鳩原先輩がいなくなった後の三輪くんとわたし

 重要規律違反により、二宮隊の鳩原未来が除籍処分されたそうだ。
 本部に入った途端に異質な空気を感じ、周りに聞き耳を立てると何故か皆鳩原のことを話していた。不思議に思って掲示板を確認しにいったところ、張り紙には「懲戒解雇」と無機質な文字の並びが記されていた。
 それを見ても特段感情は芽生えず、ふぅんとしか思えなかった。ポジションも入隊時期も異なっているし、とりわけ接点もない。正直、彼女はあまり好きにはなれそうにないタイプの人間だ。仲を深めようともこちらが得るメリットも特に見当たらない。私にとっては三輪君以外の一般人Aってところだった。
 その場で軽やかに踵を返す。もうすぐ三輪君との約束の時間だ。そろそろ待ち合わせ場所に行こうかな、と思って歩き出したのに、急にある集団が目に止まってしまった。そこにはC級の隊服を着た四人組の女子が、高揚した表情のまま何かを議論している。あの集団の空気感でなんとなく分かる。きっと鳩原の噂話をしているのだろう。
 鳩原未来は社交的な人間とは思えなかった。ボーダーにそこそこ長く在籍している私ですらほとんど話したことがないのだから、あの子たちなんてもってのほかだろう。それなのにあることないことで盛り上がって、ああでもないこうでもないなんて議論し合って、本当に浅ましい。
 他人の不幸は蜜の味。とりわけ大きなゴシップにああだこうだ盛り上がるのはさぞ楽しいだろう。私もその気持ちが分からなくない。ただ、私の目の前でああだこうだ盛り上がってるのがすごく気に食わない。嫌でも視界に入ってしまうし、不愉快極まりない。
 わざと足音を大きく鳴らしてやった。そして鋭い視線を向けてやる。すると、私の存在に気づいたC級共が口を紡ぐ。ふん、他人の態度にいちいち怯えて馬鹿みたい。そんなに萎縮するなら最初からやらなきゃいいじゃない。そう思いながらズンズンと前へと進む。このままじゃ三輪君との待ち合わせに遅れちゃう。早く三輪君に会って、この嫌な気分を消し去りたい。

 あの人とは何の関係もない私がどうしてこんなにも怒りを感じているのか。それは自分でも全く分からないけれど、何故か苛立ちはおさまってくれなかった。

 ◇

「悪い、遅れた」
「遅いよ。もっと早く来て欲しかった」
「ごめん」
 待ち合わせに遅れてやってきた三輪君を睨みながら小言を言うと、彼は怒られて当然だみたいな顔をして謝ってきた。その姿を見てるとさっきまでの苛立ちが少しずつ引いていく。別にいいけど、とぶっきらぼうに返事をして、自販機前の固いソファから立ち上がる。先ほど買ったばかりのミルクティーはまだ全然減っていない。
「ねえ、個人戦やりたいとか言ったけど気分じゃなくなったの。三輪君やりたいことある? 私外から見てるから」
 ランク戦ブースへ歩き出そうとする三輪君を静止させ、その場で言葉を投げかける。感情の波は落ち着いてきたけど、なんか模擬戦するような気分じゃないんだよね。かといってこのまま解散もしたくないし、一人でいるより三輪君の用事に付き合っていたい。三輪君は少し考えるそぶりを見せた後、顎に手を置きながら淡々と言葉を並べる。
「じゃあ射撃訓練でもいいか。蓮さんが新しく作ってくれた仮想戦闘モードがあって」
「はーい。気が向いたら入るかも」
「ああ」
 そう言って三輪君はスタスタ前へ歩き出した。三輪君は相変わらず真面目すぎるなぁ。私が側にいてもいなくても、その真面目さはずっと変わらないんだろう。
 一本の細い糸みたいに危うくてすぐ切れちゃいそうに見えるんだけど、実際の三輪君ってそんなにヤワじゃない。決して太いとはいえないけれど、三輪君のしっかりした糸はいつでもピンと張っていて、他人に左右されない。
「ねえ」
 私の声を聞いた三輪君は、その場でぴたりと足を止めた。すぐ後ろを振り返って、数歩後ろにいる私の顔をまじまじと見る。
「三輪君ってさ、昔は私のこと切れなかったじゃん。いつの間にか切れるようになってたね」
「まぁ」
「何で?」
「……何でと言われると難しい」
「あ、話逸らしそうとしてるでしょ」
「してない。ただうまく説明できないだけだ」
「ふぅん。つまんないの」
 私がそう言った後、三輪君は会話を閉じるように再び歩き出した。無意味な会話すぎて収穫ゼロなんだけど。真面目な返事がかえってこないのがオチだとは思っていたけれど、欲を言えば三輪君からの本音が聞きたかったななんて、ずうずうしいことをぽつりと思う。
 それにしても、今日の三輪君はやけに無口だ。何でこの話題を出したのかなんて、いつもだったら聞き返してきたかもしれない。でも今日はそうしない。もしかしたら、三輪君はもうすでに検討がついているのかもしれない。
 三輪君は噂話をしない。他人の悪口を進んで言わない。他人どころか、自分の話もあまりしなかったりする。
「ねえ三輪君」
「なんだ」
「私に隠し事しようとしないでね」
 三輪君の背中に向かってそう呟く。ようやく見慣れてきた紫色の隊服姿。昔よりも随分逞しくなった背中に手をやり、頰をぴたりとくっつけてみる。トリオン体で感じる温度は、生身とそれと同じでほんのり温かい。
「……それは蛇石もだろ」
「なんで? 私隠し事なんてしてないよ」
「どうだかな」
 顔を上げてそう抗議したものの、三輪君はまともに取り合わないまま再び歩き出そうとした。すかさず腕を掴み、一人で前に進むのを静止させる。何その深みのある言い方。やけに気になっちゃうじゃんか。
 今度は隣同士並んで、彼の腕をギチギチに捕まえながら歩み出す。三輪君は周りに人がいないか見渡して確認していたけど、私だってちゃんと確認してからくっついたんだからね。
 まだ目的地までは距離がある。私のことを切れるようになった理由について、どうやって話を聞き出そうかと頭の中で作戦を練り始めた。

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