狡い大人の背中を見つめて



 助かったよ、と食事を奢ると、まあ助かったのならいいのか? と少年は首を傾げながら奢られてくれた。
「へーこれが奢るってやつなんだな〜」
「何だよ、奢られたことないのか?」
「うん」
小さな小皿を貰って、大皿の料理を取り分けて食べる姿にはなんとなく気品がある。何処ぞの良い家の出だったりするのだろうか、でももしそうだったら、そんな身分の人間がどうしてこんなところに? 不思議で仕方ない。しかも、解放されてもどうしたらいいか分からない、という元・奴隷たちに、いろいろと話を聞いて、ならこうするのは? じゃあこうは? といろいろな提案をしていった。最初ただ戸惑うだけだった人々も、この少年の言葉に触発されて次々に笑顔になっていった。
 不思議、な少年だと思う。
 アラジンに思ったそれとはまったくもって違うけれど、自分の思ってもいないような世界を歩んで来たかのような。大きな荷物を足の間に置いて、少年はちまちまと食事を進める。
「もっと食えってば」
「んー俺、あんまたくさん食べたことないから、すぐお腹いっぱいになっちゃうんだよな〜」
「そうなのか…?」
「うん。だから、いろんな料理をちょっとずつもらってるんだ」
良い身分なのかと思っていたけれど、そうでもないのかもしれない。けれども年の割にはしっかりしているように見えたし、他の者にはこれから砂漠へ行って植生を調べるんだ、と言っていたのを聞いた。
「ていうか、ええと…」
「レアン。お前は?」
「おま…って、俺はアリババ! お前よりどう見ても年上なんだけどっ!?」
「でもアリババは俺に助けられたじゃん」
だから別にお前でもいいだろ? 首を傾げられると、どうにも怒る気にもなれない。
「…まあ、その辺はいいや。レアンに助けてもらったのは本当なんだし」
「んー? うん。助けになったなら良かった?」
さっきから疑問符がついているけれど、人助けをした、という自覚がないのだろうか。
「お前さ、さっきからそれ、…」
「うん?」
「ええと、お前、人助けしたんだよ。分かってるか?」
「あー実はあんま、分かってない」
 けろっとした顔で言われると、肩を落とす暇もないのだな、と思う。でも助かったってみんなが言ってるなら人助けだったんだろうな〜、なんて。本当に、一体どんな感性をしているのだろう。
「俺は商売とか、利益とか…そういうことについては習ったけど…人に…優しく? ってのはあんまり、習わなかったから」
「………習ってどうこうってモンじゃねえだろ」
「んー? そうなのか? そうは習わなかったけど…」
「なら、なんて習ったんだよ」
会話の合間にも、レアンはちまちまと食事を続けた。味の薄いものが好みらしい。視線に気付いたのか、これから砂漠に行くのに好き嫌いしちゃだめだよなあ、と言われる。どうやら地域ごとに必要な食事のことは分かっているようだった。
「俺は、そうだな、考えなしの優しさは、不利益になるだけだからやめなさい、って習ったな」
「なっ………」
「だから、何かしたいときに、それが優しさに分類出来るなら、ただの独り善がりにならないかたくさん考えてからやれって。それでも身体が先に動いちゃったときは、責任を持てって」
「………おう」
思わず立ち上がりかけたけれど、続く言葉を聞いて座り直した。アリババは忙しいな〜? と言われたけれど、忙しくしているのはレアンだ。
「じゃあ、今回のことは不利益にならないからやったのかよ」
「うん、まあ、そう」
「それは、お前が此処で暮らすつもりがないからか?」
「え? そうじゃないよ」
どう言ったら良いかな、とまた首が傾げられる。
「うーん…あの人たちが、元気になって働くじゃん。そうすると、いろんな仕事が進むじゃん。仕事が進めば、新しいことが出来るかもしれないじゃん。それか、あの人たちが新しいことを始めたりとか…。そういうふうになった方が、いろんなことがいい方に進んで、回り回って俺にもいいことあるかな〜って思ったから、今回は口出しした」
 思わず、口をあんぐり開けた。こんな、世間も知らなそうな少年が言うようなことじゃあない。それは商売の基礎のようなもので、自分のように何処かで習ったのならまだしも、ふらふらと砂漠へ向かう! なんて言っている少年の口から出るには違和感がある。レアン本人は、そんなこと微塵も思ってなさそうだが。
「レアン、お前、一体何者なんだ…?」
もし、何者でもないなら、きっとこの少年は天才だ。そんなことを思って問う。
「んー」
少し首を傾げて何かを悩んでから、レアンはにこり、と笑った。
「アリババになら言っても大丈夫かな」
 それからこそ、と耳打ちしてくる。
「俺、元・奴隷なんだ」
「えっ………?」
思わずレアンの手足を見る。特に、鎖などの痕跡はない。視線の意味に気付いたのだろう、俺のところでは使ってなかったよ、と言われる。
「俺のところは、ちょっと前に商会の…あー、そう、一番偉い人が変わって、それで、ちょっと他とは違う感じになったんだよな。売買、じゃなくて、貸付になった。あ、そうそう、高級ってやつだったな」
高級奴隷。名称だけは聞いたことがあった。でも、目にするのは初めてだ。
「一番偉い人はヨナ様っていうんだけど…変な人でさ、俺たち全員に読み書きを教えて、貸出して貢献ってのをつけて、それが溜まったら終わり、って言ったんだよ」
「え、えっと…それは…」
「うん。解放ってやつ」
商品である奴隷を解放する商人がいるなんて、信じられなかった。一度奴隷になったら、何かとんでもない奇跡が起こらない限り、その身分は一生奴隷であると思い込んでいた。
―――だから、
助けなくては、と思った。
 迷宮(ダンジョン)攻略で得た財宝を使って彼らを解放したのも、そうやって思ったからだ。
 でも、違うのか。
 目の前のリアンを凝視する。この小さな手足を使って、レアンは人々に前を向かせた。結果、ほとんどの者が自分がどうしたいのか見つけられたのだと思う。全員、ではないところがレアンの言う、利益や不利益に該当するところなのかもしれない。確かに、レアンにだってやりたいことがあって旅をしているのに、見ず知らずの人間に付き合ってやれるのは数日がいいところだろう。
―――それでも、
得意なこと、好きなこと、行ってみたい国、帰りたい場所。そういう質問から彼らの想像力を引き出したレアンが、自分より年下であろう少年が、随分大人に見えて驚いた。こんなふうには、自分では出来なかった、と思った。
「その、ヨナ様ってのはいいひとなんだな…」
「ふ、あははっ」
だからしみじみそう言ったのに、レアンはひどく面白いことを聞いた、とばかりに笑った。
「な、なんだよっ」
「だって、ヨナ様がいいひととか言うから…」
そんなに笑うか、というほどの笑いようだ。分からない。涙まで流して笑うほどおかしなことを言った覚えはないのに。
「ヨナ様は、別にいいひとじゃあないんだ」
はー…と息を整えながら、レアンは涙を拭う。
「でも、悪くはない大人、なんだと思う」
「悪くはない、大人?」
「そ!」
 レアンが大きく頷く。
「そういうところが狡いって今なら思うけどな!」
でも、その表情にはそのヨナ様≠フことを褒められて嬉しいのだと、それはもうでかでかと書いてあった。



作業BGM「ニュートン」知声(yuha)



















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