楽園第一階層
私はシャルルマーニュ。享年十七歳、現十九歳の神見習いだ。いや、『だった』というのがふさわしいだろうか。
私は十日くらい前に神の仕事を休業した。理由としては気候管理や土地管理の手伝いなどつまらない仕事しか無かったからだ。見習いだから仕方ないと最初は思っていたが、どうやら中位の神になってもやることは大して変わらないらしい。
たとえ上位の神でも太陽神などは昼運動して自身の熱量を上げ、夜は氷風呂に浸かり体温を下げることで気温を調整するという拷問のようなことを毎日繰り返しているという。これを考えると下位のままでいいのかもしれない。
まあそのようなことがあって、今はただの霊体だ。実体化してもらえば他世界に遊びに行くことも出来るが、仕事以外ではまず実体化はさせてくれない。今の状態で行ってもやれる事と言えば人間と一緒に写真撮影して、それがテレビやネットに上げられるくらいだ。
そんなフラフラ生活をしていると以前の上司が仕事を持ちかけてくれた。そしてたくさん並べられた一癖も二癖もある仕事の候補の中から私はここを選んだのだ。
私の天職はきっとこれだ!そう思い立って私はこの職場に来たのだ。
「んぎぎ……」
重くて頑丈な大扉を気合いで押し開けて中に入る。施設が施設だけあって文句は言えないのだが普通の女の子にはキツイものがあった。
誰もいない。意気込んで乗り込んだのはいいものの、受付らしき場所には人の気配すら感ぜられない。確かにこの時間に来るよう言われたのだが。休憩時間なのだろうか。
ウロウロしていると奥の扉から軽快な音楽が漏れ出ているのに気がついた。この施設にはらしくないものだ。
「勝手に探索しちゃダメよね」
と言いつつ好奇心には勝てないのであった。
またもや重い扉を開くとそこは別世界だった。回るコーヒーカップに同じく回転する動物の置物。ここからでも見えるほどの巨大な観覧車に美味しそうな匂いが漂ってそうな売店の数々。
遊園地だ。誰がどう形容しようとしても遊園地だろう。……え、遊園地……?
混乱する私の頭上から何かが走り抜ける音と人の叫びが聞こえたと思ったらコースターが通過していった。驚く暇もなく大きなヒヨコの着ぐるみから何かの紙を手渡される。
「ど、どうも」
スタンプラリーのようだ。どうでもいいが喋らないから恐らく公認キャラクターだろう。
少しずつ平静を取り戻してきた頭で周囲を歩きながら調べていると何か違和感を感じた。遊んでいるのが大人ばかりなのだ。子供も見かけないことはないが大人百人に対して一人いるかいないかのレベルである。また彼らは皆模様などの違いはあれど、一様に黄色の服を着ていた。
おかしい。私が来たのは『監獄』のはずだ。しかし目の前で繰り広げられている光景は雰囲気その対極である楽園に見えてしまう。
「お姉さんだーれ?」
「お姉さんなーに?」
呆気に取られていると二人の子供に声をかけられた。よく目立つ黒一色の服に黄色の髪。二人は小首を傾げながらこちらをじーっと見つめていた。見た目も瓜二つだし双子だろうか。パッと見で分かる違いと言えばボトムスが半ズボンかスカートかくらいだ。
「私、シャルルマーニュって言うの。君たちの名前は?」
「僕はマルク。ここ第一階層担当の獄吏!」
「私はメルク。『幽遠地』担当の獄吏!」
彼らの元気いっぱいの返答に私はまた少し困惑していた。本当にここが監獄だということ、そして彼らがここを統治する役人であり、私の先輩になるかもしれない人達だということに。
「囚人じゃないみたいだよ」
「獄吏でもないみたいだね」
「怪しいねメル」
「怪しいねマル」
獄吏の少年マルクと少女メルクはヒソヒソ話を始めた。どうやら警戒されているみたいだ。
「これを見て来たんだけど二人とも分かる?」
これ以上怪しまれる前にと彼らに紙を渡す。スタッフ募集と書かれた募集文、私がここに来ることになったきっかけだ。
二人はというと食い入るように紙を見ながら時折首を傾げていた。一挙一動がまるっきり同じで見ていて飽きない。少し話し合ったのち少女の方が携帯を取り出して電話を始めた。
「ちょっと僕たちには分からないからボス呼ぶね」
「ありがとね」
彼らは募集をかけていることすら知らされていなかったようだ。何にせよトップの人に会えば分かるだろう。
「ボスこれからヒーローショーに出るから少し待っててくれだってー」
「じゃあ行こう、行こう」
私は二人に挟まれる形で歩き出した。側から見ると家族連れで遊びに来た風に見えているかもしれない。
「そういや次の処罰はいつだっけメル」
「一時間後だよマル。新しいのも入ってきたし悲鳴が楽しみだね」
