君の影を探したあの日

数週間後、宣言通り彼女のお店へと足を運んだ。でも、その場に彼女の姿はなかった。……今日、休みだったかな。その辺聞かなかったな。そんな風に後悔してると不意に後ろから「岩本さん?」と声を掛けられた。
振り向けば探し人がそこにいた。

「いらっしゃいませ」
岩本「あ、こんにちは」
「こんにちは。本当に来てくれたんですね」
岩本「まあね。行くって言ったし」
「あ、でも私もう上がっちゃってて……」

そう申し訳なさそうに呟く彼女に「全然大丈夫」と返した。大体俺が店に来た時間も遅かったしね、そこは仕方ない。また後日改めることにした。

岩本「せっかく会えたし、もし良かったらちょっと出掛けない?」
「えっ、いいんですか……?」
岩本「いいよ。チョコのお礼」

彼女をバイクに乗せて適当に走る。目的地はなんとなく海の方。ちょっと都会から離れただけで一気に喧騒が静寂へと変わり、良い意味で都会っぽくない空気に包まれるこの感覚を彼女と味わいたいって思ったから。
特に話をするわけでもないけど、ぎゅっと俺の腰に捕まってる腕をやけに意識しちゃって照れくさかった。

「……わ、海だ」
岩本「なんかついここ来ちゃったけど大丈夫だった?」
「はい。夜の海ってなかなか見る機会ないんで。……不思議ですね。吸い込まれそうな感じ」

俺の方を見てふにゃりと微笑む彼女が可愛くて、もっといろんな表情を見てみたいとささやかな欲望が胸に込み上げた。

「実は、バイクに乗るのも初めてでした」
岩本「え、そうなの?」
「はい。バイクに乗ってる人なら見たことあったんですけど、ずっと怖くて」
岩本「え、まじでごめん。今日も怖かったでしょ?」
「今日は全然! 岩本さんなら、その……守ってくれるかなって、烏滸がましいですけど、思っちゃって……」
岩本「何それ。まあもちろん守るけど、怖かったら言ってくれていいよ?」
「はい」

ふふ、と笑いながら言葉を交わす。仲良くなりたいからと敬語を使うのをやめてもらって、呼び方も岩本さんから照くんに変えてもらった。

岩本「よし、じゃあそろそろ帰ろっか」
「あ、はい!」
岩本「あ、敬語」
「あ……! う、うん! ふふ、慣れないですね」
岩本「慣れてってください」

他愛もない会話をしながら彼女の家まで送り届ける。この時間が永遠になればと願ったけど、生憎そう上手くはいかない。風を切るバイクはあっという間に目的地まで辿り着いてしまった。

「ここで大丈夫。ありがとうございます」
岩本「ううん、こちらこそ。今度はちゃんと仕事してるとこ見に行くから」
「ふふっ、待ってる、ね?」

たどたどしいタメ語に思わず笑ってしまう。つられて笑う彼女は困ったように眉を下げていて、それがなんだか凄く可愛く見えた。

岩本「またどっか遊びに行かない?」
「え? うーん……」
岩本「嫌?」
「嫌ではない……けど……」
岩本「けど?」

黙りこくる彼女。何言いたいんだろって首を傾げれば「……万が一何かがあったときに、私では照くんを守れないから」と呟いた。

岩本「どういう意味?」
「週刊誌とか、勝手なこと書いたり騒いだりするメディアに見つかったら、一般人の私にはそれを差し止める権力なんてないよ、って意味」
岩本「ああ、そういうこと」

たしかに、今の俺はアイドルとしては軽率な行動を取ってるのかもしれない。それでも、そんな理由で彼女を諦めるなんてことはしたくないって思った。

岩本「ちゃんと俺のこと気にかけてくれてありがとう」
「ううん、前にそれで、お兄ちゃんに迷惑かけちゃったから……」
岩本「え?」

聞けば、何年か前にSNSで北斗と写真を撮られたらしい。なんてことない兄妹の買い物風景を面白おかしく改ざんして、一般女性とデートだの、同棲目前だの。結局、北斗自身の口から彼女が妹であることを話してこの件は終息したけど、それでも彼女の中には嫌な思い出として根強く残っている。
そんな彼女を無理に誘うことも出来ず、かと言ってこのまま引き下がることも出来ない。考え抜いた末に俺は「分かった」と頷いた。

岩本「その代わり、店に遊びに行くのは許してね」
「はい、それはもちろん」
岩本「ん、ありがと。今はまだそれでいいや。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」

そう言って彼女がマンションに入っていくのを見届けてからバイクを走らせる。わりと遅い時間なのに頭の中を整理したくてあてもなくドライブに出かけた。さっきまで俺の服を掴んでいた温もりが今は存在しないことに小さな寂しさを覚えながら。