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 各地の復興も大分進んで、国々の大まかな国境も仮ではあるが決まった。他の地域に比べて被害の少なかったルカッタは、いち早く商人の町として繁栄し始めているくらいだ。あんな片田舎の町がそんなことになるなんて、流石に想像してなかったなあ、と思う。
 そんな中、俺は大事なときに倒れていたのもあって、正直あまりやることもなくなっていた。言い方は悪いが、完全にお飾りになった。まあ、俺だってそのうち責任者の地位をさっさと譲って隠居する予定だったのだからそれがちょっと早まったくらい、いいのだけれど。
「ヨナ」
「ジャーファル様」
「もう体調はいいんですか?」
「必死で歩き回って体力戻しましたから。旅行だってあちこち行けますよ」
というか、体調が完璧に戻ったからこそ、こうしてシンドリアまで来ているのだが。本当だろうか、という視線が痛い。どうしてだろう、ジャーファル様は俺を信用してくれるはずじゃあなかったのだろうか。…俺が信用に値する行動を取ってきたか、というのは別として。
「シンドリアも結構復興が進みましたね」
「一時は海から急に空に放り出されてどうなることかと思いましたが…」
「あの、やっぱりアバレウツボとかはもう捕れないんですか?」
「ええと、アバレウツボの海域は…何処だったかな…ああ、元・天山山脈のあたりにそれらしい巨影を見かけたという情報が入ってますよ」
「じゃあ、今後は煌帝国の名産になるんですかね…」
 世界の食料庫と化していた煌帝国が一番の被害を受けて、一時はどうなるかと思ったけれど。あの国なら新しい財源を逃したりはしないだろう。もともと大きな獣と戦う術も持っている国のようだったし。あの刺し身が食べられる日も、そう遠くはないに違いない。こうして思い出すと、結構俺はアバレウツボの刺し身が好きだったんだな、と思う。あまり魚を生で食べる文化が浸透していないのもあるだろうが。
「ねえ、ヨナ」
そんなふうに俺が一人、アバレウツボに思いを馳せているとジャーファル様が覗き込んでくる。
「なんです」
今、だらしない顔をしていなかっただろうか。先生って好きなもの食べると露骨に嬉しそうな顔するよな…というのは商会の面々から出た苦情だった。何でも、俺が好きなものを食べていると他の従業員たちが与えたがるからもうちょっとキリッとしていて欲しい、そうだ。俺にはそんな自覚はなかったが、もしかして、大戦も終わったことだし、と気が緩んでいるのだろうか。気をつけますね、とは返したものの、本当に気をつけられているのかは分からない。
「結婚しませんか」
「………は?」
そういうわけで、全然考えてなかったことを言われた俺は、浮かんだままの言葉を返してしまったのだった。
「あのっいや、すぐに、というわけではないんですけどっ、将来的に、というかっ」
「あっ今の反応はそのっ、まったく考えてなかったことを言われたからびっくりしただけでしてっ」
 言い訳をしながら、いや、結婚? と頭の中で繰り返す。結婚、結婚。結婚ってどういうやつだっけ?
「ほら、今は法も何も、作り直している最中ですし…」
「あ、いや、そういうことが聞きたかったのではなくっ」
この人は法律だとかを作る側の人だ。もしやりたいことが法で規定されていない範囲のものだったら、さっさと新しく法を敷くだろう。だから、そういう意味で聞き返したんじゃあ、ない。
「ええと、その」
「はい」
「ジャーファル様は、結婚というものをどうやって捉えているんですか」
「末永く、生命が尽きるまでともにあるものだと思っています」
「………」
そうなんだろうけれど、何故だろう、ジャーファル様が言うとなんだか重い。本当になんでだろうな。
―――末永く、生命が尽きるまでともにあるもの。
その言葉を、胸の中で繰り返す。
 この世界にもう、神はきっと、いなくて。いても何かを願うような存在ではなくて、そうであれば当然、何かを誓うのも神に、ではなくて。俺たち人間が、当事者同士で誓うもの、になっていくのだろう、と思う。この世界の結婚がどういう制度なのかは知らないから、もともと神だとかに誓うものでもなかったのかもしれないが。
「でも、」
嬉しくないわけじゃあない。好きな人にずっと一緒にいようと言われて、喜べないほど俺は脱俗的ではないのだ。ていうかびっくりするくらい嬉しいなこれ。そう思っても、俺は、でも、と言うしかなかった。
「式、とか…出来ませんよ」
「したくないですか? それなら構いませんけど…」
「いや、そうじゃあなくて」
