花束をきみに




 ルカッタとシンドリアの行き来も、もう結構慣れた。転送魔法陣があって良かったなあ、と思う。というか、こんな上も下もぐちゃぐちゃの世界、転送魔法陣でもなければやっていられなかっただろう。これはアリババくんに先見の明があると見るべきか、煌帝国が本当にヤバい国だったと見るべきか、悩みどころだ。
「ヨナ」
そんなわけで、今日も今日とてジャーファル様が来ていた。シンドリアのことは良いのだろうか、一応政務官として戻ったと聞いているのだけれど。俺だって別に好きなひとに会いに来てもらって嬉しくないわけじゃあない。でも、やっぱりそれが仕事とかをほっぽらかして来ているのでは? という疑念がつきまとえば、それなりに心配もするもので。
「はい」
「鬼倭国に行きませんか?」
「行きます!!」
さっきの疑念すべてがどうでもよくなった俺は、そのまま予定を詰めにかかった。

 俺が以前鬼倭国の米を食べたいと言ったのを覚えてくれていたのだろう。鬼倭島はシンドリアの隣に着地してそのままだと聞いているし、復興具合もよく分かるからこそのお誘いだった。嬉しい、すごく嬉しい。俺は結局十年近く、米にありつけていないのだ。こんなことならシンドリアを出てすぐ鬼倭国に向かえばよかった。…まあ、そんなことをしていたら絶対に全然違う人生になっていたと思うので、思うだけだが。
 そうして、俺はいそいそと待ち合わせのシンドリアに向かったのだけれど。
「また制服で来てる…」
「う」
俺を待っていたのはいつもどおりの服のジャーファル様だった。俺だってもう、そういう人なんだと思って普段の訪問なんかは諦めているけれど。それに、俺はもう奴隷商人でもなくなったので別にシンドリア高官と繋がりが出来たところで困ることは何もないのだ。だから、それについては目を瞑っている。瞑っている、けれど。
「俺が前に買った服はどうしたんです」
一応今日は、出掛けるというのに。しかも、行き先は鬼倭国。国境問題で結構やりあったと聞いている。今のところ不仲ではないらしいが、別に国としての訪問でもないのに、やりあった記憶の新しい国に制服で行くこともないだろう。
「も、持ってます! 持ってますが、今日の行き先は鬼倭国なので、どうにもあの服でも目立つような気がして…」
「思ったよりも一理ある言葉が返ってきた…」
「私のことなんだと思ってるんですか!」
何、と問われても、そういうふうに思っている。
「いいですよ」
いつものように、荷物に入れていた羽織を取り出す。それをジャーファル様にかぶせながら俺は笑った。
「また俺に選ばせてくれるんですよね」
「………それは、そうですが」
「ならいいです」
「それはそうときみ、これ用意してるってことは私のこと何も信用してなかったってことじゃあないですか!? ねえ!?」
喚いているジャーファル様には答えず、さあ行きましょう! と手を取って駆け出す。
 信用がどうとか言うなら、まずもって合いそうな服がないと俺に相談してくれればよかったので、今回はどっちもどっちだということにしておきたかった。

