02
侍の国。この国がそう呼ばれていたのは、今は昔の話。
かつて侍達が仰ぎ夢を馳せた江戸の空には、今は異郷の船が飛び交う。かつて侍達が肩で風を切り歩いた街には、今は異人が踏ん反り返り歩く。
二十年前、突如江戸に舞い降りた異人――
天人の力に怯え、のみ奉る幕臣。それに阿る民衆。誇りを捨て去ったのは悲しいことに、何も侍だけではないのかもしれない――。
そんなことを考えながら故郷から電車を乗り継ぎ、かれこれ一刻余。ようやく新八は目指した彼の地に降り立った。
「ここが、江戸……」
建ち並ぶ高層建築物の群れ。足早に流れる人々のさざめき。故郷の田舎とは比べ物にならない喧騒がそこにはあった。思わず新八は感嘆の吐息を漏らす。
「流石、都会は違うな。けど、こんなに広くて目的地まで辿り着けるのかなあ?」
彼が上京した理由は一つ。武者修行のためだ。故郷の実家は恒道館という、地方ではそこそこ名の知られた剣術道場だった。しかし、近年の廃刀令の煽りをまともに食らい、門下生は激減。終いには閉門へと追い込まれた。しかし、侍の魂である剣を捨てるなとの父の遺志を護るため、そして自らの技量を更に磨くために。新八は諦めなかった。
都会である江戸では、まだ細々と続く道場が幾つか残っていると聞く。そこで剣術を極め、ゆくゆくは父の遺した道場の再興を、と意気込んで上京した次第であった。
幸い、父の古い知り合いの道場は存命しているため、そちらで世話になる旨は既に伝えていた。しかし、問題は慣れない街で、田舎からひょっこり出てきた若者がそこまで無事に辿り着けるか否か、である。
「せめて近ければいいんだけどな……電車の路線もゴチャゴチャだし」
まるで子供が悪戯に落書いた迷路の如き路線図に頭を悩ませていると。
どん。
「あイテッ……」
誰かと肩が触れた。地図の解読に夢中になる余り、周りへの注意が疎かになっていた。
「あのー、スミマセン……」
「痛あっ! イタタタタ!!」
「え?」
新八と肩が触れた男は、右肩を押さえながら大袈裟に喚き散らし、もんどりうって倒れ込んだ。
唖然と見下ろす新八に、
「オイオイ坊や……何してくれちゃってんのォ?」
「はっ? え?」
いつの間に現れたのか、二、三人の男達が新八を取り囲んでいた。人間と同じ背格好をしているが、よく見ると顔は虎になっている。二足歩行している虎、と表すべきか。
(何だ、コイツら?)
訝る新八に、男達はにやにやと下卑た笑みを向けた。
「あーあー、痛ってェなァ。どうしよ、コレ折れちゃったかもなァ?」
「マジすか、大丈夫っスかあ?」
「バカオメー、大丈夫な訳ねーだろ。ポッキリいっちまったみてーだわ、病院行きだなこりゃあ」
「お前がぶつかるからアニキの肩が折れちまったじゃねーか、ああん?」
「診察費、手術費、入院費……あー、あと慰謝料くらい出すのが筋合いだよなァ?」
「払えないとは言わせねーぜェ?」
反論を挟む隙を全く与えない、見事な言葉のバトンリレー。天人達は有無を言わさぬ態度でジリジリと迫ってくる。新八は迫力に押されて後ずさる。
これは所謂当たり屋という輩だろうか。田舎から出て来たばかりの若僧は格好のカモに映ったのか。
舐めやがって、と唇を噛む。しかし彼らは地球人より強いヒエラルキーに立つ天人だ。下手に逆らえば、何をされるかわかったもんじゃない。
その時だった。