結末第三章 偽善の女神
『青い壁』が二つの国を包み込む様子は一大ニュースになりました
巨大な防護壁は
どんな兵器をもってしても
どんな禁呪をもってしても
傷を負わせることもできませんでした
壁の内側では激戦が絶えず繰り広げられていました
軍と軍の、国の威信と国民の命運を賭けた聖戦
戦えないものは皆、ただ見守ることしかできませんでした
ですが
人々は気づき始めていました
この戦いが無意味なことを
闘技場に隔離された二頭の獣の殺し合いのような争い
背後には食料がありながら、闘技場の外には家族がいながら、終わることのない醜い争い合い
ただ失うだけの争いを行っていることに
やがて両国の民は戦争に力を貸すことを止めました
戦争中止を訴えるデモが、両国の各地で起こりました
自分たちの生活を犯してまで、未来を担う若者たちの命を散らしてまで、戦いに手を貸すことはできない、と・・・
両軍の指揮官も戦いを改め直していました
この戦いに勝利しても自軍は大きく消耗し、得られるのは力を出し切った敵軍の荒れ果てた土地と僅かな資源のみ・・・
情報も隔離された障壁内で他国の戦力が分からない中、この戦で疲弊してしまっては他国に制圧されるのは時間の問題
ましてや国民を敵に回してしまった今、これ以上戦いを続けられようか・・・
〜
ある廃墟の中
ロウは虚ろな瞳でマナを放出し続けていました
両軍から見つからないように、障壁の発生源である自身の身を守るために
戦火の中、逃げ隠れを続けていました
大国を覆うほどの防壁
強固な壁の精製
破損部分の修復
そして 維持
こんなこと、マナの扱いに長け無尽蔵のマナを格納するロウにしかできないことです
自責の念を感じながらもロウは防壁を維持し続けました
この壁のせいで外交できなくて、生活が苦しい人が出る・・・
この壁のせいで戦争に駆り出され、無意味な争いをしてしまう人が出る・・・
私は何をしてるの?
自分は逃げ回って、皆を苦しめて・・・
私のしていることは本当に正しいの?
正しいって・・・なんなの?
ロウはボサボサになった尻尾を握り締め、泣きながら壁を作り続けていました
〜
ある日を境に、防壁に攻撃が行われなくなりました
ロウは不思議に思いました
戦争が・・・終わったの・・・?
〜
グレイ海洋連合とサウスウィンド連合の国境線
大地は真っ赤に染まっていました
人の形をした肉の塊と、黒ずんだ赤い血だまりが散在しています
地面には大きな亀裂が何本も入り、焼け焦げた鉄塊から煙が上がっていました
ロウは血濡れの道なき道をトボトボと歩いていました
生きている者は・・・
・・・・・・!!
ロウの目に僅かに動くものが見えました
急いでそばに近寄ります
「・・・あぁ・・・あんた、か・・・」
それは
グレイ連合の重騎兵団長 シンでした
「頼み・・・聞いてくれて・・・ありがと、な・・・」
横たわるシンに、ロウは急いでマナを注入しました
痛みが薄れたのかシンは笑顔を見せました
ロウは
顔を上げられませんでした
血が止まらないのです
マナの乖離が治まりません
間に合わなかった・・・
シンの怪我は致命傷でした
彼は体の半分以上を失っていました
何故生きているのか不思議なほどの重体でした
それでもシンは、必死に口を動かしました
「停戦協定、結ばれたよ ・・・あんたの、おかげだ・・・」
シンが国境線で激しい戦闘を繰り広げていた最中、グレイ海洋連合とサウスウィンドで停戦協定が結ばれました
しかし戦火の中心地までその情報は届かず、この国境線で両軍共倒れとなったのです
「仲間は・・・皆逝ったが、民は・・・国は・・・守られた、みたいだな・・・」
私がここを守っていたら・・・
こんなことには・・・!!
私のせいで、あなたの仲間は・・・!!
私は・・・私は・・・・・・!!
