同じ部屋にふたつの匂い


頭の奥がぼんやりした。身体の節々が痛い。ソファなんかで寝るからや、この酔っ払い。くーっと伸びをすると頭が曇り空くらいどんよりと重たいことに気ぃついた。ああ、昨日飲みすぎたんかも。水、水取ってこよ。
そう思い立ち上がって数歩で、ぐにゅと何かを踏みつけた。見ればそこには衣都ちゃんが横たわっていて、慌てて近付けば、当の本人はすやすやと寝息を立てて眠っとった。

「なんでこんなとこに衣都ちゃんがおんの……?」

数秒、記憶を遡る。少しずつ昨日のやりとりを思い出して、あわあわと唇を震わせた。と、とりあえず床に寝かせるんは忍びないから……。そう思い彼女を抱き上げて自室のベッドへと連れていく。幸いにも彼女は眠りが深いらしく、俺がベッドに運ぶまでの間もシーツに下ろした時ですら気付かずに眠り続けていた。

「……寝顔、昔と全然変わってへん」

学生の頃も、教室でうたた寝をしている彼女の顔を見たことがあった。長い睫毛と薄く開いた無防備な唇。その唇に触れたいと何度も願ってたっけ。あの頃も今も目の前で手をこまねくしか出来てないけど。

「んん……」
「あ、え、っと衣都ちゃん?」
「……ん、康二くん。おはよう……」

小さく欠伸をして彼女はくーっと伸びをした。しばらくして頭がはっきりしてきたのか彼女は「え、なんで私ベッドにいるの!?」と辺りを見渡した。

「ごめん! もしかして私勝手にベッド占領しちゃった?」
「あ、床で寝てたからこっち運んだんよ」
「え、わざわざごめんね……! ありがとう」

ぺこぺこと頭を下げて、彼女は朝の身支度を始めた。少ししてソファに座る俺の近くに来て「朝からうるさくしてごめんね」と呟いた。

「ええよええよ。気にせんで」
「それと、昨日の話……、覚えてる?」

俺の背筋がしゃんと伸びた。首を縦に振ると彼女は「迷惑じゃない……?」と心配そうに尋ねた。

「迷惑なんて! そんなん、思っとったら、ここまで連れてきたりせんよ」
「本当?」
「ほんと! 改めて、俺とルームシェア、してください」

ばっと手を出して頭を下げる。彼女はふにゃりと笑って「お願いします」と俺の手を取ってくれた。
それからふたりでルームシェアをする上でのルールを決めた。俺は大学生で、衣都ちゃんは近くの会社で働いてるらしい。生活リズムもちょっと変わってくるんかな。

「朝はここからだと8時には出る感じになるかな。帰ってくるのは早くて19時過ぎとかになると思う」
「俺もバイトなかったら18時には帰ってこれるはず。そういう日は一緒に飯食べたいんやけど、ええかな?」
「もちろん」
「あと、そうやな……。なんかある?」
「どっちかに恋人が出来たら、この関係は終わり」
「……それは、そうやな。ちなみになんやけどさ、そういう予定は?」
「今は全く。暫くはいいや。今回ので懲りちゃった」

困ったように笑う彼女に「俺も」と眉を下げる。

話し合いで決まったのは3つ。
1.時間が合えば一緒にご飯を食べる
2.人を呼ぶ時は絶対事前に相談する
3.どちらかに恋人が出来たらルームシェア解消

あとはお金のこととかその辺りも決めた。ベッドは1つしかないけどキングサイズやからということで2人で使うことにした。衣都ちゃんはどう思ってるか分からんけど、俺は心臓がバクバクした。だって、初恋の子って永遠やん? あの綺麗な顔、これから毎朝見れるかもしれんって考えたら、なんかその、疚しい気持ちはなくても緊張するやろ。

「お昼、何か食べる?」
「あ、いや、ええわ。夜だけにする」
「ん。冷蔵庫の中、見てもいい?」
「ええよー」
「後で買い出し行ってくるね」
「スーパーやったら俺も付き合うよ」
「大丈夫。昨日の今日で疲れてるでしょ。ゆっくりしてて」

そう言って彼女は静かに笑った。俺はソファに倒れ込んでそのまま眠りについた。目を覚ますと、肩まで毛布がかかっとった。それに、食欲をそそる良い匂いが室内に広がっとって、くぅと小さく腹の虫が鳴った。

「あ、おはよう。もうすぐご飯できるよ」
「おはようさん……。俺、そんな寝とった?」
「3時間くらいかな? 体痛くない?」
「んー……まあ」
「雑炊とか食べれそう?」
「え、衣都ちゃん作ってくれたん!?」
「うん」

キッチンに立つ彼女が女神様に見えた。いや、冗談やなくて。だってそうやろ? 独りやったら飯も自分のために自分で作らなあかんやん。寝て起きて今からってなると、ちょちょっと作っても数十分かかるし。玉子の雑炊が食卓に並び「食べれそうなら〜」って言葉と共に漬物やらちょっとしたおひたしやらが出てきたのを見て目を輝かせる。

「え、すご……」
「買ってきたものとかも多いけどね」
「いや、十分すぎるわ。いただきます……!」
「いただきます」

ふたりで食卓を囲む。ただそれだけやのに、なんかすっごく満たされた。ああ本当にこれから衣都ちゃんとルームシェアするんやなってそんな今更なことを考えながら、卒業してからの数年を埋めるように他愛もない話をした。






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