75


 雨隠れの里には名前を告げるだけで入ることができた。暁のリーダーがあらかじめ伝えていたのだろう。その際に渡された紙を開くと、西側にある最も高い塔へ来るように書いてあった。
 術が施してあったのかその紙は塵となって消えた。
 なまえは雨に濡れないように被ったフードを指先で捲り、上空を見上げる。背の高い建物ばかりでわかりにくいが、西方を見渡すと確かにそれらしきものがあった。ある程度の位置を覚え、そこを目指して歩き出す。
 里の中はかなり入り組んでおり階段による上下の移動を何度もさせられた。路面はほとんど舗装されていて土が露出している部分はほとんど見られない。雨のせいか行き交う人々の足取りも忙しなく、どこか冷たい印象を感じる。
 木ノ葉隠れの里とは対照的だとなまえは思った。
 塔の真下へ辿り着いた。一番上まで行けばいいのだろうか。外から上ったほうが速いが人目に付いてしまう。それ以前に本当にこの建物で合っているのかもわからない。
 立ち尽くしたまま考えていると上から白い紙がひらひらと舞い落ちてきた。それはなまえの前まで来ると人の姿へと変化した。

「こっちだ」

 青紫の髪の女。暁の外套を纏っている。マダラの輪廻眼を持つ長門という青年と一緒にいた女だ。なまえを覚えているのか何も聞かずに建物の中に入っていく。
 この女と長門、そしてもう一人、明るい髪色の男がいたはずだ。三人の中の誰かがリーダーなのだろうか。長い階段を上りながらなまえは思案する。
 特に会話をすることもなく最上階へ着いた。外側を回るようにして角を曲がり、そこから中に入る。
 広い空間の中に、同じく暁の外套に身を包んだ男が立っていた。
 長門ではない。そして、オビトでもなかった。
 三人組のもう一人の男だった。

「来たか。うちはなまえ」

 女はそのまま男の横へ行った。ある程度近付いて顔がはっきりと見えた時、なまえは思わず首を傾げるのであった。

「あなたが暁のリーダー?」
「ペインだ。誰から話を聞いた?」
「体の大きな人……頭巾を被っていて、賞金首の換金所で会った」
「角都か」

 ペインが呟く。
 目の前の男がリーダーならばオビトはここにいないのだろうか。そう考えている間もなまえはペインの目をじっと見つめていた。
 それに気付いたペインが視線を返す。
 オビトのことはさておき、なまえは気になっていたことを尋ねる。

「その眼は長門のものじゃなかったの?」

 輪廻眼。数年前、なまえはそれが長門の目にあったのを実際に見ている。オビトから話も聞いているのだ。何故このペインという男が持っているのかわからない。
 長門の身に何かが起きて移植されたのだろうか。そうだったとしても、こちらを見つめるその眼には妙な違和感がある。
 彼らのことだからと放っておくことができないのは、それがマダラの眼だと知っているからだ。

「それについてはオレが話す」

 ペイン達の後ろ。暗闇の中から声が響く。
 それはゆっくりと歩いてきて、なまえの前で立ち止まった。

「久しぶりだななまえ」

 オビトだ。

「里を出てから各地で随分と暴れ回っていたようだが……素直に戻ってくるとは思わなかったぞ」
「…………」

 なまえは、やはりオビトが暁を使って自分を探していたらしい。
 再会した時に話すことはある程度考えていた。しかしペイン達の前で自分達のことを口にしてもいいのかと思い、奥にいる彼らへ視線を向ける。するとそれに気付いたオビトが「ああ」と声を漏らした。

「あいつらもお前のことを知っておいたほうがいいだろう。これから長い付き合いになるからな」
「わかった」

 なまえは頷いた。まともに会話をするのはあの日以来だというのに驚くほど自然な振る舞いができている。それは、オビトが自分のことを拒絶せず受け入れようとしているのをどこかで感じているからかもしれない。

「まず……あの時はごめんなさい。里で暮らして、いろいろあって……あなたに言われた言葉の意味がわかった。自分がどれほど甘い考えをしていたのか気付かされたの」

 あの日、木ノ葉隠れの里を襲撃すると言ったオビトの真意を問おうとしたなまえ。

「大切にしたいものほど奪われていく。自分の力だけではどうしようもない現実がある。里で私を匿ってくれた優しい子供、それから一族の全員が殺されて……大事なものを失う痛みがようやく本当に理解できたんだと思う」

