道化にハンカチーフ


「好きな人が出来た。だから、康二とはもうやっていけない」

ある日、彼女はそれだけ言うて姿をくらませた。残ったのは、2人で暮らすはずやった俺名義の1LDKの部屋だけ。独りで住むには広すぎる。でも、一緒に住んでくれるような人もおらん。そんな人を探す元気すら、傷心中の俺にはあるわけもなくて溜息を漏らす日々を続けていた。

「何、しけた面してんだよ!」
「なあ、やっぱ俺……」

こんなタイミングで同窓会なんて……って思ったけど幹事が「どーしても!」って言うから少しだけ顔を出した。

「おーいみんなー! 向井、ルームシェア相手募集してまーす!」
「えっ」
「いいだろ。いなくなったやつの事なんか忘れて、新しい出会いの場にでもしてくれよ」

ばんばんと俺の背中を叩いてそいつは俺を放って別のグループの方へ行った。俺の周りには何人か集まってきて「振られたんか?」とか「俺と同棲せん?」とか勝手なこと、あれこれ言うてきた。……ほとんどが俺の不幸話を聞きたがってる野次馬みたいなもんで困ったように愛想笑いをしてたらすぐに散っていったけど。唯一、親友だけが俺のそばにいて「大丈夫か?」と声をかけてくれた。

「大丈夫なわけないやん」

ぐいと酒を煽り、過去を振り返れば目尻にうっすらと涙が滲む。悪い酒の飲み方しとるのは分かっとんのやけど、誰かに聞いてほしい気持ちもあったんかもしれん。半べそかきながらそいつにだけ全部話して一次会で皆と別れた。あの暗い部屋でひとりっきりの生活するんか。……考えただけで涙出そう。
とぼとぼと歩き出してすぐ、誰かにぐいと服の裾を掴まれた。振り返ればそこには俺より背の低い女の子が立っていた。

「あ、ごめん。声掛けたんだけど」
「衣都ちゃん……?」
「久しぶり、ってさっきまでいたんだけどね、同窓会」
「え、あ、そうやったん」
「うん。それで、その康二くんの話聞こえて……」

なんや、この子も野次馬なんか。
初恋の子だっただけになんかショックやな。

「なんやの、俺の事笑いにきたん?」

つい、そんな悪態をついてしまった。でも彼女は少し驚いた顔をして、首を左右に振った。

「そうじゃなくてね……、あの……、私も、なんだよね」

悲しそうに笑う彼女に「へ?」と間の抜けた声を投げる。

「私も、この間同棲解消されたばっかりなの」
「え!?」
「あはは……、それでその……、私も、康二くんのルームシェア相手に、立候補してもいいかな?」

服の裾を掴む彼女の手に力が篭もる。そんなんされたら男なんか単純やから、ころっといってしまうやん。こくりと小さく頷いて「ええよ、うち来る?」っていとも簡単に彼女を誘ってもうた。酔っ払った末の勢いって怖いわ。
タクシーに乗りこんでおっちゃんに行き先を言うたら、一気に睡魔が襲ってきた。かくん、かくんと船をこげば、彼女の手がそっと俺の頭に触れた。

「寝てていいよ。着いたら起こすから」
「……ん、おおきに」

素直に肩を借りて目を瞑る。あっという間に睡魔に呑まれて意識を手放した。次に目を覚ましたのは、彼女がとんとんと遠慮がちに肩を叩いてくれた時やった。

「康二くん、お家着いたよ」
「ん? あぁ、ほんまぁ」

くぁ、と小さく欠伸をしてタクシーから降りる。お会計はと聞けば彼女がもう払っていてくれた。

「あとで請求しといて」
「ううん、大丈夫。気にしないで」
「気にするやろ」
「本当に大丈夫だから」

そう言って彼女は頑なにタクシー代を教えてはくれんかった。代わりと言ってはなんやけど、家ん中の物は好きに使ってと伝え、俺はソファに身体を預けて再度眠りについた。






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