 そういうわけで、ジャーファル様の服を買って、俺たちは鬼倭の大衆食堂に来ていた。観光も勿論するが、今回の目的はまずこれなので。そのために今日はお腹を空かせてきたのだ、十年近くの飢えを満たすには一回の来訪程度では収まらないと思うが、とにかく今日は食べる気満々だった。
「ああ…米だ…」
まずは頼んだ定食セットに箸をつける。ジャーファル様は少しばかり箸に苦戦していたけれど、手先が器用なのかすぐに覚えたようだった。
「煮物………魚の煮付け………漬物………」
初めて食べるはずなのに、何故か知っている味がする。嬉しい。すごく嬉しい。
「味噌汁………」
見たこともないスピードで完食する俺にジャーファル様は目を丸くしていた。ジャーファル様はゆっくり食べて大丈夫ですよ、と言ってから俺はもう一つ頼む。また目を丸くされたが、俺はこれに備えて昨日から水しか飲んでいないのだ。馬鹿だと言わないで欲しい。やっぱり納豆を食べなければ鬼倭に来たとは言えないだろう。
 セルフサービスの緑茶を啜りながら、俺はうっとりと呟いた。まだ納豆が来る。嬉しすぎる。
「俺、商会譲り渡したら此処に移住します…」
「えっ」
「え?」
あまりにもびっくりしたような声がジャーファル様からあがったものだから、俺も同じように返してしまった。だめなのだろうか。俺が近いうちに商会の権利をアルフに渡して隠居する、という話はジャーファル様にもしていたのだし、今更だと思うのだけれど。
「えっ、あの、その…だって、結婚するんですよね? 私たち」
「はい。その予定ですね」
結婚についての法だとかはジャーファル様がそれはもうテキパキと通してしまったため、あとは式の日取りだとかを決める段階になってきていた。ジャーファル様はシンドリアで盛大にやりたいようだったけれど、従業員たちからはルカッタでもやってくれという要望が来ているから、どうしたものかと思う。いやまあ、別に使う当てのない金なんてたくさんあるのだから、ここで盛大に二回やってしまっても良いのだけれど。ちなみに一応ルカッタはレーム属州なのでレーム帝国の方も確認してみたのだけれど、要約すると別に結婚くらい好きすれば? という返答が返ってきたため、まあ好きにするか! という気持ちでいる。あとであれこれ言われないように諸々の書類だとかはちゃんと作っているが。
「商会が落ち着いたら、その、週末くらいはシンドリアに来てくれたり、私がそっちに行ったり、そういう生活になるものとばかり…」
「週末婚みたいなやつですね」
それは俺も思っていた。まあ俺は別にシンドリアにそのまま移住してもよかったのだけれど、それをするとまるで従業員を見捨てたみたいになるしなあ、と思って言わないでいたのだ。ジャーファル様も同じことを思っていたのだろう、だから俺に移住してくるようには言わなかった。
 でも、やっぱり鬼倭の料理にはいろんなものが勝てない。日本人の魂に刻まれた米の味が俺を呼んでいるのだ。どうせ経営自体は任せるのだったら、支店を開いてもいいだろうし。鬼倭は今まであまり交易に出てこなかった国だから、此処で遣り取りをしたらそりゃあもう、世界中に客が出来るはずだ。取らぬ狸の皮算用だが、ちょっとニヤけるくらいには利益が出るはずだった。
「でも、ルカッタよりも鬼倭国の方が近いじゃないですか」
「そ、それはそうですけど…っ」
それなら週末とは言わずに、アフターファイブで会えそうだ。この世界にアフターファイブの概念はなさそうだけれど、俺はこうなったらもうガツガツと労働基準の概念を知っている限り突っ込んでいこうと思う。俺のふわふわした説明でもジャーファル様もドラコーン王も結構分かってくれるし、今は商会でしかじわじわ広めていけない概念でも、国が導入したらまるっと変わるだろう。
「というか、」
しかし納豆定食なかなか来ないな、そう思いながら続ける。
「ジャーファル様も一緒に移住しませんか? あ、いや、食生活とか、肌に合わなすぎるとかなら仕方ないんですけど…」
「えっ」
「ええっ!?」
なんか向こうから誰かの叫び声が聞こえてきたけれど、まあ放っておいていいだろう。俺はジャーファル様に話しかけているのだし。
「どうですか? あ、別に今決めなくても、何回かこうやって視察…みたいにして、来てもいいですし…」
「えっと、それは…」
ジャーファル様が答えようとしたのを遮るように、どすどすどす、と足音が聞こえてきた。まあ、すぐに返答を貰わなくてもいいか、と思ってやっと来た納豆定食を受け取る。
 それに合わせるようにして、食堂の人波が割れた。そうして、俺でも知っている顔が現れる。主に見たのは手配書でだったが。
「シンドリアの、移住してくる気か!?」
「まだ私は何も言ってません!」
「でもちょおっとくらいは考えたじゃろ!」
「それは…そうですけどっ!? 私が考えたらいけないですか! 移住!!」
新しく箸ももらえたので、有難く使うことにする。生卵を手に取って、それからあ、と思い出した。これを確認しないといけなかった。
「移住の自由って撤廃されてませんよね?」
「それはそうですが、そもそも鬼倭国は同盟加入国では…ってあれ? 今は加入状態のままですか…?」
