27
煌帝国改め、煌帝国商会の転送魔法陣が大々的に却下され、俺と特にアルフは愚痴を言い合っていた。まあ俺はすぐに上手くいかないと知っていたわけだが、それでも文句を言いたい気持ちはあるのだ。レームが国際同盟に加入していないこともあって、交易はなかなか発展しない。いや、輸出はそれなりに出来るのだ、だからレーム自体も金に困る、ということはないけれど、やっぱり世界が交易に傾いているのなら輸出だけでなく輸入だってしたいだろう。輸出は基本的に金にはなるが、自国の文化を外に出すだけで、それがどのように受け取られるかは分からないままだったりするのだ。輸入もセットになれば、他の国の文化や発展を知る手っ取り早い機会となり、自国の文化も当然発展する…というのが、俺の考えだった。勿論、他の国を意識しすぎるというのも資源の摩滅だとかを引き込むのだろうが。少し前の煌帝国がいい例だ。よくあの崖っぷちから立て直したなあ、と俺でも思うくらいだ。流れのことは大体知っていても、実際目の前で煌帝国が再建されていく手腕はとんでもないものだった。
「だからこそ、転送魔法陣は早くに欲しかったんですよ…!」
「だよなあ。同盟国ならまだしも、レームならさっさと手を結ぶと思ってたんだけど…」
「横槍の入れ方が大人げない!」
「まあ、でも、今まで移動手段はシンドリア商会の専売だったんだろ。大人げなくもなるだろ」
「こんな大人げない遣り方したら、あとで転送魔法陣が大流行したときに大恥かきますって!」
「今日はやけに言うなあ、先生」
俺の愚痴に付き合いながら、アルフはにやにやと笑う。
「転送魔法陣が設置されれば、ジャーファル様とももっと簡単に会えるようになるのになあ」
「………そ、ういうつもりで言ってるわけでは」
「あれ? 意外な反応」
いや本当に、そんなことは考えていなかった。転送魔法陣が設置されたからと言って、仕事に空きが出来るわけでもないのだし。というか、もっともっと忙しくなるだろうとすら思う。
「先生は全然考えてないのかと思ってたけど」
「考えてませんでしたよ」
「でも、今の速度はわりと頭の片隅にあった感じなんじゃねーの?」
「そんなことないですから!」
ああ、もう、デキる秘書を持つとこういうときにちょっとだけ困る!
言われて初めて気付いたのはそうだけれど、アルフの言うとおり、俺の頭の中にはそういう試算が存在したらしい。自覚なくやってるのが一番恥ずかしいんだって。いや本当に転送魔法陣が設置されればそれこそ物流は早くなるし、俺たち商人は今までにも増して働かないといけないだろう、と思う。まあ、うちの商会は年齢がまだまだ低いのもあるから、そこまで業務を倍増させることはまだしないのだけれど。その代わり、サービスの質を高めていって、他との比較を図ろうという作戦である。これは以前の奴隷貸付の業務のこともあって思った以上にあっさり受け入れられた。今や、少し前まで奴隷を使いまわしていた層が、うちの人材委託をやたらと宣伝してくれる形になっているのだから、本当に世の中というのは分からないなあ、と思う。でも、客の層を厳選していた甲斐あって、奴隷商人時代の客の宣伝でも、結構普通に受け入れられているようだった。以前、アルフと話したように、俺のことを元・奴隷商人だから信頼出来ないと言ってくるような相手は今のところ、いない。まあ、ゼロというわけではなかったが、今回の転送魔法陣への拒否感のような、そういった完全にマイナスの噂が手に負えないところまで広がるようなものはなかった。もしかしたら、火種が見えたらすぐに火消しに走っているからかもしれないけれど。
「だって、絶対こんな便利なもの、すぐにみんな欲しくなりますって」
「そりゃあそうだろうけど」
「そうしたら、ある程度の人はシンドリア商会が仕掛けた独占戦争だったって理解しますよ」
「そうかなあ」
俺は分かるけど、とアルフが首を傾げる。
「七海の覇王がそんなことするって、思いついても忘れる人間の方が多いじゃねーか?」
「………そうですか?」
「先生って、シンドバッドのこと評価してるけど、それって商売についてだけだよな」
アルフが続ける。
「だって、先生が言ったんだぜ? まず信頼されるべきは商人であり、商品の内容なんか二の次だ、って。それでいくと、もうシンドバッドはこの世界で誰よりも信頼される商人だ。もしあの人がガラクタを売りつけだしたところで、それでもまだ多くの顧客が着いていくだろ?」
