ある物語
EXTRA CHAPTER 「Reincarnation」






これはもうひとつの物語

知らなくてもいい 知っても構わない
そんな ある物語

これが事実なのか 逸話なのか
どこで起きたのか なぜ起きたのか

誰も知らない物語






ある荒野に一匹の狼が生まれた
狼の親は争いに巻き込まれ、その一匹を残して死んだ

幼くして親を失った狼だったが、それは必死に生きようとしていた
近くに生えた雑草を食み、泥水をすすり生き続けた


歩けるまでに成長した狼は北へと歩き出した

野を、山を、谷を、川を、傷つきながらも黙々と進んでいった
切り立った崖を渡り、幾度も死の淵をさまよった
貨物船に潜り込み、荒波を超え海をも渡った
朽ち果てた樹木や腐肉を貪り、ひたすらに歩き続けた


幾年が過ぎ、狼は生まれ故郷から遥か北の大地に降り立った
一面銀世界 荒野で生まれた狼は凍えながらも歩き続けた


やがて、狼はある廃墟にたどり着いた


どこの山からも離れた地平線まで白銀に覆われた大地に 今にも風化してしまいそうな石の小屋がポツンと建っていた

小屋の周りにはおびただしい量の骨が散乱していた

動物から人間、魔族、魔獣、様々な生物の骨  遠目から見れば雪山のように、無数の骨が積もり積もっていた

小屋から僅かに離れた場所には  小さな石が、まるで墓標のように地平線まで並べられていた

狼は並べられた石のそばを掘り返した
地中には、何らかの生物の死骸が埋まっていた
それを小屋まで持ち込み、貪った


狼はその小屋から動かなかった
極寒の中、自分の毛皮と小屋で暖を取り、生き続けた
凍りついた腐肉をかじり、生き続けた



幾度も朝と夜が繰り返された

寒さで体を蝕まれつつも狼は生き続けた
夜の空に前脚を伸ばしては、何かを待ち続けていた




幾千かの夜を迎えた頃


狼は空に一筋の光を見て飛び起きた


寒さで目蓋は凍りついていた
凍傷で後ろ足は動かなかった
息も絶え絶えだった


それでも、狼は体を引きずり、小屋の外に出た



全身全霊を込め息を吸い込み、思いっきり遠吠えをした
渾身のひと鳴きだった 喉が吹き飛ぶほどに叫んだ


大地が歪み、亀裂が入った 亀裂からは眩いばかりの「闇」が広がった

一面の銀世界が禍々しい闇の波紋に包まれた
同時に、空から降ってきた灰色の閃光は急速に速度を落としていった


ゆっくりと降りてくる灰色の光
光は、狼のすぐそばに転がった

それはヒビだらけで 今にも砕けそうな結晶だった

狼は 優しくその結晶を抱きかかえた

氷の大地を這いずり回った血だらけの前脚で
過酷な環境に耐え切れず、半分以上壊死した尻尾で
優しく 優しく抱きしめた


亀裂からほとばしる闇が結晶を包み込む


闇の波紋に包まれた狼と結晶はビシビシと音を立てて崩れていった

粉々に崩壊していく結晶と狼
崩れ落ちる灰を闇が取り囲む

「狼だったもの」と「結晶だったもの」は粉雪のように舞い上がりながら闇の渦に巻き込まれ
やがて地面へと溶けていった




一面を覆った闇が静まり、雪原がいつもの姿を取り戻した頃
そこに狼の姿はなかった





空には

もう何もなかった


ただただ 青い空が広がっていた





ここで起きた事を知る者は
誰一人として存在しない




- 31 /47-

[*前] | [次#]

にじくも小説投稿地
ALICE+