1.白ヤギさん白ヤギさんと黒ウサギさんと
その者、遂には人形に恋をしてしまつたのだ。
男は連日、かのマネキンをひと目拝もうとシヨツピングモヲルを訪れた。
見る度に、己の中の大事な部分が抜け落ちる錯覚。その感覚ぞたまらない。
「このまま僕のすべてが抜け落ちてしまえれば、僕は彼女のやうに人形になれるやも知れない」
知人にそう語つた男の瞳には、白々しゆうも黒々とした焔があ
パタン。
そこで私は読んでた本を閉じて、ちょっち考える。
『あんぽんたん』のマスターが勧めてくれただけあって、中々に面白い。
面白いだけに迷うんよ。
このまま読んでしまおうか、それとも白ヤギさんに食べてもらおうか。
うーむむむ…。
すでに深夜1時。時計の針のように眠気がチクタクチクタク襲ってきちょる。
読みたい。読みたいけど。
まあ、いいか。
明日も学校があるし、ここは白ヤギさんに譲ってやるかね。
こうして私は、右眼だけ瞑って眠りについた。
翌日の学校帰り。
行きつけの喫茶店に顔を出す。喫茶『AnPongTeen(あんぽんたん』は美術館だった一画を改装して作られた店だ。
元々は殻屋ゲンマという彫刻家の作品を集めた市営の美術館でした。
偉人もいねえ田舎町に唯一そこそこ(一部)に有名な芸術家ってことで市がガンバって建てた。
は、いいけど、結局は財政難でテナント貸し出し今に至る。みたいな。
ちなみに、何を隠そう殻屋ゲンマってのは私のお祖父ちゃんの事だったりする。
どや?凄いっしょ?
友達に自慢したら大体「へーゴイスー!…っで、誰それ?」ていつも言われるよっ!
ちきしょー、泣いてない。泣いてないから。
カランカラン。と店に入ればドアの鈴が鳴り、マスターが私に気付いた。
「やあスズコちゃんいらっしゃい。どう?どう?あの本読んだ?」
ひとまず私はカウンターに座り、本を差し出して珈琲を注文した。
「ごめんマスター。迷ったんだけどねー、白ヤギさんに食べさせたわ」
「へえ!」
マスターは嬉々として頁をめくる。私が読んでいた先、残り四分の三程の頁は全て真っ白になっていた。
「いいねえ。こんだけ白ヤギさんが食べてくれて、勧めた甲斐があった」
「やっぱり思うんだけどさあ。マスターって私が読むより白ヤギさんに食べられた時のほうが嬉しそう」
「そりゃあそうさ。白ヤギさんはグルメだから、つまらない物語には見向きもしない。
それだけこの本が素晴らしかったって事さ」
「ついでに言えば、私が読んだ箇所は口さえ付けよらん」
「…誰だって人の食いさしには食指は動かないだろう?
なんならこの珈琲、君に出す前に僕が一口飲んでもいいのかい?」
「淹れ終わってんなら、さっさと出してください。口付けたら訴えますからね」
「女子高生と間接キッスのチャンスが…」マスターが残念そうに愚痴り差し出された珈琲を受け取る。
ズズズと啜り窓の外を眺めた。
広い敷地にぽつぽつと並ぶ彫刻像に、お祖父ちゃんの作品は少ない。
あらかた撤去されていて、今は現代アートと言うんだか、よく分からない置物が並べられちょる。
孫としては複雑な気持ちだ。いやまあ、お祖父ちゃんの作品も、たいがい意味がわからんかったけども。
「僕はゲンマ先生の作品好きだよ」
私の心を知ってか知らずか、マスターが呟いた。
「あくまで僕個人の意見だけどさ。
彫刻作品ってのはね、造形美を追求するべきものだと思うんだ。
そこに作者の想いとか、メッセージ性だとか、社会批判なんて込めるべきではない。
その点、ゲンマ先生の作品は、その作品自体で完結していて実に清々しい」
「あれ?それ、お祖父ちゃんの作品って心がこもっちゃないって事?」
マスターは、本当のところは誰にも分からないけどね。と言って逃げた。
おいフォローになってねぇぞ?
仕方なく私は店の本棚に向かい、面白そうな本がないか物色するのだ。
「美味しそうなのあるかなー?」
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