「………そうですね」
「今回のことだって、可能性として思いついたとしても、シンドバッドへの信頼の方が勝つだろうよ。シンドバッドは個人的な発言もしてないんだし、勝手に周りが先走った、シンドバッド本人は噂の見極めに慎重になっていた、ってあとから言えば疑いはさっぱり消えるさ」
「うう」
「まあ、俺だって転送魔法陣が一時凍結になって悔しいけどさ」
本当に、アルフは賢い。こんな大混乱の中、これが一時≠フ凍結であることを信じている。
「煌はまだ商人としての信頼がまったくねーけど、あんだけ人がいるんだ、ちまちま業績を重ねていけば信頼を得るのはそう難しくない。流石のシンドバッドだって、いちいち邪魔をしてはいられないだろうし、これ以上邪魔をするなら国際同盟として制裁を加えるとかしかねえから、煌を同盟国にしたままにしておきたいならその手は使わねえ」
「…はい」
「なら、信頼が戻ったらすぐに、転送魔法陣の話はまだ生きてるか、ってなるよ」
だから先生も、やれることやっておこうぜ。
秘書であるアルフにここまで言われたら、最高責任者である俺がうだうだ言っていることも出来ない。いや、でも、本当に欲しかったのだ。特に、此処はレーム属州の中でも山奥と言っていいものだったから、州長の許可さえ取れれば商会の方で商館を建てたいと申し出るつもりだった。というか、州長の許可はもう取れていたのだ。町にはもうそんな建物を建てるスペースがないから、一応この町の持ち物である荒野にぽつん、と建てる予定でいた。でも、こうなっては無理だろう。レームが無理、と言ったものを属州が大丈夫! と押し通すことは出来ない。
「まあ、旅人の休憩所も併設するつもりだったのてやりますけど…」
「そうそう。設置場所が決まってた方が後々楽だしな」
サービスエリアは必要だと思っていたから、今回通らないことを知っても州長にさっさと許可を取りに行ったのだ。その甲斐あって、建設は順調に進んでいる。転送魔法陣の許可が下りなくても、先走りすぎたという結果にはならないはずだ。
「…ありがとうございます、アルフ」
「何が?」
「少し元気が出ました」
「はは、俺と喋ってて元気出してくれるなら嬉しいよ。先生が元気ねえと、結構従業員は気にするし」
「………それはすみません」
「ま、今回はわりと仕方ないっていうのもみんな分かってるけどな?」
転送魔法陣自体はわくわくする技術だからな〜というアルフの言葉を聞きながら、そういえば煌帝国に行ってみたい、と言う従業員が幾らかいたな、と思い出した。商会になったというなら、手伝い・勉強の名目で送り込めたりしないものか。ちょっと伝手がなさすぎて難しいかなあ、と考えながら、その日は更けていった。
そういうことで、俺はサービスエリアの建設に暫くかかずらうことになった。名称も考えなくてはいけない。サービスエリアでも良いだろうが、ちょっとこう、とっつきにくい感じがあるし、だからと言って道の駅、だと駅の概念がないので伝わらないし。ネーミングって難しいなあ、と思う。ゾーダン石の時は、あの岸壁に名前がついていたのもあってそこまで迷わなかったけれど、いざつけるとなるとちょっとだけ気恥ずかしかったのを思い出す。ちなみに、ゾーダンというのはとても白い≠ニいう意味らしい。『ゾー』が白い=A『ダ』がとても≠ナ、『ダン』が『ダ』を強調の際に使う変化音…だそうだ。俺も聞きかじっただけだし、この古い言葉というのはトラン語とも違って、残っている言語でないからこういう伝承みたいなものしか残っていないと聞いた。何かそういうものが残っていればなあ、と思って州長に聞いてみたけれど、特にそれらしい言葉はないらしい。
いっそ、名前を公募にしてみようか、と思いながら屋敷へと戻ると、俺を見つけたアルフが急いでやってきた。何かあったのだろうか、と少し身構えたものの、その内容は俺の予想に反したもので。
「え? ジャーファル様が?」
思わず聞き返す。
「うん。勝手はもう分かってるから、って部屋使ってるけど」
「ええ…いや、まあ、別にそれはいいんですけど…」
確かに、この屋敷にはジャーファル様用の、いつ使われるか分からない部屋があるし、以前連絡を取ったときにそのことをこぼしたのも覚えている、けれど。だからと言って、こんな急に来られるのは久しぶりだ。ジャーファル様に告白されて、俺がまだ待っていて欲しいと言って、から。それなりに連絡を取り合うようにしていた俺たちは、顔を出せそうな時には前もって言っていたし、放っておいたら缶詰になっていそうなジャーファル様を、適当に着替えさせてその辺の飯屋に連れ込むことだってしていた。前も言ったが、パルテビアに用事なんて幾らでも作れたのだし。
