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結果から言うと、ジャーファル様の言葉に嘘はなかった。いろいろな場所に連れて行ってもらえたし、面白い体験も出来た。ジャーファル様は私も初めて来ますが、と言っていたけれど、まだガイドブックみたいなものもない中でこれだけ案内が出来るなら素直にすごい、と思う。それに、俺としては何でもかんでも知っているというふうに案内されるよりかは、一緒に楽しんだ方がいい、と思う方なので、これはこれで良かった。そうやって伝えると、ジャーファル様は少し照れたように顔を逸らしてしまったが。この人の照れるポイント、よく分からない。
早めの夕食を終えて、夕焼けの伸びる公園をふらふらと散歩する。いい感じのところにベンチがあったから、そこに二人で座ることにした。周囲に人はまばらで、海に沈んでいく夕陽はよく見える。隠れスポットというやつかなあ、と思いながら、きれいですね、と言った。
「こんなにのんびりしたのは、久しぶりです」
「でしょうね」
この世界に、シンドリア商会の名を知らない人はいないだろう。それほどまでに有名である、ということは当然、その仕事も忙しいのであって。
―――なのに、
思う。ジャーファル様は、そんな忙しい時間を空けてくれた。否、くれた、だとか、そういうふうに言わないで欲しい、ということをジャーファル様は言うだろうけれど、俺はやっぱり、くれた≠セと思うのだ。俺は、ジャーファル様に返せるものなんて何一つ持っていない。人と人との付き合いが、すべて平等であれ、だなんて俺だって思わないけれど、やっぱり俺は、ジャーファル様にだけは、そうやって対等ではなくいるのが嫌だった。対等だったことなんて、一度だってないのに、どうしても俺はそう思ってしまう。
ずっと。
俺が受け取るばかりの関係では、いけない、と。そんなふうに思ってしまう。そのくせ、俺はジャーファル様に対して何をしよう、ということもしないのだったが。…何か、俺からしてしまったら。それが特別ということになって、もうそれこそ、引き返せなくなるんじゃないかと、そんなことに怯えている。進みたくないのとは違う、でも、今はまだ、何も変えられない、と思っていた。俺の知っている、すべてが終わるまでは、何一つだって、変えたく、ないのに。
手、が。
こつん、とぶつかって。
それから戸惑うように一度引いてから、また寄せられる。ゆるり、と指が伸びてきて、音もなく絡ませられる。
「ヨナ」
「はい」
それを振り解こうとは思わなかった。多分、思うのならば誘われたからってパルテビアには出て来なかったし、そもそもジャーファル様に連絡だって取らなかった。
―――俺は、
ジャーファル様がこれから何を言うのか、分かっているのだから。
「好きです」
一体何度、その唇がその言葉を紡ぐのを想像しただろう。空想、白昼夢、それは単なる期待という言葉では抑えきれないものになっていった。
俺が、ジャーファル様のもとを逃げ出してから。
この感情は消えることなく、すくすくと思いもよらない方向へと順調に育ってしまっていたから。
「きみのことが、好きです」
絡まった指先に力は入らない。でも、それだけで充分だった。夕陽に照らされた横顔は紅みを帯びていて、何処までが夕焼けの所為なのか分からなくなる。
「きみが逃げて、ずっと探しているうちに…そうなのかもしれない、と思いました。でも、確信が持てなかった。そして、やっときみを見つけて―――やっぱり、そうだと思ったんです。私は、きみが好きなのだと、確信したんです」
ジャーファル様だって同じだろう、俺が逃げ出さなければ、この感情は違ったものになっていたはずだ。俺には、どちらが良いのか、なんてことは言えなかったけれど。こっちの方が面倒事がついてまわる、というのは言えてしまった。
「きみの隣にいたいし、きみに隣にいて欲しかった」
「…それは、」
息を、吸う。これまでなあなあに分かっているふりをしていた箇所を、俺は確認しなければならない。
「どういう、好き、ですか」
「………恋愛の好き、ですね」
「そう、ですよね…」
恋愛の、好き。その言葉を胸の内で繰り返しながら、俺は指先の感覚に思いを馳せる。俺の指の腹がジャーファル様の爪の上にちょうど乗っかって、そのやわらかな曲線に打ちのめされているようだった。
俺と、ジャーファル様は。
何でもなかった、友達ですらなかった。互いの何かになる前に、俺が逃げ出してしまったから、其処に取り残された感情が妙な成長をしてしまった、だけ。
「嫌ですか」
そう、言えてしまたったらよかったのに。
「だから、きみは私から逃げたんですか」
俺は、ジャーファル様の手を、振り払えない。
「………そう、でもあるし、そうでもない、部分もあります」
だから、俺は息を吸う。
息を吸って、答える。
「…ジャーファル様」
「…はい」
「嫌ではないです」
驚いたように、指先が震えるのが分かった。それでも力を込めずにいてくれるのは、きっとジャーファル様の優しさなのだろう。俺が、振り払いたいと思ったらいつでもそう出来るように。そうやって、配慮、してくれている。
「でも、」
そんな人に、どうしてこんなことを言わないといけないのだろう。本当に、嫌になる。