 それがどれほど馬鹿げた行為だったのか、彼の覚悟を蔑ろにしたものだったのか、今のなまえにはわかる。

「この時代では目立たないようにするつもりだったけど、いろんなことがどうでもよくなってきて……忍の仕事をするようになった」
「それで角都に見つかったという訳か」

 それでも許そうとしてくれるオビトの優しさを決して忘れてはならない。
 なまえは再び頷きを返した。

「だが……残念なことに暁にお前の席はない。オレの補佐として動いてもらうことになる」
「うん」
「お前を待っていた。オレと共に来い、なまえ」

 オビトは手を差し伸べる。
 無理矢理手を引いて歩き出したあの日とは違う。
 なまえ自身に選択させようとしている。
 なまえは仮面の奥に覗く右目を見つめ、その手を取った。

「オレ達はこれから全てを敵に回し、恨まれる存在となる。……本当にいいんだな」

 なまえにしか聞こえない声でオビトが言う。
 かつてなまえが彼に問おうとした時と同じ言葉で。

「初めから、選択肢は一つしかなかったんだよ」

 この瞬間だけなまえも素のままで返した。
 オビトはそれを受け取るかのようになまえの手を力強く握った。

「もうなまえを探す必要はないと奴らに伝えておけ」

 後ろを振り返り、ペイン達に向けて言う。暁を実質的に支配しているのはオビトなのだとなまえは悟った。
 オビトは手を解き、徐になまえの外套に触れる。

「濡れているな……。脱げ。体が冷える」
「別に……」

 平気だと断る前に首元の留め具を外されて剥ぎ取られた。背中と、そして腰に差している短刀に刻まれたうちは一族の証が曝け出される。
 この何気ない行為に隠された意図をなまえは薄らと感じ取った。

「行くぞ。お前の部屋を用意してある」

 先程なまえが通ってきた道を歩き出すオビト。手にしたままの外套からポタポタと水が垂れている。
 なまえは少しの間それを見つめて、後を追いかけた。
 その後ろ姿にある赤と白の家紋はペイン達の目にはっきりと映っていた。



 それから数年間、なまえはオビトと行動を共にした。
 なまえはうちはなまえとして、マダラに成り代わろうとする彼の存在を確立させることこそが自分の役割なのだと考えていた。
 離れていたおよそ十年の間に何をしていたのかは聞かず。
 一族の抹殺に関わったのかも問わず。
 彼が為す全てを隣で見ていた。
 木ノ葉隠れの里では大蛇丸による木ノ葉崩しが実行され、三代目火影が犠牲となった。「伝説の三忍」の綱手が五代目火影に就任したが、彼女が柱間の子孫だということをなまえは知らぬままでいる。
 やがて暁は尾獣狩りを始めた。
 当然、人柱力や尾獣を守るために動く者達がいる。一尾の回収に当たったデイダラ・サソリコンビのサソリが木ノ葉隠れの里の忍に敗れて命を落とした。
 その空席に暁の新入りとして「トビ」が加わった。尾獣集めをサポートするつもりなのだろう。お前も来るかと聞かれ、なまえは首を縦に振った。
 暁は基本的に二人一組で行動している。それを聞いた時、なまえはイタチのことが頭に浮かんだ。
 イタチは鬼鮫という男と組んでいるらしい。物静かで、あまり他人に心を開かない彼が果たしてうまく付き合えているのだろうか、と。
 なまえは未だにイタチと再会できていなかった。
 後輩として奇妙なキャラクターを演じるトビの横をなまえは歩く。
 少し先輩風を吹かせてしまいがちだが面倒見のよさを持つデイダラは、見習いだとか適当に紹介されたなまえに対して特に疑問は抱かなかったようだ。
 しかしなまえがうちは一族であることを明かしていなかったため、これが後々問題となるのである。
 三尾の回収を終えた後、イタチ達が四尾を連れてくるまで少し時間ができた。
 見習いという体でただの真っ黒の外套に身を包んでいるなまえ。再会を果たした後日にトビが用意してくれた、水を弾く素材でできたものだ。

