肖像権とは何だったのか


「六平妖刀六工……その、全て……?」

 静姫は耳を疑った。
 彼女自身、妖刀の存在はついさっき知ったばかりではある。しかしながら、その短い説明だけで……妖刀というものがどれほどの代物か簡単に想像できた。
 ただでさえ治安の最悪な日本。それが一振りでも世に出回ってしまうこととなれば、国全体をひっくり返すような混乱は避けられない。その混乱を「良し」とする屑とて、きっと少なくはないだろう。
 そんな物がまとめてあの家に存在する……六平親子の住むあの家に?

「き、危険……すぎるでしょう、そんなの……」
「せやねん、ものっそい危険やねん」
「だからシズちゃんがあの結界を、無意識に、難なく、突破出来るという事実は国家レベルの大問題なんだよ」
「面目ねぇえ……」

 静姫は思わず頭を抱え、机に突っ伏した。わしゃわしゃと髪を両手で乱しまくりながら「うぐぅおおお……!」と唸っている……唸りたくもなる。
 柴は全力で苦悩している静姫を見て少しばかり憐れに思えてしまった。

「くっ……!私が、私が優秀すぎるあまりに……!なんの教えもなく妖術を扱える天才だったあまりにッ!国家レベルのセキュリティもこの私の前では網戸に早変わりしてしまうあまりにぃッ!脆すぎんだろぉ!超ウケる」
「ウケるんじゃない」
「ウケてる場合とちゃう」
「笑うしかねぇでしょうがこんなん」

 やっぱり憐れに思わないでいいような気がしてきた。
 昨日と打って変わり自己評価が異様に高い……なんなのだこの娘はメンタルオリハルコンか?

「別にええんやけどぉ……なんっでそんな急にベタ褒めの嵐になってんねん、自分のこと」
「は?柴さんが自己肯定感上げろって言ったんじゃないですかだから無理くり自分のこと褒めまくって自己肯定感高めようという最大限の努力してるんですよ」
「せやけどそん」
「んぃいっやっかましいッ!んですよこら分かります?自己肯定感地底人が自分自身を褒めることの苦しみがッ!」
「う、うん?」
「自分のこと顔が良い!とか天才!とか言ってる間ずっと心の中で「そんなんじゃない、そんな大それた人間じゃないのにぃ……!」って血反吐撒き散らしながら頑張ってんですよ頑張ってるんですよこっちはァ!?」
「お、おう……」

 メンタルがガチガチかと思ったら割とそんなことはなかったらしい。
 突っ伏しながらガンッガンッ!と机を殴り始めた静姫。「げほっごぉ……ぐぬぉおおおお……ッ!」と先ほどまでとは比べ物にならないくらいに苦しみ悶えている。柴は今度こそきっちり彼女を憐れんだ。なんかごめん。

「そんな容姿端麗大天才シズちゃんがこれからその妖刀諸共六平家を守っていかないといけないというわけですね任せてくださいよワハハハ」
「わお情緒がアカン」

 数秒苦しんだかと思えば、スッと姿勢を戻しにっこりと口角を上げる静姫だったが……その声色は絶望的なまでに棒読み。
 笑ってはいるものの、よくよく見るとその目は死んでいた。本当にごめん。

「で」
「?」

 薊はその一文字で会話を一旦切り「キミにはもう一つ、確認しておきたいことがある」と言い出した。

「シズちゃんは昨日、交渉という名の脅しで柴に「六平家の滞在許可が下りなければ逃亡を図る」と……」
「ゲッ」
「……言い出したことは間違いないみたいだね」

 静姫は思いっきり然知ったり!というような顔をする。彼女は自身のその発言を忘れてたのだが薊にそれを指され、昨日のことを思い出したようだ。
 昨日の静姫は正直、自分は死んだものという認識の上だったのだが……こうして生きる方向にシフトした今ではその言葉は失言以外の何物でもない。