それはわりとどっちでも良い。ジャーファル様がやりたいというならやろう、と思うくらいで。というかこの返し方からするに、やっぱりジャーファル様は式までやりたいんだろうな、と思った。アリババくんの結婚式には参加出来なかったみたいだけれど、多分それを見て影響を受けたのだろう。
 けれど、そうやって思うとやっぱり俺は、でも、と言わなくてはいけないと思った。
「ジャーファル様が、一番式だとかを見せたい人が、今は、いないでしょう」
「そ、れは…」
シンドバッド様が、戻ってくるかどうか、俺には分からない。こんな楽しそうな世界を放って消えていなくなれるような人だとは思っていないから、いつか戻ってくるんじゃないか、とは思うけれど。俺には確証も何もないから、ジャーファル様に何を言うことも出来なかった。だけどきっと、俺に確証があっても、ジャーファル様に絶対帰ってきますよ、なんて簡単に言えなかったと思う。
 だから、せめて。
 俺は言葉にしないでも、待ちましょう、と言うくらいしか出来ない。
「………シンには、」
暫く沈黙があって、そっと、ジャーファル様が口を開いた。
「勝手にいなくなった分、見れないものが幾つかあった方が良いと思います」
「えっ?」
「それで、戻ってきたときに見れなかった!∞見たかった!≠ニ悔しがればいいんです」
何言い出したんだこの人。俺が目を白黒とさせているのにも構わず、ジャーファル様はそのまま続ける。
「いろんなものが自分の知らない間に進歩したり、人間関係が変わったり、そういうことがたくさん起こると思うんですよね。そんなふうに自分が世界に置いていかれたとき、シンが悲しむと思いますか? 私は思いません。一体何が変わったのか確かめに行って、それからすべての変化に対して見たかったのに!!≠チて悔しがりますよ」
このシンドリアだって、南海の王国から天空の王国に変わってるんですから、何がどうしてそうなった!? と叫ぶに決まっています、と。そうやって語るジャーファル様は、楽しそうだった。
「きみは、そう思いませんか?」
 決して、強がりを言っているとか、そういうのじゃあ、なくて。
「あの、ひどく好奇心旺盛な王が、心底悔しがる姿を見たいとは思いませんか?」
「…ええ、と」
「年甲斐もなく、俺のいない間になんで進展してるんだ!?≠ニか地団駄踏みますよ。多分」
「見たいですね」
「でしょう?」
手のひらをものすごいスピードで返して申し訳ないけれど、それは見たすぎる。だって想像が容易だ、容易すぎる。そのままアリババくんやアラジンに迷惑をかけるところまで想像出来てしまって、本当に申し訳ないけど笑った。こんな想像で笑われているシンドバッド様はあとで俺のことを怒ってくれていいと思う。
「だから、じゃあないですけど」
 手が、取られる。
「ヨナ」
ジャーファル様の手は俺の手より少し熱くて、俺はもう、その温度に慣れてしまって。
「結婚しましょう。式も盛大に挙げましょう。それで…たくさんの、思い出を作りたいです」
否、慣れてしまったのではなく、この温度がなければ嫌だと、そう思うようになって、しまって。
「きみのルフが、この世界に残らず、私と一緒にこの世界を巡ってくれなくとも」
 でもきっと、それは悪いことじゃあないのだ。
 悪いことだと思っていたわけではないけれど、俺はきっとこんなふうに思う人々のことをそれこそ異世界人のように思っていて、それもあって、ジャーファル様から逃げ出したのだと思う。けれど、もしあのとき逃げ出さなかったら、こんな感情を手に入れられなかった、と思うとただの自己保身のためでしかなかった行動でも、今なら許せる、気がする。
「私が寂しくないと思えるくらいに、一緒にいてください」
「………ジャーファル様は狡いですね」
「きみに言われたくはありません」
「俺、だって」
手を握り返す。絶対に、もう、離さないと誓うように。
「後悔なんて一つもないってくらい、貴方とたくさんのことを経験したいです」
「はい」
―――やっと、俺は。
 自分に、この言葉を、許せる。
「好きです、ジャーファル様」
恋人になってからも、なかなか言えなかった俺に、ジャーファル様は特に何も言わないでいてくれた。本当に、俺の準備が整うまで待っていてくれた。それが、たまらなく嬉しくて、苦しくて、こんなしあわせでいいのかと思ってしまうほど。
「俺とずっと、一緒にいてくれますか」
「はい、勿論」
風が吹く。
 新しい世界に、鳥のさざめきに似た音が広がっていく。
「喜んで」
クーフィーヤが俺の方へとはためいたのにジャーファル様が悪戯を思いついたような顔をした。でもきっと、俺も同じような顔をしていた。









世界の果てで待ってて〈完〉



















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