「なまえ、お前弱そうだが本当に戦えんのか?」

 近くの宿場を探して移動している途中、不意にデイダラが疑問を零した。
 連日野宿が続いていたことに耐えかねたトビが布団で寝たいと騒ぎ出したせいだ。恐らくなまえに気遣ってのものだがなまえ自身はどこであろうともさほど気にしていなかった。

「デイダラ先輩……なまえが女だからってバカにしないほうがいいんじゃないですか?」

 真っ先にトビが反応する。何かにつけてデイダラをおちょくろうとするのだ。口を挟まずにはいられないのだろう。
 なまえはあまり興味がなさそうに前方だけを見つめている。

「女だからじゃねえ。できる奴ってのは雰囲気とかオーラでわかるもんだろ。こいつはどっちかっつーと……守られる側の人間の感じがするんだよ」

 うん。と、前を歩くデイダラは腕を組み、頷いて自分自身に肯定していた。
 その後ろを歩くトビは隣のなまえにちらりと視線を向ける。

「ま、見習いとはいえ暁に入ってんだ。何かとんでもねえ能力隠してるのかもしれねえけどな」

 なまえは終始無言だった。デイダラもそれについて聞き出そうとはしない。トビがそれ以上騒がないことについても何も思わなかったようだ。
 やがて宿場が見つかり、三人は中へ入った。
 何だかんだと言いながらも後輩の我儘を聞く優しい男、デイダラ。しかし、宿で部屋を二つ取った後、トビとなまえが当たり前のように同じ部屋へ行こうとした時はさすがに声を荒げた。

「おいトビ! お前はこっちだろうが」

 デイダラは隣の部屋を親指で差す。二人の様子があまりにも自然だったためつい反応が遅れてしまいそうになった。

「……先輩、もしかして一人じゃ寂しいんですか?」

 一見、心配しているかのように思えるが声色には明らかに笑いが含まれている。
 デイダラは怒りを抑えた。一応、町中で騒ぎを起こしてはいけないという意識はあった。

「大丈夫ですよ。後で先輩のお部屋に遊びに行きますから」

 仮面の上から口元を押さえ、フフと笑い声を漏らす。全てわかったうえでやっているのだ。
 デイダラも相手にするのが馬鹿らしいと気付いたのか、それを無視して隣の部屋に入った。
 何故なまえは何も言わないのか。もしかして二人はできているのか。そんなふうに思ったところでデイダラは考えるのをやめた。


 部屋に入るとトビはすぐに窓から出ていった。やらなければならないことがあったのだろう。デイダラといると動きづらいため部屋を別れたのだ。
 なまえは茶を入れて一息ついていた。
 こうして宿で休むのは確かに久しぶりだった。雨隠れの里でトビが用意してくれた部屋もほとんど使っていない。二人で行動している時もしっかりとした休みを取ることはなかった。
 柱間細胞のおかげなのか疲れを感じにくいのだ。気を抜けばすぐに眠ってしまっていた昔と比べると睡眠にかける時間は極端に減っていた。
 茶を啜りぼんやりと窓の外を見つめる。そうしていると、ふとデイダラが話していたことを思い出した。
 ――こいつは守られる側の人間の感じがする。
 彼は思ったことを何気なく口にしたのだろうが、なまえは内心で驚きを隠せなかった。
 出会ってたった数日の相手からそのように言われるということは余程弱々しそうな空気を醸しているに違いない。これまで関わってきた人々がいつも自分を守ろうとしてくれるのはそのせいでもあったのだろうか。
 思わぬところで新たな事実に気付かされ、なまえは肩を落とす。
 その時、部屋の襖が無遠慮に開かれた。

「入るぞ。トビいるか」

 襖に背を向けていたなまえは一度振り向き、湯呑みを置いて立ち上がる。
 普通、開ける前に声をかけるのではないかと思いながらも返すべき言葉を口にした。

「トビなら外に……」
「……どういうことだ、お前」

 突如としてデイダラは表情を変えた。訳もわからず立ち尽くすなまえを睨むようにしながら詰め寄る。

「背中のそれは何だよ」

 なまえの外套は壁に掛けてある。部屋に入ってすぐに脱いでいたのだ。背を向けていたために服と短刀に描かれた家紋を見られてしまったのである。
 どうやらまずかったらしいと他人事のように考えるなまえ。そうしている間にもデイダラはなまえの肩を乱暴に掴み、力任せに壁へ押しやった。

