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そういうわけで、俺はパルテビアへと来ていた。
一応俺だって用事は作れたわけで、朝一番の便でこちらへと来て、もう仕事を終わらせたあとである。ジャーファル様との約束の時間は昼前で、そこから夜に俺が戻る便の時間まで過ごす予定だったから、もうどっちがメインの用事なのか分からないのだったが。いや、ジャーファル様との約束が先なのでこっちがメインと言ったらそうなのだけれど。用事のことだって、パルテビアに行くなら用事の一つや二つ、という程度のもので。というか、世界の首都となりつつあるクシテフォンでやることが何もないなんてわけがないのだ。俺だって商人の端くれなのだから。
「………」
言い訳恥ずかしいな、とは思う。思うけれど、俺はやっぱり、これから起こることを知ってしまっているのだから、それを考えるとこのまま彼らのそばにいるのに、個人的な理由を持ち込みたくなかった。仕事ならば、仕方なさだって出せるのだし。
「はあ…」
太陽の傾き具合を見遣りながら、指定された場所で待つ。観光名所くらい知っている、と豪語するだけあって、逆に人の集まらないところも知っているらしい。まばらに人はいるけれど、これならジャーファル様が来たらすぐに分かるだろう。
時計と、商会本部のある方角をちらちらと見比べてしまう。これじゃあまるで心待ちにしているみたいじゃないか、とは思うものの、やってしまうのは仕方がない。商会本部は光ると聞いていたが、流石にそれは夜だけの話らしかった。昼間は普通の白い建物でしかないようだ。まあ、それでもあそこまで大きな建物は他にないから、目立つには目立つのだけれど。
時計は、約束の時間を少し過ぎている。
どうしたのだろうか、と思った。通信機は何かあったときのために、と置いてきてしまったため連絡は取れないけれど、何か緊急の仕事でも入ったのだろうか。こういうことになると面倒だからさっさと二台持ちにしたら良いのは分かっているが、このタイミングで通信機を増やすのは、なんだか本当にジャーファル様のために購入するようで躊躇ってしまったのだ。躊躇っている場合ではなかったかもしれない。いや別に、このまま待ちぼうけを食らわされたとして、気にすることもないのだけれど。今日は天気も良いみたいだし、困ることはないだろう。
―――ただ、
何かあったんじゃないかと、心配になる、だけで。そもそも俺が思うような何か≠ェあれば、それはそれで連絡も何もないと思うから、どちらにせよ俺は此処で待ちぼうけになるのだけれど。
と、そんなことを考えていると、走ってくる人影が見えた。
「ヨナ!」
呼ばれる前に分かってしまって、俺も大概だな、と思う。名前を呼び返そうとして、いや、そんなことをしたら此処にいる全員が振り向くかもしれない、と手を振るだけに留める。
「すみません、遅れました」
「いえ、大丈夫ですけど…何かあったんですか?」
約束の時間からはもう三十分が経過していたが、忙しいのは分かっているし、連絡手段を持っていないのも俺の都合だ。何を言うつもりもない。しかし、やっぱり緊急の仕事とかだったんじゃないだろうか。ジャーファル様が寝坊とか、想像がつかないのだし。
「仕事とか…」
「あ、いえ、仕事は大丈夫です!」
しかしすごいスピードで走ってきたのに息切れ一つしないんだなあ、と思う。忙しくしていても、ある程度の鍛錬とかはしているのだろうか。ジャーファル様があの、と声を潜める。
「ちょっと出がけにシンに見つかって…撒くのに時間がかかったんです」
「ああ…それは、お疲れ様です」
シンドバッド様のサボり癖はまだ変わっていないのだろうか。国王の仕事も会長の仕事も、それなりにシンドバッド様のやりたいことに付随してくるものなのではないか、とは思うが。こんなに仕事があるなんて聞いてない! のタイプなんだろうか。俺は意図的にシンドバッド様を避けていたのでその辺はよく分からない。まあ、分かったからどうということもないのだけれど。もしかしたらシンドバッド様は、常時トップに居続けるより、緊急事態においてトップに出てくる役職とかの方が合っているのかもそれない。カリスマ自体はそりゃあもう、輝かんばかりにあるようだし。災害とか、巨大生物が襲ってきたときの緊急対策室とか。…まあ、こんな世界になればそんな懸念も必要ないのかもしれないが。
