純情の不純

 永倉新八が市内の巡回から屯所に帰還すると、突然太い腕に絡まれた。
「おう、ながぱち。ちっと付き合えや」
 腕の主は原田左之助だった。彼は新八が腕力で敵わないのをいいことに、ホールドしたまま廊下の奥に引き摺り込む。
「いきなり何すんですか! おれ、これから副長に報告に行かなきゃならないんですけど……」
 ぶつくさと文句を垂れるも、原田は馬耳東風といった様子で聞く耳を持たない。
「いいから付き合え」
 大した理由も述べずに廊下をずんずんと闊歩する。新八はただ引き摺られるしかなかった。
「ここよ」
 やがて原田が足を止めたのは、風呂場だった。
「風呂……? おれ、そんなに汗臭いですか」
 新八は眉間に皺を寄せて、すんすんと鼻を鳴らして自分の服の臭いを嗅ぐ。
 そりゃあ確かに巡察帰りだから汗は掻いているけれど。だが、そもそも真選組の隊服は風通しが悪くて熱や臭いが籠りやすい構造なのだから、別に新八のせいではないというのに。
 しかし、原田は「バッキャロ!」と小声で怒鳴りつけた。
「よく見ろよ! 清掃中の札がかかってんだろ」
「はあ」
「アレはな、マジに清掃してる訳じゃねェんだわ。アレが下がってる時ァな」原田はここで更に声を潜める。「沖田が入浴してる」
「なッ……」
 新八は息を詰まらせた。みるみるうちに顔に熱が集まる。そんな初心な反応を、原田はにやにやと楽しそうに眺めていた。
「ホレホレ、気になるだろ? 憧れの沖田さんの入浴シーン! せっかく一つ屋根の下で暮らしてんだ、一回くらいラッキースケベなTo Loveるがあったっていいだろ、な!」
 悪魔の囁き。逆上せ上がった新八は正常な判断が出来なくなってしまっていた。原田に促されるまま、風呂の木戸をそろそろと潜る。
 瞬間、ドゴォン……地鳴りの様な音がしたと思えば、熱い風圧が木戸ごと新八を吹き飛ばした。
 熱風に圧され、縁側から地面に無様に転落。大の字に転がりながら新八は理解した。自分達はバズーカ砲を撃ち込まれたのだと。
「アハハ、かかったなァ!」
 浴室から声高らかに現れたのは沖田だった。原田の言うような入浴中などではなく、きちんと隊服を着ている。彼女は紅唇を意地悪くにんまりと歪めている。
「ボクの入浴を覗こうなんざ百年早いんだよ、童貞ボーヤ共」
「くっ……何故だ!? 貴様は入浴時は必ず清掃中の札を提げていたはずだろ……!」
 土を掴み悔しげに呻く原田を沖田は嘲笑う。
「ハハハ……お笑いだね。飢えた狼共の住処で、簡単に裸を晒すと思う? 残念、爪が甘いよ。ボクは銭湯派だ」
「何ィ!? じゃあ、いつも清掃中に入浴してるのは……」
「あれは芹沢さんだよ。最近泡風呂にハマってるみたいでさ」
「チックショー!! あンのフォアグラ、オカマみてえなマネしやがってェェ!」
 原田は天を仰いで慟哭。新八はふと我に返る。何だ? この茶番劇は。
「さーて、どうしよっかなあー? とりあえずオイタが出来ないように、去勢でもする?」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ!」
 新八は嬉々と提案する沖田を遮る。こんなの巻き込まれ損だ。たまったものではない。
「おれはハゲ田さんに無理矢理連れて来られたンす! いわば被害者っスよ!」
「おい! 手前だけ責任逃れすんな、ながぱちィ!」
「だって!」
「だってもクソもないよ、新八。ここにいる時点でお前も同罪だ」
 沖田の冷たい死刑宣告。新八は全ての言い訳も、彼女の前では無意味と化すと悟った。と、そこへ。
「おォい、何の騒ぎだ?」
 アンニュイだがよく通る、バリトンの声が彼らの動きを止めた。姿を見なくても判る。声の主は鬼の副長土方である、と。
 そして自分達の置かれた状況を省みる。沖田が入浴していると勘違いし、覗きに臨んだ原田と永倉。覗き魔を迎撃するために風呂場を破壊した沖田。どちらも分が悪い。落雷は必至である。
「な、何でもありませ〜ん」
「何でもなくねェだろが。何で風呂場の木戸ぶっ壊れてんの? ん?」
 三人は口笛を吹いたり目線をあちこちに逸らして誤魔化すが、土方は既に『鬼の副長モード』に入っていた。そうなれば、もうどんな言い訳も通用しない。観念した三人は、醜い責任の擦りつけ合いを始めた。
「そもそも、ハゲ田と新八が覗こうとしたからこうなったんじゃん! ボクのは正当防衛だよ」
「ああ!? お前それでも警察かよ、正当防衛の意味理解してんのか? ありゃあ過剰防衛だっての!」
「お前らがスケベ心を起こさなきゃこうはならなかったっての! この童貞!」
「だから、おれはハゲ田さんに巻き込まれただけだって言ってんじゃないスかぁ!」
「拒まない時点で同罪だっつってんだろが!」
「オーイ」不毛な言い争いは、土方の一声でぴたりと止んだ。「言い遺した事はそれで最後かァ?」
「はい」
「以上です」
「すみませんでした」
 三人はこれから訪れる運命を悟り、がっくりと項垂れた。
 それから四時間。風呂場を破壊した罰として、土方の説教は延々続いた。新八は悪魔の誘いには気をつけよう、と誓った。