しかし、今回は何も連絡は来ていなかったはずだ。向こうの仕事だって忙しいだろうに、どうしたのだろう。
「連絡してくれたら早めに切り上げて帰ってきたのに」
「補給・休憩用施設の下見に行ってる、って言ったら、仕事の邪魔はしたくないから連絡するなって言われて…」
「…何のための通信機なんだか」
前回の反省を踏まえて、俺は通信機を何台か購入したのだ。当然、連絡がしやすくなり、飛躍的に業務効率は上がった。俺もそこまでジャーファル様に連絡をするのに躊躇わなくなった。ある程度関係性があやふやなものから、ある位置で留まった、というのもあるのだろうが。
仕事の連絡を済ませ、あとは任せてジャーファル様の部屋へと顔を出す。いつもの制服を着たままのジャーファル様は、ソファに背を預けて目を閉じていた。規則的な呼吸を見るに、眠っているのだろう。
「タイミングが悪いな、この人も俺も」
しかし、本当にどうしたのか。こんな、寝る間も惜しんで来るようなことはなかっただろうに。
「………」
手を、伸ばす。
髪に指を通すと、さら、とすり抜けていった。一応、ケアなんかもしているらしい。まあ、人前に立つこともあるジャーファル様が、見た目に気を遣っていないとかあり得ないのだろうけれど。
「………ん」
暫くそのまま髪をいじっていると、がしり、と手を掴まれた。
「…起きてたんですか」
「今起きました」
言葉のとおり、確かに見上げる瞳の奥にはとろり、とした眠気が居座っている。まあ、眠っていたとしてもジャーファル様が誰かが近付いてくる気配で起きないとも思えないし、俺だと分かったからある程度好きにさせてくれたんだろうか。…俺は、未だに何処から来た、それこそ何処の馬の骨とも分からない人間、なのに。ジャーファル様はそういうのを気にしない、のだろうか。ひとの手を握ったまま、ぼーっと俺を見上げてくるだけのジャーファル様を見ながら、気にしないのだろう、と思う。いろいろと、俺が勝手に知っていることを含めても、ジャーファル様はそういうことを気にされる¢、で、だからこそ、他人には自分のされて嫌だったことをしないのかもしれなかった。
「…ヨナ、」
告白されてからと言うもの、どうにも名前を呼ばれる度にこそばゆい心地になる。別に、嫌なわけじゃあないからいいのだけれど。
俺の手を掴んだまま、ジャーファル様はその手を少しだけ下ろして頬に寄せる。その様子は、どうにもこどもっぽくて、でも、こどもでは絶対に出せない、色っぽさもあって。
「キスしてくれませんか?」
「………」
一瞬、すべての言語野がショートしたかと思った。言葉が出来得る限りの変換を試みて、鱚は多分この世界にはいない、ということを思ってからやっと、俺の思考は現実に戻る。
「し、しません」
「今、迷いましたよね」
「迷ってません」
「なら、私からキスしても?」
「そういう問題じゃあないです」
留めるように、掴まれている手を握り返したのに、ジャーファル様は嬉しそうにするばかりだ。俺だって結構な力を込めて握っているのだから、少しは痛がってくれたっていいのに。
「俺はまだ応えてないんですからね」
「でも、応えてくれるつもりはあるんでしょう」
「それ、は………」
そう、だったけれど。改めて言われると、戸惑ってしまう。あと、普通に恥ずかしい。手が伸びてきて、反対側の遊んでいる方の手を引かれる。俺と、ジャーファル様の距離がほとんどなくなる。
「つ、」
あと、少し。
あと少し踏み込めば、きっと、触れ合うこともあっただろう、距離。
「付き合ってもいないのに、そういうことをするのは、その…違うと思いますっ」
「そうですか」
ジャーファル様も本気でしようとは思っていなかったのか、もう一度手を引くようなことはしなかった。ひどく近い距離がそのままになる。俺も、今更後ずさるのも何か違う気がして、何もしなかった。
「きみがそんなに貞操観念がしっかりしているとは思っていませんでした」
