07

 ◇

 廃墟と化した道場。その前で、一人の男が立ち竦んでいた。
 壁に無数に空けられた穴は、鉛玉が撃ち込まれた痕。皮一枚残して辛うじて繋がっているのは、斧が振り下ろされた柱。
 人の手で滅茶苦茶に破壊し尽くされ、建っているのがやっとの状態。そんな道場を見ていると、腹の底から煮えたものが沸き起こってくる。それは怨嗟の込められた殺意だ。
「……壊してやる」
 男が呟く。感情の死んだ瞳にみるみる浮かび上がるのは、ギラついた殺気。
「お前らが好き勝手に暴れたみてぇに、俺が全て破壊し尽くしてやる……!!」

 ◇

 試衛館に世話になってから、三日ほど経ったある日。
「おーい、新八君!」
 新八を呼ぶ近藤の声は興奮に弾んでいた。
「どうしたんですか?」
「君のお父上の知り合いの道場ってえのは、『撃剣館』ってトコで間違いねェんだよな?」
「はい」
 頷きながら、察するものがあった。新八の中で期待が膨らむ。
 予想を違わず、近藤は満面に笑みを浮かべて続けた。
「知人のツテを伝ってやっとこさ見つけたんだ。住所も調べて貰ったから、予定よりちっと遅れちまったが、これで安心して修行に打ち込めるぞ」
「あっ、ありがとうございます!!」
 新八は勢い込んで頭を下げた。嬉しさが込み上げてきて、じわりと視界が滲む。
「結局、ウチに居る間はアタシから一本も獲れなかったね?」
 総がそんな新八の顔を覗き込んで、けらけらと笑う。小悪魔の笑みだ。
「せいぜい強くなんなよ。百遍やって、マグレの一本でもアタシから奪えたらアンタのこと認めたげるからさ」
 ふふん、と意地悪く鼻を鳴らす。返す言葉もなく、新八は苦笑した。
 世話になったこの三日間、新八は試衛館の門人達から教えを乞うていた。知人の道場に行く前に、少しでも強くなりたいと志願したのだ。結局、新八は総を含む門下生達から一勝どころか一本も奪えなかったが、それでも満ち足りた時間だった。いくら感謝しても足りないほどだ。
「地図はあるが、江戸は慣れないだろう。送ってくかい?」
 近藤の提案に、しかし新八は頭を振ってやんわりと断った。
「いいえ。詳細な地図があるなら大丈夫です。ここまで世話になったのに、これ以上甘える訳にはいかないんで」
「気にするこたァねェよ。短い間だったとはいえ、俺達ゃ同じ釜の飯を食った仲間。いわば家族さね。気を使う必要はねェよ」
 近藤はからからと笑い飛ばす。この人の好さが彼の最大の魅力だった。新八は素直に従うことにした。
「それじゃあ……最寄駅までお願いしてもいいですか?」
「おやすい御用よ!」
 近藤は嬉しそうに厚い胸板を叩いた。

 ◇

 ようやく新たな門出を迎える新八の見送りに同行したのは、近藤と総の両名だった。近藤曰く、土方も誘ったらしいのだが、出発時にはまだ寝ていたらしい。最後の最後まで彼らしい、と新八も苦笑を禁じ得ない。
「それじゃあ、気を付けて」
「お世話になりました。本当に、ありがとうございました!」
 涙で顔をぐしゃぐしゃにして何度も頭を下げる新八を、総が「ブッサイク」と笑う。そんな彼女も少し寂しげに見えた。
 発車ベルが鳴り響き、新八を乗せた列車がホームを滑り出す。その車体が見えなくなった頃。
「おぉい、そろそろ出て来てもいいんじゃねェか?」
 近藤は振り向いた。仕方なく、物陰に潜んでいた土方は姿を現す。
「敵わねェな、近藤さんにゃ」
「当たり前だ。何年お前らと連れ添ってると思ってる。お前の行動は全てお見通しだよ」
 次いで、総も「そうそう」としたり顔で頷く。
「素直じゃないんだから、土方さんは」
「お前にゃ言われたかないな」
 土方は片頬を引き攣らせる。素直じゃないのはお互い様だろうに。苦虫を噛み潰した表情からはそんな心情が窺える。
「散々行かねえって駄々こねてたお前がわざわざ出向いて来たんだ。何か気になることでもあったかい?」
「駄々はこねてねェよ」土方は憮然と返す。「奴の修行先、撃剣館っつったよな? 確かあそこ、少し前に廃刀令の煽り喰らって閉門に追い込まれたトコだったはずだぜ」
 青年の晴れやかな門出に、早くも暗雲が立ち込めていた。