃないけれど、ポアロのミルクティーは甘い方が美味しいと個人的に思っているのだ。

ほっとした表情でミルクティーを飲む私を見て安室さんがぽつりと「……さっきのお返しですよ」と呟いたけれど残念ながら私の耳には入らなかった。

「何か言いました?」
「いいえ、何も。
今日こそ頑張って完食してくださいよ」
「そう言ってテイクアウトさせてくれるって信じてます」
「頑張って下さいね?」
「……善処します」