「うちは一族は奴らを除いて全員死んだはずだろうが! なんでお前がそれを付けてんだ? 写輪眼すら持ってなさそうなお前が……!」

 何故デイダラが怒っているのかなまえにはわからない。イタチと、その写輪眼に恨みを持っていることなどなまえが知るはずもないのだ。
 だからこそ、臆することなく平然と答える。

「この体を流れる血はうちはのもの。だから家紋を付けてる。写輪眼も……」
「そうかよ。なら――」

 肩を掴む手にさらに力を込めた時。
 ぞくり、と背筋に冷たいものが走り、デイダラは咄嗟にその気配のほうへ顔を向けた。

「デイダラ先輩、何やってるんですか?」

 窓枠に足を掛け、中を覗き込むトビ。一瞬感じた殺気のようなものはすでに消えていた。

「楽しそうだなー。ボクも混ぜてくださいよ」
「トビ、お前こいつがうちは一族だって知ってやがったのか?」

 トビはデイダラに睨まれながら部屋に入り込んだ。
 なまえは壁に押し付けられたまま視線を向ける。

「あれ? 先輩知らなかったんですか? 下っ端のボクでも知ってるのに……。そんなふうに乱暴するから、怖がられて教えてもらえないんですよ」

 トビはやれやれと両手を広げ、大げさに呆れた仕草をしてみせる。
 怒りの矛先を自分に向けようとしているのだ。それに気付いたなまえは体をずらしてデイダラの拘束から逃れた。

「私は一緒にいないほうがいいみたい。……しばらく一人でいるから」

 そう言ってトビを見る。しかしそれもほんの僅かな間だけで、壁に掛けた外套を手に取ると体に纏いながら部屋を出ていった。
 襖が閉じられた後、トビは盛大な溜め息をついて静寂を破った。

「命拾いしましたねェ先輩……」
「はぁ? そりゃあいつのほうだろうが」
「気付いてなかったんですか? なまえ、刀を抜いてましたけど……。先輩が刺されないようにボクが止めてあげたんですよ」

 なまえはデイダラが敵意を露わにした時点で警戒し、壁に押し付けられた時にはすでに短刀を抜いていた。音すら立てず、彼の視界に入らぬよう静かに構えていたのだ。

「余計な世話だ。やる気があんならやってたのによ……」

 デイダラは悔しそうに舌を打つ。
 しかし、敵意も殺気も感じさせず刃を向けていたとは驚きを禁じ得なかった。手練れであってもそう簡単にできる芸当ではない。
 もしかすると本当にとんでもない能力を隠していたのではないかと、デイダラは冷静に心の内で呟くのであった。


 宿場を出たなまえは杉の林の中で考え込んでいた。
 近いうちに尾獣の封印にかかるため、トビは自分に構っていられないだろう。後も追いかけて来ないことから別行動は了承されたと見ていい。
 それよりも気になることがあった。デイダラが口にしていた言葉だ。
 ――うちは一族は奴らを除いて全員死んだはずだろうが。
 イタチが生きていることはなまえも知っている。だが、「奴ら」という言い方では少なくともあと一人誰かが生きているということになる。
 なまえのことではない。トビも自分の正体は隠している。
 一体、誰なのだろう。
 あの時聞き返すべきだったと少しばかりの後悔が残った。



 一族について考えた時、なまえの頭に浮かんだのは志村ダンゾウのことだった。
 彼は自分が知り得ない情報を持っている。イタチ以外の一族の生き残りも、ゼツに関しても何かわかったことがあるかもしれない。
 ただ、こちらも相応のものを差し出さなければ口を開かないだろう。ダンゾウが喜ぶような情報など、彼らがうちはマダラだと思っている男の正体や暁の真の計画についてというくらいしかなまえには思いつかなかった。
 だが、それらの情報は提供できない。故にダンゾウから情報を得ることも諦めるほかなかった。
 それなのになまえはダンゾウの元へ向かっていた。トビから離れられたタイミングで別の用件を済ませようと思い立ったのである。
 今回は潜入する形で木ノ葉隠れの里へ入った。また監視が付けられると少々面倒になるからだ。
 ダンゾウの屋敷へ行く前に墓参りをする。次があるかどうかわからないため里に来た時にはやっておきたかった。
 怪しむ視線を向けられないよう頭は出しておく。ダンゾウの部下にはすでに見つかっているかもしれないがそれは構わない。
 昔から世話になっている花屋へ向かう。戸を開けて中に入ると、店の脇で立ち話をしていたうちの一人が慌ててカウンターに戻ってきた。
 時々見かけることのあった、この店の娘だ。
 墓に供えることを伝えて適当に見繕ってもらう。勘定の最中、娘が何かを言いたそうに見てくることに気付き、なまえは視線を重ねた。

