在りとして辿る

ND2003、ダアトの街で私は生まれた。

特に貧しいわけでもなく、特別裕福な家庭でも無かった。ごく普通の一般庶民の両親の元に生まれた私は、重い病気になることも無くごく普通に成長していった。父さんがいて母さんがいて、3歳の頃には弟が生まれた。幸せ、だったのかもしれない。今となってはもう思い出せないけれど。
しかし、5歳の誕生日に預言を詠んでもらったその後から両親の態度が変わったのが幼いながらにわかった。母さんは何かと私を叱るようになり、父さんは帰ってくる時間が遅くなった。あからさまな態度の変化では無かったけど、私には伝わっていた。私よりも弟の方が大切で可愛いと思っているのだと。その頃から両親は私の事をエルナとは呼ばなくなった。

「母さん、何かお手伝いある?」
「そうね、今は無いわ」
「…そっか、何かあったら言ってね」

これ以上嫌われない為にも、出来る事をしようと手伝いを申し出ても、無いと一蹴されてしまう。詠んでくれた預言士には悪いけれど、詠んでもらった預言の所為でこうなったとしか当時の私は思えなかった。
どれだけ冷たい態度を取られても、どれだけ悪口を言われても、私にとって両親はあの二人しかいないのだ。彼と彼女がいなかったら私は生まれてすらいなかったんだ。だから、嫌いになんてなれない。しかし、彼らは私の事などどうでも良かったらしい。

私の6歳の誕生日に両親と弟は私を置いて家を出て行ったのだ。遺された置き手紙には、ごめんとだけ書いてあった。

「預言の所為だ……」

誰もいない家の中で、私は心に生まれた黒い感情を確かに覚えている。だけど不思議と涙は出なかった。悲しい、よりも憎い感情の方が大きかったんだと思う。それから私は生きる為に必死だった。人の多い通りに出て財布を盗んだり、食べ物を盗んだりしてひっそり生きてきた。最初の頃は、捕まったり説教を聞かされたりもしたが、2年もその暮らしが続いた頃には、もうバレる事無く盗めるようになった。効率的に盗むには、教会に参拝に来た他所者を狙う事だ。それも、武器を装備してなさそうな中年夫婦を狙うと結構な確率で大金が手に入る。お金さえあれば、街の人たちは食べ物を売ってくれるし、服だって買えるのだ。

そして、ある日男が私に声をかけて来た。

「お前は何の為に生きているんだ」

問いかけているのに彼の文には疑問符は付いていなかった。その人の良さそうな顔をして、何を考えてるかわからない男だった。

「何でそんな事聞くんだよ。アンタには私が生きようが死のうが関係ないだろ」
「ああ、関係は無いが好奇心だよ」
「何でその好奇心に付き合わないといけないんだよ。他を当たれば」

その日はそれだけの会話だけをして私は去ったが、それから二日後に彼はまた私に声をかけて来た。ローレライ教団の神託の盾騎士団に所属している、など自己紹介らしき物をしている彼を訝しんでいると、それを感じ取ったのか話しを一旦やめて微笑んだ。

「そんな顔をするな。別にとっ捕まえようとしているわけでは無いぞ」
「それを信じると思ってんの?」
「ああ、時間をかけてでも信じさせるさ」

そう言って彼は私の頭に手を乗せ乱暴に撫でて来た。こうして頭を撫でられたのは何年前の事だろう、と考える隙も無く私は彼の手を叩き落とした。顔が少し熱いのは今が夏の昼間だからであって、照れてるわけでは断じて無い。すると彼は満足したかのように立ち上がり、また来ると言い残して去って行った。

「……もう、来るなよ…」

そんな私の気持ちとは裏腹に彼はそれから二日後にまた来た。そして彼は教団内でのどうしようも無くただくだらない出来事を報告だけをして帰り、一日空けてまた来るというのを半年くらい繰り返した。そして最近では手土産を持って来るようになっていた。そのほとんどは食べ物であったが、たまに服や靴などを持って来ては優しそうな顔をするのだ。

「ねぇ、アンタ妹でもいるの?」
「ああ、お前の二つ上の妹がいる」
「ふーん。これその妹にあげればいいんじゃないの?私じゃなくてさ」

彼が私を捕まえようとしていないのは2.3ヶ月前に信じる事にした。だけど、それなら私に構う理由がわからなかった。路地裏で暮らすような子供を相手にする程この男の話を信じると暇ではないハズだ。ただ、誰かに愚痴を聞いてほしいだけなら他にもいるだろうし。

「お前は、なかなか私を信用しないな」
「別に……。関係ないじゃん」

今だに私は彼の名前を知らない。半年関わってきたのに、名前すら知らないのだ。そんな奴を信用出来るわけがない。その時の私達にはまだ、目には見えないが明らかに壁が存在していた。

その壁が崩れたのは、私が8歳の時。熱を出して倒れた時だと思う。人通りの無い路地裏で生活している子供が熱で倒れた時、見つけられる事がまず一番に迎える難所である。第二の難所にはお金が出てくるが、私はその二つの難所を一気に解決してしまったんだ。例の男によって。

目が覚めた時には、身体も大分楽になっていて、あまり使用していなかったかつて家族と住んでいた家のベッドに寝かされていた。ベッド傍のサイドテーブルの上にはお粥と薬が置いてあった。丁寧に食後に飲むように、とメモも置いてあった。

「意味わかんない…」

誰がこんな事をしたんだと考えずとも、あの男がやったんだと理解していた。私と関わりのある人物なんて、今では彼しかいなくなっていたからだ。意味がわからなかったのは、何故私の家を知っていたのか。という事だ。彼と会っていたのは、いつも路地裏で私の家を紹介した覚えも話題に出した事も無かったのに、何故アイツは知っていたんだろう。それに、何故私にここまでしてくれるのか。そのまま放っておけば良かったものの、なんでお粥や薬まで用意して行ったのか。

「ホント、おせっかいなんだけど…」

口ではそう言いつつも、嬉しかったのは事実だった。それから、少しずつ彼を信用する事にした。彼の名前は相変わらず知らないままだったが、別に困りはしなかったので私から聞く事もしなかった。そうして私が9歳になった頃、彼とも友好的に接する事が出来るようになった頃。彼は私をローレライ教団に迎え入れると言い出したのだ。私は何を言ってるのかわからず、もう一度言うように頼むと、彼の口から出た言葉はやはり先程と変わらない物だった。

「神託の盾騎士団に入らぬか?」
「…何、急にどうしたの?騎士団って、そんなに人手不足なの?」
「エルナの素早さなら、問題なくやって行けると思うぞ」
「いや、聞けよ」

それから彼に言いくるめられ、結局私は騎士団に入団する事になった。まぁ、騎士団に入れば給料も出るし食事にも困らないらしいので、それは少し助かるかもしれない。だけど今まで自由に生きていた私が、集団生活に馴染めるのかとか、人と上手く付き合っていけるのかとか、不安は尽きるとこは無かったけど、だけど私はその提案を受ける事にしたんだ。

「今日、私の機嫌が良くてよかったね」
「そうだな。感謝しよう」

そうして私は神託の盾に入団することになった。


私の物語はここから始まるのだ。


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