「楽しみだね」
物騒な言葉の応酬を聞いているとここが監獄だということを改めて認識出来る。また純粋にその処罰というのを楽しみにしている彼らを見ていると背筋に悪寒が走った。
数分ほど歩いたのちショーエリアに到着した。最初は小ぢんまりとしたものを予想していたのだがこれが予想を大きく超えていた。ブースだけでも六つはあり、隅から隅まで歩くと十分はゆうにかかりそうだ。
「ボスは……スキルショーだね」
私としては『世界の珍術、珍技ビックリショー』や『ジューシー三分クッキング』のほうを見てみたいのだが仕方ない。クッキングショーのほうは女性たちで盛況しているようだし。
対するスキルショーはというとそこそこの入りのようだ。今まであまり見かけなかった子供もちらほら見受けられる。まあ大勢を大人が占めているのは変わりないが。
舞台では今まさにヒーローが悪役を懲らしめている場面だ。ヒーローのかざした手から突風が発生し悪役を吹っ飛ばした。追撃と言わんばかりに風の弾丸を撃ちまくっている。
周囲で歓声が上がる中、洗練されていない魔法だなと私は冷めた目で二人が買ってくれたお菓子を頬張っていた。そのお付きの二人は飽きたのか私にもたれかかって半分眠っている。ああ本当にクッキングのほうを見に行きたい。
結局その後も三十分ほどダラダラと戦いを繰り広げたのちショーは幕を閉じた。いろんな魔法が使われていたがどれもちっぽけで迫力が全くない。私みたいに元々魔法というものを知ってる人々にとってはてんでつまらないものだっただろう。
「あ、ボスいたー」
「ボスー」
トコトコと二人が駆け寄っていったのはショーに参加していた悪役だった。
そっち!?その人ヒーローに何度もボコボコにされてその度派手にぶっ倒れていたんだけど。
「おいテメーらせっかくオレが演技してたのに寝てやがっただろ」
彼は笑顔で二人の頭をぐりぐりした。
黒一色のコートの下も黒い上下、髪も漆黒とまるで黒の暴力と言わんばかりの青年だ。見る人によってはアレな人に見えてしまうだろうが、どうもそういった感じではないようだ。
「よお、わざわざそっちから来てもらって悪いな。オレはミニエル。ここ、大監獄『エクステリア』の所長だ」
ボスと言うからどんな厳つい人が来るかと思えば、案外人当たりの良さそうな人で少し安心した。グラサンをかけたハゲのオッサンみたいな人が来るかと内心ビビっていました。
「シャルルマーニュと申します。本日は仕事の募集を見て伺わせていただきました」
「あーあー、そんな堅苦しくしなくていいぜ。ひとまずその募集文とやらを見せてもらおうか」
「これー」
男の子がくしゃくしゃになった紙切れを差し出す。
「おっ、お前が持ってたか。ってアイスこぼしてんじゃねえよコラ!」
「メルがこぼしたんだよ!」
「マルもジュースこぼしてたよ!」
ギャーギャーと騒ぎ始める二人にゲンコツを落とす。痛い目にあった彼らは涙目になりながら私の後ろにサッと隠れた。よく耳をすますとミニエルに対しての暴言を二人して愚痴っている。この二人の将来がすごく不安である。
「この募集文な、多分アルケビュースが勝手に作って置いたんだと思うぜ。少なくともオレ達は書いてないからな」
「え!?」
アルケビュースは以前働いていた場所の上司の名だ。実際この募集文も何千とある書類の中から彼が数枚選りすぐり、その中から私が選んだものだった。
「はは、アンタそりゃ完全にアイツに誘導されてんな!」
大笑いするミニエルに対して私は脱力していた。このときのために面接などの慣れない練習をこなしてきたというのに、それが全くの無意味になるかと思うとやるせない気持ちでいっぱいになる。
「まあでも本気でここで働きたいってなら別に働いてくれていいぜ。募集文に書かれた給料もしっかり払ってやる」
「本当!?」
「ただし、やっていけるかどうかはアンタ次第だ。この募集文自体は嘘だが募集条件は事実だからな」
囚人の監視を主としたアットホームな職場、気を抜けば死ぬ可能性もある、冷徹なものの見方も時には必要。あの募集文に要項として書かれていたものだ。冗談半分に受け止めていたがここまでの出来事、そして彼の発言で本当だということが分かった。
「ま、何であれ、せっかくだから一回味わっていきなよ。そろそろ時間だしな」
ふっと照明が落ちて辺りが暗闇に包まれる。いや、完全に暗闇ではなく遊具だけがぼうっと淡い光を放っていた。軽快に流れていた音楽も不安になるような調子に変わっている。
「罰の時間だ」
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