まあ、シンドバッド様の話は置いておいて。
「というか、ジャーファル様」
俺も一緒になって声を潜める。
「はい」
「その格好で歩き回る気ですか?」
「え?」
俺の言葉に、ジャーファル様は自分の格好を見た。ついでに頭も確認する。違う、俺が言いたいのはそういうことじゃあない。服には皺一つないし、髪だってきっちり整えられている。
「だめ…ですか? 似合ってませんか?」
「そうではなく」
予備で持っていた羽織を取り出して、ジャーファル様へとかける。ついでにフード部分も被せた。これで、とりあえず遠目には分からないだろう。
「もうその制服、シンドリア商会のものだって知られてるんですよね? なら、そんな格好してたらどうなるか分かりますよね?」
「………商談に来たと思われる?」
「それだけじゃなく、有名人がいるってことで人だかりが出来る可能性があります。ジャーファル様、映像の通信機にも顔出してますよね? 分かってますか? 今、貴方、すごい有名人なんですよ」
「ええと…政務官時代と同じでは…?」
「一国の政務官と一商会の幹部だったら、圧倒的に後者の方が話しかけやすいです」
「そうですか…?」
「それに、人だかりが出来たらシンドバッド様からは、俺たちが何処にいるか一目瞭然です」
その通りだと思ったのか、ジャーファル様がぐ、と詰まった。あれだけ高さのある建物なら、上から見たら人だかりなんてすぐに分かると思う。本当にシンドバッド様がやってくるかどうか、というのは微妙なところだと思うけれど。ジャーファル様をからかってみただけなんじゃないだろうか。
「服を買いに行きましょう」
「で、でも、私、服なんて選んだこと…」
「俺が選ぶので行きましょう」
俺もわりと着たきり雀ではあるが、それは俺しか責任者がいなかったからで、別に私服を持っていないわけではない。それなりにセンスも悪くない方だ。結構言いたいことを言う従業員たちが保証するセンスなので、まあ、やばくはないのだと思う。
動こうとしないジャーファル様の手を取って、引く。
「シンドバッド様に見つかってもいいんですか?」
「………行きます」
いつかとは逆だな、と思いなが歩き始めると、ジャーファル様はそのままついてきた。
でも、流石に今のジャーファル様の顔を見られるほど、俺はまだ、心の準備だとかが出来ていなかった。
適当に良さそうな店に入って、何着か試着してもらって、それからこのまま着ていきます、と支払いを済ませる。ジャーファル様は自分で払います! と言っていたけれど、着替えるのに忙しいでしょう、と言ってそのまま俺が支払った。これまでいろいろとお世話になっていたのもあるし、俺としては迷惑料も含んでいるのだけれど。ジャーファル様は納得いかないらしい。
「服、気に入りませんでした?」
「そうではないんです!」
「なら良いじゃないですか」
一般的なパルテビアの服は裾が結構ふわっとしているから、ジャーファル様が今よく着ているような制服のイメージとは真逆だし、白を選んだので政務官時代のイメージに近くなった。それだけだと面白みがないので、ストールも買った。赤くて、金色の豪勢な刺繍が入っている。ストールをたすき掛けにすれば、結構イメージが変わる。それこそ長い付き合いでもない限り、ジャーファル様だと分かることはないだろう。顔は無理に隠すと視線が行ってしまうだろうと考えた結果がストールだ。こっちに視線を誘導してやれば問題ない。
「すごく似合ってますよ」
「それは…ありがとうございます! で、でも…」
こんな私ばかり、と言われるが、やっぱり俺にとっては迷惑料を含むものなのでこれじゃあ足りない、とすら思う。選びきれなくて他にも何セットか買ったのがいけなかっただろうか。うーん、最近誰かにものを買ってやる、ということをしていなかったのでちょっとやりすぎたかもしれない。