「ちょっと柴さんなんでチクっちゃうんですか……!」
「シズちゃんが柴さんと逆の立場やったらどうする?」
「チクりますね」
「それが答えや」

 そりゃそうなんだよなぁ。
 そんなことは分かっている静姫は慌てたように片手をブンブンと振り、もう片方の手でチチチチチチーーーン!とベルを連打する。タンマということなのだろう……それにしてもベルの出番が意外にも多い。

「おおおお落ち着いてください」
「それは多分僕の台詞だけれど」
「いいですか薊さん。私の逃亡計画はすでに破綻しております。絶対逃げませんので無駄に手配書配ったりしないでくださいお願いします。国から雇われてる機関のお尋ね者とか恐ろし怖すぎ夜も眠れなすぎ」
「ちなみにシズちゃんが逃げた暁には俺の携帯に保存されとるクソダサTシャツ着たシズちゃんを手配写真に使うことになりますう」
「うわ本当に絶対逃げられねえ。全国規模の生き恥かかす気だこの人……怖っ」

 柴は涼しげな顔でピッピッピッと携帯を弄っている。そのディスプレイに映し出されているのはきっと『「紅茶が凍っちゃった」という文字がプリントされた服を着ている真顔ウィッシュを決める静姫の写真』なのだろう。
 そんな身内に見せるだけなら和みレベルで済みそうな、このちょい恥ずかしい写真を懸賞金付きで全国各地にばら撒くぞ、と言うのだ……マジで怖っ。
 まさかこの男、昨日妖術の特性の確認とか言いながら写真を撮り出したのはこの為だったりするのか……!?と静姫はブワッと大量の汗をかき始める。毎度のことだがいつもいつも脅しの内容がとんでもなくえげつない。
 ちなみに今日の静姫の胸元には「アイスを愛す」という文字がデカデカと書かれている。一応、保護者となっている柴には是非とも彼女に普通の無地のシャツでも買い与えて欲しいものだ。一刻も早く。
 青い顔で全力の見逃してくださいアピールをする静姫に薊はコホンと咳払いを一つ。

「不安にさせてすまない。僕は別にキミの手配書を配ろうなんて考えてなんかいないよ」
「そ、そう、ですか……?いやもうそれは本当にありがとうございます」
「ただ、それに関して現在大きな問題があるんだ」
「ちょっとやだ聞きたくない問題とか」
「聞け耳塞ぐな現実見んかい」
「ウエーンッ!」

 嫌な予感しかしない、と静姫は力の限り自身の耳を両手で塞ぐ。
 しかし、次の瞬間には柴が妖術を使用し、いとも簡単に彼女の背後を取ってベリッとその両手を剥がしてしまう。
 やだっ!嫌っ!離して!と身を捩りながら懇願する女児と、背後から両腕を掴み動きを封じる成人男性の図。
 見てる方からすれば微妙に絵面がヤバかったのだが……薊はそれに関して、一切触れないことにした。しまっておこう!心の奥に。

「これを見てほしいんだが……」
「う……?」

 薊は眼前の光景のヤバさをしまった代わりに、胸ポケットからある一枚の紙を取り出した。
 四つ折りにされた紙をかさかさと開いていき、その内容が静姫からもよく見えるようスッ……と差し出す。

「え」
 
 静姫の口からその一文字が自然に出た……そのまま彼女は口を半開きのままに呆然としている。
 これは予測不可能すぎる事態に直面した場合、非常に多くの者がなってしまう『硬直』と呼ばれるものだろう。
 柴も薊も予めその紙の内容は知っていたため、彼女がそのような反応を取ることは容易に想像出来ていた……それ故に、何を言うでもなく静姫の次の反応を待った。
 正直、何を言うでもなくというよりは『なんも言えねえ』という心情ではあったが。

「……柴さん柴さん」
「なぁにぃ?」
 
 十秒ほど経って静姫は再起動に成功したようだ。彼女は目をぱちくりと瞬きを一つ、そして自身の後ろにいる男に声をかける。

「実は四十万静姫、十歳は全くと言っていいほど学がなくてですね。漢字が読めないのですよ」
「えぇ〜ほんまにぃ〜?」
「ほんまにぃ。新聞はルビ振っててくれたからなんとか読めたんですけどぉ。だから私ぃ……ここに書いてある内容の全てがチンプンカンプンでぇ……」
「しゃあないなぁ。柴さんが声に出して読んだるわ」
「くっそ逃げ道塞いできやがるこの男」

