第一階層



いつから眠っていたのだろう。
私は質素なベッドの上で目を覚ました。枕はもちろん掛け布団もなく、部屋は石で出来ており小さな窓からは辛うじて太陽の光が差し込んでいる。
間違いない、ここは牢屋だ。しかし何故こんな所にいるのか。最も新しい記憶をどうにか捻り出そうとするも上手く頭が働かない。ミニエルと会ってそれから**。
コツコツと石畳を歩く音が近づいてくる。唯一ある扉のほうを見やるとゆっくりとそれは開かれた。

「出ろ」

見たことのない男性が兵士を後ろに控えて立っている。彼はゴミを見るような冷めた目つきを私に投げかけていた。後ろの兵士も無機質な様子であるから素直に従ったほうが良さそうだ。

「早くしろ!」

いざ立ち上がろうとしたところで男性に首を締め上げられる。息が出来ない。必死に手足をジタバタさせるが彼には全く届かなかった。

「モリアス様」

「チッ」

彼の手が首から離れる。私は必死に酸素を取り込んだ。もしかしてあと数秒遅かったら楽になれていたのかもしれない。
だが生死を彷徨ったおかげで何が起こっているのかは理解できた。いや思い出せたといったほうが正しいか。
どうせもう少ししたら楽になるのだ。この時に楽になっていれば良かっただろうに。

「引きずってでも連れてこい」

歩く音が遠ざかっていく。何も聞こえなくなったところで控えていた兵士が私を抱き起こした。

「申し訳ありません姫様。もう私にはどうすることも出来ません」

「もういいのよシュタイナー。覚悟は出来てるわ」

彼の肩を借りて部屋を出る。あの時とは違い不思議と心は落ち着いていた。
私は知っている。外までは五分ともかからない距離であること。そして彼はこんな私を救おうとして死んでしまうこと。

「シュタイナー。姫としての最期の命令よ。その耳かっぽじってよーく胸に刻みなさい」

彼との残り少ない一歩一歩を大切に踏みしめて、私は歩く。

「一つ、私のことは忘れて幸せに暮らしなさい。二つ、自分の命を最優先にしなさい。そして三つ、外に出るまで何か楽しい話をしなさい。思い出話がいいわね」

「シャル……なんか別人みたいだな」

確かに別人だろうな。この時の私はただ黙々と死地へ向かって歩いていた記憶がある。

「ほら、時間がないから早く楽しい話をしなさい」

彼は次々と思い出話を語ってくれた。私が料理をしたら料理長の面目がつぶれるほどの品が出来たこと、私が兵士の格好をして城を抜け出そうとしたこと、私が彼の背中にカエルを入れたこと。

「なによー、私が悪いことした話ばかりじゃない」

「でも、面白いだろ?」

それだけ彼は私のことを見ていてくれたのだ。あんなにワガママで、世間知らずで、無知だった私を。

「あー満足した。もういいわよシュタイナー」

出口までもう少しというところで私は彼の肩から離れた。彼は最後のほうは涙を流しながらも語ってくれていた。
これ以上彼の話をきいていると私も泣いてしまう。それだけはどうしても避けたかった。

「じゃあ残り二つの命令、しっかり守りなさいよ」

「ああ。今までありがとうシャル。大好き……いや、大好きだったよ」

彼の言っていることはとてもピシッと決まったものだが如何せん顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃなので雰囲気が台無しだ。

「無理にカッコつけなくてもいいのよ。相変わらずバカなやつねぇ」

そう、これは過去の追体験。ここで彼に言ったことはきっと未来に何の影響も与えない。
それでも、どうしても彼に伝えたい言葉があったのだ。

「私も大好きだったよ」

泣き崩れる彼を背に私は外への扉を開ける。照りつける太陽は私の頬に伝う雫を乾かしてくれるだろうか。
私はゆっくりと壇上へ上がった。罵倒や野次、投げられる小石が身体に突き刺さっていく。だがそれに反して私の今の気持ちはこの空のように晴れ晴れとしたものだった。

「なぜだ、なぜ貴様はそれほど落ち着いていられるんだ」

「ふふ、そうね。こんなに穏やかに逝ってしまったら国民たちに示しがつかないわね。なにせ暴君だもの」

彼に気持ちを伝えることが出来た。それでいい。あとは暴君を演じ、彼ら国民の怒りと悲しみをこの身でしっかりと受け止めるだけだ。それが私にとっての最期の職務。塗り替えてはならない、私への罰。


「それでは皆様、ごきげんよう」






稀代の暴君、シャルルマーニュ姫の物語はここで幕を閉じた。





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