「俺は、まだ、その言葉に応える術を持ちません」
けれども、やっぱりどう考えても、俺はこれから来るだろう世界で、ジャーファル様の横に立っている自分を思い描けないのだ。
「………それは、」
ぽつり、とジャーファル様が呟く。
「待っていても、良いということですか」
「…ジャーファル様が待ち飽きるかもしれませんよ」
「それはないです」
即座に返された言葉に、思わず笑ってしまった。慌てた様子もないのに、本当にすぐ、で。ジャーファル様はこんな遣り取りも予測していたのだろうか。そうだとしたら、予測していても、言葉にしてくれたのだろうか。
「きみが嫌じゃあないなら、待たせてください」
一瞬指に力が込められて、それからはっとしたように緩められる。そんな仕草があまりにも嬉しくて、俺の方から力を込めた。する、と爪を指の腹で撫でると、恐る恐る、とでもいうようにゆっくりと握り返される。
「…俺が、嫌だって言ったらどうするつもりなんですか」
「今すぐマグノシュタットへ飛んでヤムライハに記憶を飛ばす魔法をかけてもらいます」
「ヤムライハ様に迷惑かけようとしないでください!!」
「冗談です」
やっと、ジャーファル様が俺の方を見た。
「もし嫌がられたら、仕事に打ち込みますよ」
眉がじんわりと、下げられていて、でも、俺が本気で嫌だと言うわけがないと、分かっているような顔で。
「そうしたら………忘れられると、思うので」
「………」
何を言うのも違うような気がして、もう一度指先に力を込めた。
「本当に、いつになるか分かりませんよ」
「それでもいいです」
「その間に俺のこと、嫌いになるかも」
「そんなことはないです」
そんなことはないですよ、と繰り返される。ずっと、長いこと曖昧にしてきたものに名前がついてしまったのに、どうしてもそれを嫌だとは思えなかった。
「きみこそ、」
手を繋ぐ、とも言い切れないような、そんなあやふやな仕草でも。
「やっぱり待たないで欲しい、っていうのは受け付けませんから」
「…そんなこと、流石に言いませんよ」
「ずっと待たれているのが重荷に感じるかも」
「ならなんで言ったんですか」
「言いたかったから」
その時が来たら、それこそ物語のように昇華されるのだと、信じていたかった。
「私が、言いたかったんです。どんな答えを返されようと、きみに、ちゃんと言いたかった」
だから、ありがとうございます、とジャーファル様は言う。俺は、お礼なんて言われることは何一つしていないのに。
「…それに、本当は、重荷に感じられるだなんて、思ってもいないんです」
「そう、なんですか」
そんな俺に悪戯でも思いついたように笑いながら、ジャーファル様が続ける。
「きみは私の顔が好きみたいですし」
「えっ? そんなことないですけど…」
「ほら、言っていたじゃないですか。私の顔がきれいだと」
「あー…」
言った。でもそれは喧嘩を売るためであって、ジャーファル様を追い出すためのもので。いや、だからと言って本気ではなかった、というわけではないのだけれど。
「そ、りゃあ…きれいだとは思っていますが、あれは…」
「私を追い出したかったんですよね」
「そうです、だから…」
「でも、きれいだと思ったからああやって言ったんでしょう?」
「………」
まったく、と思う。この人には本当に、敵わない。
「…そうですよ」
「まだ時間あるでしょう? もうちょっと堪能しておきますか?」
「そうですけど、そういうんじゃないので遠慮しておきます」
こんな雰囲気で向き合ったら本当にそのまま流されそうだったので、勘弁してもらった。
帰りの時間になって、名残惜しそうなジャーファル様と別れる。流石に発着場までは見送りに行けそうになくて、と言われて、時間が許せば来てくれるつもりだったのか、とくすぐったい気持ちになった。その気持ちだけで充分です、と言うと、きみは意外と遠慮をしますよね、と返される。そんなことはないのだけれど。ジャーファル様こそ、今そんなことを言っていてあとで撤回する羽目にならないと良いが。
パルテビアの、眩い夜が離れていく。
俺は、この世界のことを作品≠ニして知っている。…知って、しまっている。疑いはまだ捨ててはいないけれど、ここまで大きな矛盾がなかったことを考えると、未来もそう、変わりはしないだろう。近い将来、あの青年が生き返って、それを期にシンドバッド様がルフの書き換えをおこなって…世界は、再び変わろうとするだろう。
怖かった。
もし、俺が彼の言葉に応えて、彼の隣に居残ったら。きたるべき世界に、俺の考えが正しければ俺は順応出来ない。ルフに還ろうと唱和する彼らの中で、俺はどうしたって浮いてしまうだろう。
―――その、ときに。
彼にどうして、と視線を向けられるのは耐えられないと思った。他の誰におかしいと思われても、ジャーファル様にだけはそうやって思われるのは嫌だった。だから、答えを先延ばしにしてもらったのに。
俺は、すべてが終わったらどうやって答えようとか、そんなことばかり考えている。
待ってもらっていた理由を話したら、ジャーファル様だって流石に愛想を尽かすだろうに。
「………ままならね〜…」
レームへの飛空艇の中、俺は一人額に手を当てたのだった。
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