 実際に言えば、本当に静姫は漢字を読めない。しかし漢字が読めなかったとしても、目の前の紙面のデザインを見ればそれがどういったものなのか、理解するのは容易かったが……彼女はそれを理解したくはなかった。
 まあ、そうは問屋が卸さないのだが。

「ほーい、じゃあ読むでぇ」
「待って早過ぎる心の準備」
「んなもん聞きながらせえ」
「無情ッ!鬼畜ッ!人でなしッ!柴さんッ!」
「あとでしばき回すからな」

 罵倒のレパートリーに柴の名前を登録している静姫は、この紙の存在に全くの心当たりがなかった。
 だが、しかし……。

「生きていることが絶対の条件に」
「……ゼッタイのジョウケンに」
「この少女を捕えることができた者には」
「ショウジョ、トラえる」
「報酬として」
「ホウシュウ」
「五千万円を支払うこととする」
「ゴセンマンエン」
「……尋ね人」
「タズねビト」

 その紙に描かれたものに対しては、この世の誰よりも心当たりがありすぎた。
 
「……四十万静姫」
「…………」
「おい復唱はどうしてん」
「わぁ!美少女が載ってるぅ〜っ!」
「逃げんな、現実から」
「死にてえ殺してけろ」
「希死念慮に勝て」
 
 なんと、それは静姫の手配書であった。おいさっきその話してただろうが出すつもりはねえと言ってただろうが。
 静姫はその尋ね人の四十万静姫さんが同姓同名の別人であれ、とこれ以上ないほどに力強く祈ったが……その手配書に描かれた似顔絵が鏡を前にした時によく見る顔にしかよく似ていて絶望している。

「……あのっ柴さん」
「おん」
「一旦、腕を解放してくださいませんか。逃げないから、シズちゃん絶対逃げないから」
「そうやな。逃げてもうたら『紅茶が凍っちゃった』が白日の下に晒されてまうもんな」
「いやホントッ……マジで絶対逃げないから……!」

 ようやく解放された静姫はゆっくり深呼吸をしてその手配書を手に取った。
 いやいやよく似ているだけ。まだワンチャン、ワンチャンあるって。
 ただの貧困に喘ぎながら暮らしていただけの薄汚え小娘に五千万円も出す奴がどの世界にいるというのだ。いずれはプライスレスになるつもりだが少なくとも今の自分の価値は百六万八千三百七十二円だ。
 だってほら、五千万円ってすごいよ。なんてったってその百六万八千三百七十二円が四十六個くらいある感じだよ。四十万静姫が四十六体いてもちょっと足らないくらいだよ。アイドルグループ作れちゃうよ四十万静姫46だよ。そんな馬鹿な話ないって。
 静姫はもう一度、そこの手配書に描かれる少女の似顔絵をよーく見た。それはもう、穴が空くほどに。
 その似顔絵はとても美しかった。簡易的なものではなく、絵というよりはまるで写真のような繊細なタッチ……きっと絵を描くだけで飯を食っていけるのだろうな、と思わせる人間が描いたのだろう。手配書に使うなそんな人材をよ。
 そしてその絵師の手によって紡ぎ出された少女の姿……彼女は全体的に体型が薄い様子でオーバーサイズのシャツとボロボロの靴を履いていた。
 乱雑に切ったせいなのだろうか不規則的な段になってしまっている青藍の長髪にまるで天使の羽根のようにたっぷりとボリュームのある長い睫毛。そこから覗く憂いを帯びた藍墨茶の瞳と月のように白く滑らかそうな肌。
 その表情はとても子供とは思えない艶やかさがあった。
 ふ、ふーん……失礼ですが年齢をお伺いしても?あっ横に年齢まで書いてある。えっ十歳?うそぉ全然見えなーい!実はぁ私もよく「キミ何歳だっけ?」と言われてしまうんですけどぉ……!
 脳内で謎の女子会トーク(一人)をしている静姫は……よくコラ画像に使用される、かの有名なハチミツが大好きな黄色のクマさんのような表情で、手配書を顔に近づけたり遠ざけたりを繰り返している。その極限まで足掻こうとする彼女を、側から見ている大人の二人はとても悲しい生き物を見ている気分だった。

