03
「ギャーギャーギャーギャー、喧しいんだよ。発情期ですかコノヤロー」
不意に差し込まれた、第三者のアンニュイな声。一同は一斉にそちらを見やった。
そこに立っていた人影を見て、新八は瞠目した。
(……侍?)
黒の着流しを纏った長身の男。真っ白な頭は癖毛なのかあちこちに撥ねている。
そして一番目を引いたのは、男が腰に佩いた一振りの木刀だった。廃刀令が布かれた昨今、帯刀を許可されているのは幕府に仕える役人だけだ。一般市民は例え木刀だろうと刀を佩くことは禁じられている。新八は目の前の男の目的よりも、その正体に興味を抱いた。
「何だテメー! 今時刀なんか差しやがって。攘夷浪士か!?」
熱り立つ天人らとは対照的に、男の声色は冷ややかだ。
「見ろ」
男は氷の声音で視線を促す。その先を見やると、男の掲げた手元には円錐型の――所謂、アイスのコーンが握られていた。
「お前、コレ……お前らが暴れるからなァ……俺の贅沢プリンパフェアイスがよォ……丸々溢れちまったじゃねーかァァ!! 俺ァなあ、万年金欠でコンビニスイーツすらまともに買えねーんだぞ!」
震える声で湧き上がる怒りを叫んだ男は、目にも留まらぬ速さで天人達を薙ぎ倒した。ドドッ、と折り重なって倒れ込む天人。男の木刀の切っ尖に先程まで無かった真新しい鮮血が付着していることから、あの木刀で倒したのだ、と辛うじて判断出来た。
この男は強い――力の差を圧倒的に見せつけられ、一人残された天人は口角から泡を飛ばしながら、最後の悪足掻きと言わんばかりに喚き散らした。
「お、己はァァァ!! お前ら侍如きが俺達天人に逆らって、タダで済むと思ってんのか!」
追い詰められてパニックに陥ったのだろう。天人は形振り構わず両腕を振り回して、攻撃を試みる。
しかしその攻撃は男にあっさりと受け止められた。怒りの拳を片手でいなしながら、
「肩、折れてなかったね。良かったじゃん」
意地悪く口元を三日月型に歪めた。天人はついにその場にへたり込んだ。それを見降ろし、男は舌打ちを一つ残してその場を立ち去った。
ソイツは、侍と言うには余りに荒々しく、チンピラと言うには余りに――真っ直ぐな目をした男だった。
立ち去る男の後ろ姿を呆然と見送る。と、
「あーあー、何やってんの!」
腰に十手を差した岡っ引きが現れた。騒ぎに気づいて駆けつけたのだろう、乱れた息を整えた彼は折り重なる天人を見るなり「あーあ」と溢した。
「犯人、おたく? また派手にやっちまったモンだね。
新八を憐れみの視線で見る。誤解を受けていると悟った新八は慌てて頭を振った。
「ち、違います! おれはむしろ被害者ですよ! この人達に当たり屋されて」
「それでムカついて殴ったの。言い訳は凶器隠してから言いなさいね」
「……え」
凶器? 何のことだ? 思わず間抜けな声を漏らす。岡っ引きの視線を辿ると、新八の腰には先程の男の木刀が差してあった。滴り落ちる鮮血のオプション付きで。
「……アレ? あれェェェェ!?」
「という訳で、署で話聞かせてくれる」
岡っ引きは新八の肩を叩く。周りに助けを求めようにも、ここは見知らぬ他人ばかりの江戸。味方は誰もいない。
晴れ晴れしい旅路の筈が、何故こんなことに――愕然とする新八の脳裏に過る、アンニュイな男の顔。そうだ、元凶は全てあの男だ!
「スイマセン、急いでるので失礼します!」
「あ、ちょっと!」
誤認逮捕など冗談じゃない。新八は荷物を抱えて逃げ出した。