「あの……ずっと前からうちで買ってくれてる……うちは一族の方ですよね?」

 緊張した様子で尋ねる娘。なまえは自分だと気付かれたことに内心で驚きながらも取り乱すことなく代金を手渡す。

「そうですが……」
「私、山中いのって言います! あなたに聞きたいことが……」

 その時、店の入り口が勢いよく開かれた。

「思い出した! 間違いねェ!」

 大声に振り返るなまえ。店の娘、いのも視線を向けた。
 金色の髪、橙色の服という些か派手な格好をした男が慌ただしく駆け寄ってきてなまえの両肩を掴んだ。

「やっぱそうだ! アンタ……」

 真正面に迫られると、その顔に、いつかどこかで見た面影があるような気がしてなまえは首を傾げる。

「サスケの姉ちゃん!」

 彼が放ったその一言によって、全てを思い出すのであった。
 広くはない店の中に響き渡った声。いのも、後を追って入ってきた桃色の髪の女も目を丸くしてなまえを見る。
 けれどもなまえは落ち着いた様子で財布を仕舞い、両肩に乗せられた手をそっと外した。

「姉ちゃんじゃないって、あの時も言ったと思うけど……」

 里で暮らしていた頃に出会った金髪の少年。サスケの友人らしき彼のことはなまえの記憶にも残っていた。
 彼ら三人が外で立ち話をしていたのだ。店に入るなまえをしっかりと見ており、いのは店番に戻り、金髪の彼は思い出そうとして必死に首を捻っていたということだ。
 山中いの。
 うずまきナルト。
 春野サクラ。
 なまえも名を明かし、自分のことは他の人に話さないでほしいと頼むと、いのが気を利かせて店の看板を一時的に下ろした。
 サクラはなまえがうちは一族であることを疑っていたが、いのとナルトが昔から何度も見ていたということを次々に口にし始めたのでとりあえずは信じたようであった。

「聞きたいのはサスケくんのことなんです」
「姉ちゃん、何でもいいからあいつのこと何か知らねェか? 今どこで何してんのか、ちゃんとメシ食ってんのかとか……」
「いや、ご飯はいいでしょ」

 サクラが呟いた。「だってさー」と騒ぎ始めるナルト。それを余所に、なまえは眉間にしわを寄せて彼らに問う。

「サスケって……生きてるの?」

 その瞬間、三人は静まり返った。
 なまえが知っている確かな情報はイタチが一族を殺したということだけだった。つい先程、彼の他に生き残りがいるらしいと知ったばかりで、それを彼らに伝えると心底驚かれたのであった。
 それからなまえはサスケのこれまでのことを簡単に教えてもらった。家族を失った彼が仲間と共に懸命に困難を乗り越えてきたことに、嬉しさを感じるよりも心の痛みが勝った。
 イタチに強い恨みを抱き、力を得るために里を抜けたということも、何故という思いにしかならなかった。
 なまえが最後にサスケと会ったのは彼が五歳ほどの年齢の時。なまえのほうが先に里を出たうえに、今までずっと死んでいると思っていたため何の情報も持ち合わせていない。

「ごめんなさい、力になれなくて……」

 申し訳なさそうにするなまえにいの達は首を横に振る。

「でも……どうしてなまえさんは里を出たんですか?」

 少々言い辛そうにしてサクラが聞く。気になるのは当然だろう。
 なまえは考える素振りを見せ、サスケの友人である彼女達になら少しくらい話してもいいかと思い、説明を試みた。

「実は……私はうちは一族だけど生まれた集落が別の、もともとあった所で……えっと、まず里がまだ……」
「あー、ストップ! 思い出したんだけどさ、姉ちゃんって説明すんのがすっげー下手くそなんだよな。だから何か事情があるってことで納得しとこうぜ」