「……柴さん、あの、この家に手鏡とかってありますか」
「見せたら足掻くのやめるか?」
「え?なんのことです?」
「往生際悪いで。腹括れ」
「え?いやいや、そんな……はは、まあ手鏡に映る私の顔とこの似顔絵が完全に一致するようなことなんてないはずですけど、一応確認しておこうかなって思っ」
「ん」
「……」

 差し出された手鏡に映された静姫。
 乱雑に切ったせいで段になってしまっている青藍の長髪に、天使の羽根のようにたっぷりとした長い睫毛。藍墨茶の瞳には憂いの色が満ちており、滑らかな月のような白い肌を持つ己の姿は、自分で言うのもなんだがとても十歳には見えないような艶やかさがあるな……という感想を抱いてしまう。
 そのまま静姫は、自分の手に持つ手配書を手鏡の横にスッと並べるように持ち上げた。
 あー、うん……完全に一致。

「……っふ」

 静姫は小さく短い笑みを零したかと思えば、カタリと静かに椅子から立ち上がった。
 そして、ペタリペタリと二、三歩ほど歩んだかと思えばその場で立ち止まり……。

「……判断が速いッ!!」

 そのまま手配書をベシィッ!と床に叩きつけた。その勢いは竈門炭治郎の頬を殴りつける鱗滝左近次とほぼ同じだったに違いない。
 さらに静姫はゲシゲシゲシゲシィッ!と手配書を踏みつけながら怨念籠った声色で叫び始めた。おい待てやめろ床が抜ける!

「おいおいおいどうなってんだよォ!そこの分け目が逆の鬼太郎手配書出すつもりねえって言ってただろ!しかも昨日の今日だろうがまだ二十四時間も経ってないでしょうが四十万静姫が六平家で発見されたのぉ!それなのにこんな……!手際良すぎでしょうが何この再現度の高い似顔絵に五千万円とかいう大金!使う可能性の低い資金を税金からホイホイ出すな神奈備ィ!」
「あのっごめんシズちゃん!気持ちはよく分かるけど落ち着いてほしい!」
「差出人の名前よく見ぃや!その手配書出したの神奈備やない!」
「私は漢字が読めない!多分これでカムナビって読むんだろ多分コレェ!」

 柴は慌てて静姫を後ろから羽交締めにしてその軽い身体を持ち上げたが……怒りにより覚醒した彼女のブーストパワーを完全に抑えることは困難を極めた。今にも柴の屈強な腕から逃れんばかりに、静姫の身体は縦横無尽に宙を舞っている。
 アカンこれ本当にアカンやつ。皮膚が裂けようが骨折れようが暴れることやめないヤツやこれアカン。おい嘘やろ昨日は割と簡単に抑えられたやん。なのになんで今はギリギリィ?あっ昨日のは演技やったわそういや。

「あーあー!ほらじゃあアレや!そこに映ってんの真顔ウィッシュのクソダサTシャツやないやろ!?手配書にわざわざ別バージョン作ったりも普通せえへんやろ!?加えて、そこの薊の所属する神奈備っちゅうんは手配書にそういうトンチキ写真ばっか採用するようなアホ組織やねん!ちなみに柴さんはちょいと前まではそこの幹部でした!」
「……なるほどねッ!?」
「薊ィ!なんや納得されたんやけどこれ泣いてええヤツゥ!?」
「さっき完全に巻き込み事故で貶された僕の気持ちを考えてから言ってもらえるか?」

 こうして三者三様それぞれの心に、地味に深い傷を残しつつも、この事態を一旦は終息させることに成功したという。
 ありがとう……紅茶が凍っちゃったTシャツ。