オリオンブルー

何かの鳴き声で私は目を覚ました。
緑の草の上でうつ伏せで倒れているようだけど岩の上で寝ていた時より寝心地がいい。服は濡れているが地面は濡れていないから誰かがここまで運んでくれたのかもしれない。寝返りをうって仰向けになってぼーっと空を見ていると、カミュが顔を覗き込んできた。

「大丈夫か?怪我とかないか?」
「…うん。大丈夫と思う」

ほら、と言って差し出してきた彼の手をじっと見つめてしまう。数秒そうしてるとカミュは痺れを切らしたように「手を貸すから立ち上がれ」と言ってきた。なるほど、そういう意味か。上半身を起こしてからカミュの手を取り立ち上がった。草の感触がなんだかくすぐったい。

「お前の靴も用意してやらないとな」
「草の上は全然痛くないから平気」
「草がどこまでも続いてるわけじゃないからな。そのうち砂利道になるかもしれないだろ」

そういうものなのか。私が足で草を撫でている内にカミュはまだ目覚めないイレブンを担ぎ、「日が暮れる前にこの森を抜けよう」と歩き始めた。私はそんなカミュの少し後ろをイレブンの荷物を持って歩いた。目に映るもの全てが物珍しくて、あれは何だこれは何だとカミュに聞きながら歩いた。カミュはそんな無知な私に嫌な顔せずに「あれはレッドベリー。食べれるがだいぶ辛いから食べるなよ」「それはかぜきりのはねだな。素材になるから拾っておいてもいいぜ」と名詞だけじゃなく用途まで教えてくれた。

「……カミュは物知りだね」
「アネットが知らなすぎるだけだ」

笑ってそういうカミュに確かにそうだなと納得していると、開けた場所に出て少し行ったところに建物があるのが見えた。カミュはその建物を見てこの辺りが何処の地域かわかったようだった。あれは教会らしいのでそこでイレブンが起きるまで休ませてもらうことにした。シスターはずぶ濡れで靴を履かない私と、こちらもずぶ濡れで意識の無いイレブンを抱えたカミュを見て快く部屋を貸してくれた。カミュはベッドにイレブンを寝かせて来ると言って奥の部屋に行ってしまった。残された私はぼーっと十字架を見つめて待つ事にした。

「3人で旅をしているのかしら?」
「……うん」
「男2人に女1人の旅なんて素敵ね」

シスターにそう言われたが何て答えれば良いのか分からなかったから、黙っていると奥からカミュがイレブンを置いて戻って来た。カミュが来てくれた事にホッとして「何話してたんだ?」と尋ねる彼にさっきのシスターの言葉をそのまま伝える。

「そんないいもんじゃないって。それよりシスター、ちょっくらキッチンを借りたいんだが…」
「ああ、もちろんいいよ。近くにキャンプも無かったでしょう?温かいご飯食べなさい」
「ありがとよ。ほら、アネットも来いよ」
「うん」

料理はした事無いけど、カミュが手際良く調理していったから私はほとんど見てるだけであっという間に料理が出来た。私、食材をカミュに渡す事しかしていない。調味料とか火加減とか、ただ魚やキノコを焼いて食べていた生活をしていた私には分からなかった。

「イレブンが起きた頃だろ。呼びに行って来るか」
「ねぇ、これはなに?」
「あー、これはシチューだ。肉や魚と野菜なんかを入れて煮込む料理だ。ま、今日は野菜しか入ってないが、内緒で味見するか?」
「味見、…する」

小皿に少し分けてくれたシチューを息を吹きかけて少し冷ましてから、ゆっくり口をつけた。とろみのついた温かいスープが口の中に入った瞬間、まるでほっぺたが落ちてしまうような感じがして慌てて手で押さえる。

「美味いか?」
「うまい!」
「ははっ、そうかよ。よかったな」

カミュは私の髪の毛を混ぜるように頭を撫でると、今度こそイレブンを起こしに行くぞと歩き出した。私はシチューが入った鍋を少し見つめてから、カミュの後を追いかけた。早くイレブンを起こしてカミュの作ったシチューを食べたい。





ふかふかのベッドで目が覚めた。デルカダールに行って地下牢に入れられてカミュと出会って脱獄してアネットと出会って崖から飛び降りて、どうしてふかふかのベッドにいるんだろう?もしかしなくてもカミュとアネットが運んでくれたのか。結構な高さから飛び降りたけど、大した怪我は無いみたいだし運が良かったな。

「お、起きてるな」
「おはよう、イレブン」
「カミュ、アネット」
「飯、食べれるか?シチュー出来てるぞ」

タイミングよく訪れた2人にも目立った外傷はないし、どこかを痛めてる素振りもしていない。これで2人が大怪我でもしていたら、勇者の奇跡を信じてくれた2人に顔向け出来ない所だった。