 最後まで聞いてもワケがわからないと思う。ナルトはそう付け加えた。
 本心からそう言ったのか、気を遣って遮ってくれたのかはわからない。どちらにせよなまえは少しばかり安堵を零し、心の内でナルトに感謝した。
 冒頭を聞いただけでそんな予感がしたのかサクラも大人しく引き下がった。
 なまえは気まずそうにしながらも、カウンターに置いたままだった花を手にしてそろそろ墓地に行くことを告げる。

「いのさん、いつも綺麗な花をありがとう。皆喜んでいると思います」
「いえ! 次来た時も絶対うちに寄ってくださいね」
「……いつになるかわからないけど……」
「私、待ってますから!」

 いのは明るい笑顔を浮かべて言った。
 なまえにとっては何十歳も年の離れた木ノ葉の子供達。そうではなかったとしても、彼女の可愛らしさには思わず笑みが零れてしまう。
 穏やかな気持ちになるのは久しぶりだった。
 ナルトとサクラにも別れを言い、なまえは花屋を後にした。
 頭を切り替えて墓地を目指す。不自然ではないように呼吸を溶け込ませながら。
 一般の墓地を通り抜けて一族の墓へと辿り着いた。誰も訪れる者がいないのか石碑は随分と汚れてしまっている。
 なまえは外套の裾を破り、砂埃を落とそうとした。しかし拭き取るための生地ではないのであまり綺麗にはならなかった。
 ごめんなさいと謝罪し、ひとまず花を供えて手を合わせた。それから、石碑に刻まれた名前を一つ一つ目で辿っていく。
 最後まで見てもサスケの名はなかった。前回は涙が滲んでまともに読めなかったのだ。しっかり確かめていればもっと早くに気付くことができたかもしれないのに。
 なまえは視線を落とし、足元を見つめる。
 どんな状況で殺戮が繰り広げられたのかはわからない。
 だが、イタチは弟だけは守った。
 それは少しの希望のように思えた。
 しかし同時に、またズキリとなまえの胸は痛んだ。
 過酷な運命を一人で背負わされている彼に。
 ぼつぼつと雨が降り始め、なまえはゆっくりと立ち上がった。



 自分にできることは多くない。
 頭がなければ力もない。
 人々を動かせるほどの器量もない。
 何かを変えられるほどの信念もない。
 だからこそ、せめて自分の手が届く範囲にあるものだけは大事にして守ろうとしてきた。
 けれども、何一つとして守れたことはない。
 傷付けて、失って。何もできないどころかいつも誰かに迷惑をかけてばかりだった。
 そんな自分だから、たとえこの命をかけたとしても望むような結果は得られないのだろう。
 自己満足にしかならなかったとしてもそうするほかにないのだと思い、なまえは自身の終着点をそこに定めた。
 何もできないなりの精一杯の足掻きだ。
 ただ、今は少し寄り道をしてしまっている。
 手に届く位置にあったもの。現実から目を背けている間に失ってしまったもの。
 シスイ。
 死後安らぐこともできず闇を見続けることを強いられている彼の眼を取り戻そうとしていた。
 屋敷の前で見張りをしていた男に声をかけるとすんなり中に通された。ゼツの情報を求めて来るとダンゾウは読んでいたのかもしれない。
 まずは話をするのだ。どうすればシスイの眼を手放してくれるのか。何の条件もなく返してくれることはまずない。交換条件を出すか、あるいは問答無用で拒否するかのいずれかだ。
 あの男の提示する条件など生易しいものでないことはわかりきっている。暁全員の首を持ってこい、などと恐らく不可能に近いものを言うはずだ。
 そうなれば道は一つしかない。なまえは腰に差した重みをしっかりと感じた。
 ダンゾウだけでなく木ノ葉を敵に回すことになろうとも写輪眼だけは取り返す。
 そう、覚悟を決めて来たのに。
 先導していた男が首から血を吹き出して倒れる。
 どさりと音がしたと同時、なまえは右腕を強く掴まれた。

「何をするつもりだ、なまえ……」

 仮面の裏の息遣い、腕を掴む力の強さから焦りが感じられる。
 トビだった。

「…………」

 なまえは答えない。
 痺れを切らしたトビが写輪眼を使い神威空間へと飛んだ。
 結局、誰かに迷惑をかけるだけで何もできずに終わる。
 いつもと同じだった。