06

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 新八は床に転がっていた。木の床はひんやりと冷たく、昂ぶる気持ちを冷ますには充分だった。
 負けた。一切攻撃出来ずに、打ちのめされた。いっそ清々しい程の負けっぷりであった。
「何だ、つまんないの」
 総は心底がっかりした様子で唇を尖らせた。
「近藤さんが目を掛けるから、もっと骨がある奴だと思ってたのに。期待外れだな」
 毒舌を挑発と受け取り、新八は雄叫びを上げて再び飛び掛った。が、その一撃もしっかり捌かれる。
「攻撃がワンパターンだね。それじゃあ当てられないよ」
 総の冷ややかな分析。刹那、目にも止まらぬ神速の突きが三回、新八を襲う。新八はもんどりうって床に倒れ込んだ。鳩尾を突かれ、激しく咳き込む。
「まだ……」
 新八は気力だけでどうにか立ち上がる。体力はとうに尽きた。突き動かすのはプライド。
「まだおれは、アンタに勝つことを諦めてない……!」
 縋るように伸ばした手が、柔らかいものに触れた。
「……え?」
 朦朧とする意識の中で突き出した掌は、総の胸に当たっていた。山型の柔らかな膨らみが意味するものを理解した新八の頭は瞬時に茹で上がった。
「え? あ、えっと、ご、ごめんなさい……?」
 総はニコリと微笑んで、竹刀を振りかぶった。新八は死を覚悟した。
「あーあ、何やってんの」
 揶揄うような声が降ってくる。土方だった。彼はニヤニヤと笑っている。総にコテンパンにのされた新八は床に転がっていた。新八をタコ殴りにした総はさっさと道場を出て行った。総に働いたセクハラを含め、土方は新八の無様な姿をずっと眺めていたのだろうか。
「アンタ、悪趣味ですね……」
 口元を拭い、呼吸を整えながら毒づけば、彼はけろりと肯定した。
「まあな。だが、井の中の蛙にゃあ良い教訓になったろ?」
 痛いところを突かれてグッと押し黙る。確かに、江戸に来るまでは己の剣に誇りを持っていた。例え有名道場の剣豪相手でも、一撃なら与えられるとも思っていた。だが実際はどうだ。女相手に、一撃すら浴びせられないとは。
 返す言葉も見つけられず項垂れる新八に、土方は飄々と続けた。
「まー、かえってラッキーだったかもな、今のお前にとってこの敗北は。弱いってこたァまだ伸び代があるってこった。精々頑張れよ、少年」
 新八はハッとして面を上げた。出会ってから初めてプラスな言葉を貰った気がする。
 しかし、もう土方の姿は見当たらない。代わりに近藤がタオルを差し出してくれた。
「スマンなぁ、アイツ、捻くれた奴でよォ」
「……そうみたいですね」
 新八も苦笑した。或いは、これが土方なりの激励なのかもしれない。抱いていた苦手意識は消え去っていた。
「君は、どうして強くなりたいんだ?」
 グラサンの奥の目を優しく細めて近藤が尋ねてきた。新八はこの武者修行の旅の目的を思い出しながら、一言一句噛み締めるように言った。
「今の国では、侍なんて時代錯誤の頭の固い連中だ、って馬鹿にされます。でも、おれは侍です。誰に何と言われようと、その誇りだけは曲げたくないんです」
「そうか」
 近藤は大口を開けて笑った。馬鹿にされただろうか。新八はさっと赤面して俯いた。
「おれ、変なこと言いましたか?」
「いいや?」近藤は頭を振る。「馬鹿で結構! 俺達もなあ、テメェの信条曲げたくねえって意地張ってる連中よ。傍から見たら、とんでもねえ大馬鹿者なんだろうな。だが、それでいい。お前はそれでいいんだ。一度決めた信念を曲げることは、己に負けることと同じよ。馬鹿でいい、愚直に生きろ」
 自尊心がへし折られたからだろうか。近藤の説法は素直に新八の隅々まで沁み渡り、何かを確実に変えてゆく。
「俺からもエールを送ろう。頑張れよ、少年」
「はい!」
 新八は意気込んで頷いた。江戸の人情も、そして侍もまだまだ捨てたモンじゃないな、と思えた。