「うん、食べたい。お腹すいちゃった」

それから皆でカミュが作ったというシチューを食べて(これがものすごい美味しかった)、シスターにお礼を言ってから外に出てこれからの事を話する事になった。イシの村の事は気になるけど、今向かっても兵士と鉢合わせするだけだと言われては向かうワケにはいかない。でもこの教会に居続けるのも良い案とは言えなかった。そんな中、カミュが忘れ物を取りに行きたいと言った。デルカダール城下町の下層、貧民街と呼ばれるそこのゴミ捨て場に隠してあるという。脱獄を手助けしてくれ、気を失った僕をここまで運んでくれ、さらに食事まで用意してくれた彼の頼みを我が身可愛さで断るのは流石に出来なかった。

「それじゃ改めて、よろしくな相棒!」
「うん、こちらこそよろしくね」
「アネットも一緒に行くだろ?」
「いいの?」
「もちろん。一緒に行こう」

洞窟でのアネットの様子では、これからどこかへ行く宛ても無いだろう。ここに置いて行ってしまったら、きっと彼女はすぐに兵士に見つかり捕まってしまう。一緒に脱獄した仲だし、旅は道連れって言うしね。カミュが探してくれたフードを被り、改めて2人と顔を合わせる。

「よし、それじゃ出発するか」
「おー!」
「…おー」

アネットが僕のマネをして拳をあげてから、デルカダール城下町に向かうべく僕らは歩き始めた。これは決して楽な旅ではないけれど、それでもきっと僕はこの2人との旅のはじまりを何度も思い出すんだろうな。何かを指さすアネットに隣で丁寧に教えるカミュの背中を見ていると、2人が同時に振り返り僕の名前を呼ぶ。それがなんでかものすごく嬉しくて口元が緩むのがわかった。

「そういや、気になっていたんだが、お前ら2人とも手の甲に同じようなアザがあるんだな?」
「あれ、ホントだ。アネットにも勇者のアザがあるんだね」

お揃いだねと手の甲を見せて笑うとアネットは首を傾げて「お揃い…」と呟くと僕と反対の手の甲にある痣を見てからふんわりと笑って痣が重なる様に合わせた。その瞬間僕らを眩い、けど温かい光が包み込んだ。

『イレブン、アネット』

名前を呼ばれて目を開くと見覚えのない豪華な部屋に居た。居たという表現は少し違うかもしれない。豪華な部屋を見ていた、が正しいのかも。

『どんな困難も兄妹2人なら乗り越えていけるわ、だって私とあの人との可愛い子たちだもの。勇者の運命に負けちゃダメよ』

大きなベッドに生まれたばかりの赤ちゃん2人を抱いて話しかけるのは、綺麗な髪の女の人。その顔は見えないがきっと優しい眼差しを向けているんだろう。

『あなた達には必ず幸せが待ってるわ』

光が収まると、ポカンとした表情のカミュとぼーっとしたアネットがさっきと同じ場所にいた。どうやら今の映像は僕だけじゃなくて2人にも見えていたようだ。

「……マジか。何だ今のは」
「僕とアネットの名前を呼んでたよね」
「今の映像が本当だとしたら、イレブンとアネットは兄妹って事になるな。……まあ、確かに顔立ちとか似てるかもな、髪質なんかは2人ともサラサラだし」

カミュは僕らを見比べて納得しているが、アネットはどう思っているのだろう。相変わらずぼーっとしているが、心做しか俯いているように見える。

「アネット?」
「なに?」
「大丈夫?あんまり気にしなくてもいいよ」
「うん。あんまり実感ないから平気」

あまりにもサラッと言われたが、実際僕もアネットと同じ感想しかない。兄妹と言われても16年も別々の生活を送って来て、違う経験を重ねて来てるんだ。それってもう他人と同じじゃないか。
だけど、僕は無意識だったがあの映像の事を嘘と疑わず本当の事だと受け入れていた。

「でも、家族になれたら嬉しい……と思う」

真剣な眼差しだった。カミュが隣で笑むのが見えた。一瞬、ほんの一瞬、あの仄暗い洞窟が頭をよぎった。

「うん。そうだね」

お世辞じやなく、この時僕はアネットと家族になりたいと本当に思ったんだ。

「街に行くんだよね?」
「そうだな、立ち話はこれくらいにしてそろそろ行くか」
「ごめんね、カミュ。あんまりのんびりしてたらダメだよね」
「まあ、今回は仕方ないだろ。気にすんな。生き別れた妹が見つかってよかったな」
「うーん、ちゃんとお兄ちゃん出来るかな」

止めてしまっていた歩みを進めながら、ささやかな弱音を漏らす。それにカミュは笑って「きっと出来るさ」と言う。アネットにも「気負わなくてもいいよ」と言われてしまう。なんか既に情けない。

NEVER LAND
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