メメント・モリ
沖田の様子がいつもと違う。永倉新八は朝からずっとその疑問を消化出来ずにいた。
「おい新八、ぼやぼやすんな。死にたいの?」
これから過激派攘夷浪士の潜伏先と見られる旅籠屋に討入りする。考え事に夢中で心ここにあらずの状態の永倉は使い物にならない。沖田はそう判断したのだろう、永倉の頬を強く張った。
ぱん、と肉を打つ乾いた音が永倉の思考を現実に引き戻す。じんじんと痛みを訴える頬を押さえ、目を伏せた。
「……すんません」
「ま、もしお前が無様な死に様晒すようであれば、その前にボクがせめて美しく散らせてあげるよ」
物騒な提案を悪戯っ子の思いつきのように嬉々として語る。苦笑しかけて、永倉は今朝から抱いていた違和感の正体に漸く気付いた。
「……沖田さん。化粧してます?」
「あれ、よくわかったね」
永倉の熟考を吹き飛ばすかの如く、あっけらかんと答える。
納得すると同時に、又しても疑問が浮かぶ。彼女は戦場では女であることを忌むはずだった。それなのに女を象徴する化粧を施すとは、矛盾しているではないか。
理解が出来ない。思わず眉を顰めると、
「これはね、死に化粧のつもりなんだ。こんなこと続けてりゃあ、いつ死ぬかわかんないじゃん。どうせ死ぬなら、せめて顔だけは綺麗なまま死にたいと思ってさ」
沖田は永倉に、というよりは己に言い聞かせるように滔々と語った。
嗚呼、と漸く永倉は合点がいった。これは彼女なりの験担ぎなのだ。常に隣り合わせである死という現象をいかに考え、向き合うか。それは人殺しに慣れた永倉でさえ答えに詰まる、難解な問いであった。彼女は常に死を覚悟して、自ら生死の境界に臨むことで己を奮い立たせるのだ。
悲痛なまでの覚悟に、永倉は胸を突かれた気分に陥った。同時に、彼女をそこまで追い詰めてはいけないという使命感に駆られた。それは男であり侍である永倉の精一杯のプライドだった。
「じゃあ、その化粧が役に立たないようにおれは戦ってみせますよ」
「新八のくせに生意気言うじゃんか。ま、精々頼りにしてるよ」
永倉の宣言に、沖田は安堵の微笑を浮かべた。
数刻後に行われた討入りでは、真選組側の死者は幸運なことにもゼロだった。死に臨んだ彼女も無事生き延びた。
沖田は顔に付着した返り血を乱暴に袖で拭う。引き伸ばされた血は、紅のように彼女の唇を赤々しく彩った。
死に化粧の紅より、返り血の紅の方が彼女によく似合う。そう感じた永倉は、お節介と自覚しつつも進言していた。
「沖田さん。もう化粧はやめませんか」
「そうだね。なんか汗でドロドロになっちゃうし、かえって汚くなるからもういいや」
沖田は困り笑顔で、やはりあっさりと答えた。