「あー…まだ決まっとらんちや。国際同盟自体が今凍結状態じゃからのう…。まあ、同盟加入の有無に関わらず、ある程度の自由は保証するつもりじゃ。ま、脱退したら移住してくるんはともかく、移住するんは大変になりそうじゃけどなあ」
ならいいか、と思って納豆定食に戻る。俺は生卵は全卵投入する派だ。白身を無駄にするなんてもったいない。その代わり、よく混ぜる。本当によく混ぜる。
「というかその格好何じゃ」
「…見繕ってもらったんです」
「似合うでしょう」
「あー…うん。そうじゃな。まあ…」
「うわ、素直に返された…」
「褒めたのに文句言われたがや…」
それを米の上に乗せて、掻き込んで。ふう、と一息。こっちの定食にもついてきた味噌汁を啜って、あ、と思い出す。
「こういうときはこうやって言うのか」
 何が? という視線が俺に集まったが、俺が用があるのはジャーファル様だけである。少しだけ身を乗り出して、ジャーファル様を見つめる。
「俺の作った味噌汁を毎朝飲んでくれませんか?」
「―――」
瞬間、周囲がわっと湧いた。人の会話に聞き耳立てないで欲しいんだけどな、と思いながら俺はまた味噌汁を啜る。
「ど、どういう意味ですか!? きみの作ったものなら毎日だって食べられそうですが…いえっそうではなくてっ、きみだって忙しいでしょう!? 毎朝料理をさせるというのは…っ」
「わはは。予想通りの答え」
「だから、どういう意味なんですかっ!?」
わたわたするジャーファル様を留めたのはこの国の王だった。
「おい、そこのシンドリアの小煩いの」
「小煩くはないです! …なんですか、建彦殿」
「お邪魔しています。ご飯とても美味しいです」
「そうでしょう! そうでしょう! 殿の守ってきた国と殿の奔放さが絶妙なマリアージュで以ってして作り上げたのがこの食事というわけです!」
「とても美味しいので、個人的なやつでいいので味噌とか輸入させてもらえませんか? あっ、私、マイエ商会の最高責任者、ヨナと申します。そのうち最高顧問とかに隠居する予定ですが」
「きみは何呑気に仕事しようとしてるんですか!」
どうやら七海さんもいたらしい。まあ、健彦殿がいるのだからいて当然か。一応名刺を、と渡すとべりり、と剥がされる。ジャーファル様に。別に、名刺は渡せたからいいけれど。
 俺はそのまま納豆定食に戻って、その自由さに呆れたのか健彦殿がはあ、と息を吐いた。でも、視線の先はジャーファル様だ。
「お前にまさか、こんな相手がいるとはなあ…」
「なんですか。悪いですか。私だって恋くらいします」
「かーっ。こんな堂々と言うくせに、さっきの理解しちょらんのか! そこの、こんな小煩いのやめてうちの国で働かんか? 商人なら優遇するぜよ」
「うち、ずっと片田舎の国やってたので、突然中央に落っこちてしまって貿易だのなんだのに追いついてないんですよねえ」
「本当のことをこの小煩いのの前で言うことないき」
「でもどうせバレますって。痛いところ突かれる前にそこの恋人さんをこっちに取り込んだ方がよくないですか?」
「それもそうか!」
「勝手にひとの恋人取り込もうとしないでください!!」
「食事中ですよ、静かにしてください」
俺がそう言えば、元凶がなんか言ってる、というような顔をされた。元凶なんてとんでもない。鬼倭国にとっても悪い提案ではないはずだ。とは言え、今の俺は納豆を味わうので忙しい。難しい政の話はジャーファル様に任せた。
「さっきのはですねえ!」
「プロポーズっちゅうやつちや」
「………はい?」
 からかわれている、と思ったのかジャーファル様が俺の方を振り返ったので、肯定の意味を込めてこくり、と頷いておいた。結構たくさん口に詰め込んでしまったため、暫く喋れそうにない。
「えっ、え………?」
説明を求めてだろう、ジャーファル様が健彦殿の方を見る。
「鬼倭では味噌汁は、とりあえず毎日作る料理なんよ。米と違って、ある程度家庭の味が出る。そういう料理を、毎日食べる。イコール結婚しよう、って意味になるんじゃ」
「まあ、普通はお前の味噌汁を毎朝飲みたい! って方ですが、飲んで欲しい! って言うのも素敵ですよね〜!」
「ありがとうございます」
「ところで殿! 七海のお味噌汁も毎朝飲みませんかっ?」
「もう飲んどるが」
「きゃっ! つまりもうこれは結婚していると言っても過言ではない…!?」
「過言ですよ」
「お黙りっ! 難升米!」
ぽかすかとやり合い始めた鬼倭国一行を指差して、ジャーファル様が本気でこの国に移住するつもりですか? みたいな顔をする。
「ジャーファル様は嫌ですか?」
「嫌ではありませんが…」
「じゃあ、また一緒に来てくれます?」
「それは構いませんよ。きみが嬉しそうに食事をするのを見ているのも楽しいので」
「なら、次は内見に来ましょう!」
「待ってください、なんできみは一飛びに押し進めようとしたんですかっ!? まだ考えてる最中ですから…っ」
騙されてくれなかったジャーファル様にしっかりしてるなあ、と思いながらも、まあとりえあず俺の別荘くらいは鬼倭に作っておいてもいいだろうな、と思った。
 そこをどう使うかは、また、一緒に考えていけばいいだろう。



作業BGM「占っていたんです」Chevon



















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