泣きじゃくるロウの頬に、シンはそっと手を置きました
指は残っていませんでしたが、頬を伝う涙を手のひらで優しく拭いました
「何を泣いてる・・・あんたは、救ったんだ 世界を、『守った』んだぜ・・・」
シンはフフッと笑みをこぼしました
「長く・・・永く続くであろう戦いを・・・あんたは1年足らずで終わらせたんだ・・・」
「ありがとよ・・・誇れよ・・・ロウ」
シンの体から少しづつ力が抜けていくのがロウには分かりました
「さぁ・・・帰りな・・・あんたの、いるべき・・・ところ・・・へ・・・」
血だらけの大地から
無数の光が
天に向かって昇っていきます
虹色の輝きも
灰色の輝きも
たくさん
たくさん
ロウは泣きました
ワンワン泣きました
苦しくて
切なくて
辛くて
悔しくて 悔しくて
悲しくて 悔しくて
悲しくて 悲しくて
悲しくて・・・
うう・・・・・・うわぁあああああああ!!!!!
ロウは絶叫しました
足元に落ちている剣を拾い上げ、自分の喉に突き刺します
ザシュ!ブシュゥゥッ!!
激しい痛みが体を襲います
それでもなお、ロウは体を貫きました
ザシュッ!!ブシュッ!!ブチッ!!
ゴホォッ!!ガハッ・・・ァ・・・
何度も 何度も
何千回も 何万回も
自身の体を痛めつけました
死なない肉体
死ねない肉体
楯にもなれない
弱い 弱い私
吹き出す血しぶきはやがて止み、もがれた腕は肩に張り付き、傷口は癒え 体は元に戻っていきます
やがて刃は砕け落ちました
ロウは自分を呪いました
膝から崩れ落ち
また大きな声を上げて泣き喚きました
ごめんね ごめんね
血だまりの大地で、少女は泣き続けていました
響く音は 彼女の泣き声だけでした
何日か過ぎ
戦地に少女の姿はありませんでした
遥か遠方の山から戦地を見下ろし、少女はまた一つ 決意しました
平和を・・・
平和を
この手で作り出してみせる
〜
「・・・はい、これは間違いなく・・・あの人のものです・・・」
寒冷地帯グラデ地方
小さな村の、とある小さな家に住む女性は、小さな少女からペンダントを受け取りました
「SHIN」というロゴの入った、ボロボロの、鋼のペンダントです
「ありがとうございます・・・あの人も、救われます」
女性が今にも泣き出しそうなのが少女には分かりました
ペンダントを手渡した少女はコクンと一礼すると、くるりと踵を返しました
「あ!あの、待ってください! なにかお礼を・・・!お名前も伺っておりません!!」
茶色のローブからフワフワの耳を覗かせ、少女は、また笑顔で一礼し家から出て行きました
「・・・」
女性が呆然としていると、家の二階から一人の少年が勢いよく駆け下りてきました
「・・・お父さん!?・・・あれ、違うのかぁ・・・」
「ジェイ・・・? だめよ、まだ安静にしてなきゃ」
ジェイと呼ばれた少年は女性を見上げました
「もう平気だよ!お薬飲み始めてから、調子いいんだ!」
「そう・・・良かったわ・・・・・・お父さんのおかげね・・・」
「ねぇ!戦争終わったからお父さん、帰ってくるんだよね! ねぇ、お母さん!」
「・・・・・・ジェイ・・・あのね・・・お父さんね・・・」
小さな家から、すすり泣く声が聞こえます
外にいた少女は、雪の積もったフードをポンポンと手で払い、てくてくと歩き始めました
ごめんなさい ごめんなさい
〜
グレイ海洋連合とサウスウィンド連合
大国同士の大規模な戦争は停戦協定が結ばれたことにより終結しました
大きく疲弊した両国は、グレイ海洋連合が土地と人員を、サウスウィンドが資源と知識を、それぞれ提供し合うことで、荒れ果てた大地や国民からの信頼を徐々に回復させていきました
共有するものが増えた事で両国の関係も大きく回復し、いつしか同盟貿易国として深い信頼で結ばれるようになりました
対立していた軍事大国同士が軍備を縮小し、貿易同盟国として手を取り合う、というニュースは各国に衝撃を与えました
この戦争の影響を受け、世界各国の軍事や民意の意向は大きく改善され、近隣諸国での紛争は今後数百年に渡り起こることはありませんでした
多大な功績を残したこの戦いは「蒼壁の戦い」と呼ばれ、長きに渡り その名を歴史に刻むこととなったのでした
ロウがこの事実を
知ることはありませんでした
第三章 完
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