でも、と繰り返していても俺が代金を受け取らないと理解したのか、ジャーファル様がじゃあ、と話題を変える。
「きみは、何か欲しいものはないんですか?」
なるほど、代金を受け取ってもらえないのなら他のもので釣り合いを取ればいいということか。俺もよくするから分かる。分かる、けれども。
「特にないです。俺も一応金持ってるので、欲しいものがあったら自分で買えますし…」
「夢のないことを言いますね」
「事実でしょう」
「ヤムライハにも、通信機の代金を返したとか」
「だって、こう言っちゃなんですけど、マグノシュタットは金があるのとは少し違うじゃないですか…。絶対もらえるときにもらっておいた方がいいと思うんですよね」
「それは、まあ…確かに」
欲しいもの、と必死に頭を回転させる。夢のない、とは言われたが、やっぱり俺だってそれなりに稼いでいるので、欲しいものがあれば自分で買えてしまう。適当にお土産とかを出してもらおうか、その方がいろいろと面倒がないのではないか―――そんなふうに考えていた俺の頭に、ぽん、と一つのものが浮かんだ。
「あ」
あまりにも無理そうなそれに、いやいやいや、と首を振る。
「…何か思いついたんですね」
当然、そんな仕草をしていたのでジャーファルに気付かれた。
「その、いえ、これはジャーファル様と言えども無理だと思うので…」
「言ってみてください」
「無茶苦茶言うほどなってない人間じゃあないので」
「いいから、言ってみてください。どうにかなるかもしれないでしょう」
「無理ですって」
「言って」
顔を覗き込まれる。俺はぐ、と詰まる。
「ヨナ」
「―――」
そんなふうに呼ばないで欲しい。そんなふうに呼ばれたら、何でも言いたくなってしまう。俺はジャーファル様にも言ってはいけないことが、たくさんあるのに。
「………怒らないでくださいね」
「自分で聞いたのに怒ったりしませんよ」
重ねて言うが、ジャーファル様でもこれは無理だと思う。でも、現状俺が欲しくて、でも手に入れられていないもの、となるとこれくらいしか思いつかないのだ。仕方ない、怒らない、という言質も取ったことだし、俺ははあ、と息を吸う。
「…鬼倭国の、米が食べたいんです」
「えっ」
流石に予想外だったのだろう、ジャーファル様が思い切り目を見開いた。
「だ、だから、無理だって分かってますからっ」
もう鬼倭国は姿を消したあとだろう。倭建彦の指名手配がこっちにも回ってきているし。それを考えると、ジャーファル様がシンドバッド様を撒いてきてくれて本当によかったな、と思う。まあ、シンドバッド様だって本気でジャーファル様についてこようとしたわけではないと思うが。
―――俺、は。
本当はこんなふうに、ジャーファル様と出掛けたり、そういうことをしない方がいいのだ。それが、分かっているのに。だからこそ俺は、逃げたのに。どうしてだろう、もう一度逃げることも出来なくはなかったのに、それをしなかった。
また。
逃げても、ジャーファル様は見つけてしまうと、そうやって思ったからなのだろうか。
「好きなんですか? 鬼倭国の料理」
「好き、というか、興味があって…商会がある程度、従業員に任せられるようになったら、休暇でも取って鬼倭国に行ってみようと思ってたんですけど…全然休みが取れず…」
深くは問わないことにしたのだろう、鬼倭国が消えた遠因はシンドバッド様にあるのだし、恐らく主人公≠スちの失踪の理由を知っていたジャーファル様なら鬼倭国が消えた理由も知っているのだろう。だから、口に出すつもりはなかったのに。
「そんなことをしていたら、国ごと消えてしまって…」
ここまで言ったらとりあえず話を畳まなくてはいけない。
「まあ、政治上の理由とか、いろいろあるんだと思うので、この話はここだけの秘密にしてくださいね」
「えっ…あ、はい」
秘密にします、とジャーファル様が重ねて言って、それから少し困ったような顔をしたので、何か言われるより先に、さあ、本当に観光名所くらいは抑えているのか教えてください、と手を伸ばした。
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