「お邪魔しまーす」
渡辺「おう」
2人で会うのって初めてか。あ、1回無印で会ったっけか。まあ、なんか普段からLINEしてるからか、向こうはあんまり意識してないみたいで「翔太くんち綺麗だね」なんて余裕さを見せていた。俺、わりと内心ドキドキなんだけど。
「翔太くんから貰った化粧品凄く良いね。化粧ノリ良くなったし肌もちもちになったんだよ」
渡辺「まじ?」
「ほんと! 触る?」
渡辺「おう。うわ! すご!」
「翔太くんのおかげです」
ふふんとドヤ顔する名前の頬をむにーっと伸ばしてみれば「いひゃい」と涙目で睨まれた。んで、こいつ、俺の頬掴んでやり返してくんの。なんかムキになってどっちかが離すまでお互い頬を掴んだまんまで、なんか面白くなって顔見合せて笑って離した。
「絶対ほっぺ赤くなった」
渡辺「うはは! いいじゃん」
「せっかくのもち肌が……」
どうでもいい話しながら飯食って酒飲んで「泊まってけば」って勢いで呟いた。もう終電ないし、明日休みなんだろ。
「いいの……?」
渡辺「もう終電ないじゃん」
「ん……、車、呼ぼうかと思ってた」
渡辺「樹?」
「うん……」
渡辺「呼ばなくていいよ。あれなら明日俺が送ってく」
「ん、分かった。まだ飲み足りないし」
ふにゃと笑って彼女は呟いた。「ちょっとコンビニだけ行きたい」って言って、外へ出た彼女を見送って、玄関でしゃがみこむ。変じゃなかったよな。てかこんな誘い方どうなんだと思わないことも無い。先輩の曲を思い出すような展開に思わず苦笑した。
「ただいまー」
渡辺「おう」
「コンビニスイーツって魔物だよね」
渡辺「うはは! 何個買ってんだよ!」
「翔太くんも食べていいよ」
渡辺「え? まじ? ありがと。あ、風呂、勝手に使っていいから」
「あ、じゃあ借りる。服も貸してほしい……!」
渡辺「ん」
でかめのTシャツとズボン渡して風呂場へ案内した。なんか落ち着かない。変にドキドキして、それを誤魔化すように酒を煽った。暫くして「翔太くん、化粧品貸してー」と声が掛かる。
渡辺「お前、ズボンは?」
「歩く度にずり落ちるからいいかなって」
渡辺「……あそ」
目のやり場に困るとは思わないのかね。思わねえか。その辺の危機感あんま高く見えないし。なんか変に抜けてんだよな、こいつ。酒飲んだらゆるっゆるで、樹が過保護になんのもなんか分からなくもない気がする。
渡辺「ここ座って」
「はーい」
普段俺がしてるみたいに念入りにスキンケアをする。「翔太くん、毎日これだけやってるの?」とか「あ、これめっちゃいい」とか、適当に話すこいつに適当な相槌を打って返す。
「すごい……! もちもち、ぷるぷる……!」
渡辺「だろ?」
「ありがと、翔太くん」
あどけない笑顔に不覚にもきゅんとして、逃げ込むように「風呂入ってくる」と言い残してその場を去った。
うるさいくらいの胸の高鳴りをシャワーでかき消そうとしたけど、消えなくて、頭の奥に名前の顔が浮かび続けた。
渡辺「あっつ……」
「ん、おかえりー」
渡辺「お、おう」
今度は自分のスキンケア。真横でじっと彼女が見てるって状況がなんか不思議で「そんな見んなよ」と言えば「え、いいじゃん」と笑われた。
「翔太くんの髪の毛乾かしていい?」
渡辺「え?」
「スキンケア、してもらったからそのお礼」
渡辺「ん……。じゃ、お願い」
ドライヤーを渡すと嬉々として俺の後ろに陣取る彼女。髪の毛に触れられるとなんだか少しぞくりとした。うわ、なんかやばい。ドキドキする。ガキみたいな、初心な気持ちが腹ん中で渦巻いて、正直苦しい。
「翔太くん髪の毛サラサラだね」
渡辺「ふは、くすぐったい」
「あとなんかいい匂いする」
渡辺「シャンプーじゃねえの」
「んー、でもシャンプーなら私も同じ匂いしそうじゃない?」
さらりと呟かれた言葉にぎゅんと胸を掴まれる。なんなのこいつ、ほんと。スキンケアも終わったから、彼女の隣に腰掛ける。「名前だっていい匂いすんじゃん」って返すと「恥ずいよ」って笑われた。
「翔太くん普段香水何使ってるの?」
渡辺「GIVENCHY」
「へぇ、おしゃれさんだ」
言葉が途切れる。すんと彼女の鼻がなって、俺も彼女の匂いに集中して。ソファに置いた手が、どちらともなく触れた。
刹那の沈黙。俺も、こいつも、何も話さなくて、ただじっと見つめ合って時が止まる。小さな息遣いが室内に響いた。ふと、頭の隅で、ああ、俺こいつのこと、好きだなって。気付いた時にはもう遅くて。頭より先に身体が動いた。重なった唇は拒まれることなく受け入れられた。