うるさい。心底うるさい。にやにやしているのを見るに、俺の貞操観念がそこまでしっかりしていないことはバレてそうだ。ああそうだよ、全然しっかりしてないわ。ちゃんとしてる恋愛よりワンナイトラブの方が正直多い。でも、比べてしまうのもアレではあるのだけれど、それは俺が男で、相手が女性であるからで。ああもう、こんな年になってこんな、カマトトぶったみたいな台詞を言う羽目になるとは思っていなかった。最悪だ。
「ジャーファル様は、」
せめて、と思って冷静を装ってジャーファル様を見返す。
「貞操観念とか、どうなってるんですか」
「私ですか?」
「俺ばっかり、なんか…こう、言われるのは違くないですか」
実はあの主にしてこの部下あり、みたいなトンチンカンな方向に思い切りのいい貞操観念をしていたりはしないだろうか。ジャーファル様のこういう話は全然聞かないのだ、もしかしたら俺よりいろいろと吹っ飛んでいる可能性だってある。
「そうですねえ」
未だ眠気を居座らせたまま、ジャーファル様は少し、意地の悪そうな笑みを浮かべた。なんでそんな器用な表情が出来るんだ。
「これでも、一国の政務官でしたし、今は室長ですし。私自身より地位の方が基準になってしまっていたのはありますね」
「…答えになってないんですけど」
「そうですか?」
別に誤魔化されてもよかったけれど、そういう顔で言われると、少しくらい粘ってみたくなる。…少しくらい、困らせてみたくなる。そんなことを、思っていたのに。
「………もし、」
ジャーファル様は手を緩めなかった。頬に寄せたままの手にまた、すり、と頬ずりをされる。
―――いつかの、
酒に酔ったジャーファル様の温度が、思い出された。いや、何年前だと思ってるんだ。頭を振るわけにもいかず、俺はただ、何年前のことであろうと今まで忘れられていないという事実だけを突きつけられて。
「こんなことをしたいと思ったのはきみが初めて、と言ったら信じますか?」
「え、」
思わず、目を瞬(しばたた)かせた。
どう思います? と続けられても、俺は答えられなかった。だって、微妙なラインすぎる。流石にジャーファル様だって恋の一つや二つ、表に出さなくてもあったんじゃないかとは思うのだけれど。よくよく考えなくてもこの人は仕事の鬼で、それでなくてもめちゃくちゃ忙しくて、私服すら持っていないほどの生活で。今持っている私服だって、俺が買ったものだからもしかしたら自分で買うという発想がないくらいにそういうものと縁遠い生活をしていたかも、しれなくて。
俺が黙ったまま思考を続けていると、ジャーファル様がふ、と笑う。なんとなくそれが嬉しそうな音を含んでいるように聞こえて、何処に喜ぶ要素があったんだ、と思った。
「信じてくれそうなので、今日はそれで満足にしておきます」
「微妙なラインだと思っただけです」
「あと少し嬉しそうですし」
「そんなことはありません」
嬉しそうなのはジャーファル様の方じゃあないのか。そう思いながらも俺は何を言うのも言い訳に聞こえる気がして、それ以上は続けなかった。そんな俺に構うことなく、ジャーファル様は今日はそんなに冷たくないんですね、と言う。だから俺は、ジャーファル様が酔っ払っていないからですよ、と返した。いつかの、続き、のような。
同じことを思い出していたのだと思うと、ひどく、胸が締めつけられるような気がした。
ジャーファル様に好きにさせている中で、ようやく、あれ、と思う。
「ジャーファル様、」
「なんですか?」
「もしかして、元気ないですか?」
「………そうですよ」
隠すことなく、その口元には笑みが浮かんでいた。自嘲、だろうか。何か、仕事で嫌なことでもあったのか。俺はそういうことを、聞けはしない、けれど。
「でも、きみのおかげて少し元気が出ました」
「それ、は…」
再び目を瞬かせる。酒も入っていないのに、どうしてこんなふうに、やわらかな言葉をくれるのだろう。違う、あのときの俺は勝手に、ジャーファル様が酔っ払ったからいろいろと、言ってはいけないかもしれないことまで口にした、と思っていたけれど、そうじゃあ、なかったら。
ただ、俺が少しだけ勘違いするように、仕向けるための小道具が、酒だったのだとしたら。
真相は、まだ、聞けないけれど。
「それなら…よかった、です」
「はい」
手のひらに触れる頬が、少し、熱いような気がした。でもそれはきっと俺の感じ方の問題で、ジャーファル様がどう、とか、そういうことは多分、ないのだ。
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