前略、おふくろ様せかいをつくるもの
新しい朝が来た。カーテンの隙間からは光が漏れ出し、外からは鳥のさえずりが聞こえる。勢いよくカーテンを開けると広大な自然が眼前に広がっていた。ああ、そうだった。ここは僕が知っていた世界じゃないんだった。
身支度をしつつ昨夜の事を思い返した。いや、その前の事から思い出す必要がありそうだ。
そこそこ波乱な人生に幕を閉ざした僕は、次の転生先を決める列に並んでいた。目覚ましい功績を遺した者は永遠の安楽を得られたり、悪人は監獄へ運ばれたりするというが、大多数の普通の人生を歩んできたものはここに並ぶ。僕も多少なりとも悪事を働いてきたが並ぶのはここで良いらしい。
「ま、待ってくれ!あの世界にはもう蘇りたくない!離せえええええ!!」
……どうやら人によっては監獄よりも嫌な世界があるようだ。両脇を屈強な男たちにガッチリ固められて引きずられていく彼に、敬礼を。
一向に進む気配のない行列にただ身を任せていると突如アナウンスが入った。どうやら今から抜き打ち検査をするらしい。もしこの身体が死んだ時のものなら、今僕の身体には劇薬が入っているわけなんですが、それは大丈夫なのでしょうか?
「んー、お嬢ちゃんかわええなー。飴ちゃんあげようなー。おっ、そっちの兄さんはなかなか良いガタイしてますやん。何かスポーツでもやっていたんか?おっ?」
僕の心配を他所に、淡いバラのような髪の女性が徐々に迫ってきていた。彼女が検査員のようだ。しかし虫メガネを持って身体中をジロジロ見つめたりベタベタ触ったりする以外は特に何もしていないようだ。いったい何を検査しているのか皆目見当がつかない。
「ん?」
僕の前で彼女がピタリと立ち止まる。僕の全身を舐め回すかのようにジロジロと見ては何か呟いている。何で僕だけこんなに入念なんでしょうか。セクハラでも何でもしていいから早く終わらせてください。あと解毒もお願いします。
突如彼女にガッと顔を掴まれ視線がぶつかる。その時彼女が赤と黄色のオッドアイだということに気づいた。必死に視線を逸らそうとしたがその紅い虹彩に僕は目が離せなくなっていた。
「シンちゃんシンちゃん!この子貰ってくでー」
「その名前で呼ぶな言うてるやろがアホ!」
そしてわけも分からぬまま彼女に連れてこられて現在に至る。到着した時は夜で、何の説明もないまま部屋に案内されてそのまま一夜を過ごした。今振り返っても頭が痛くなる。
ひとまずは今日、今後についての話をすると言っていたはずだ。いったい何をやらされるのだろう。今の所人身売買のために拉致されたとしか思えないのだけれど。
燕尾服ばかり並んだタンスに複雑な感情を抱きながら僕は部屋を出た。最初に目に飛び込んできたのはおそらくエントランスホールであろうエリア。昨日は暗くてよく見えなかったが、二回もあるようだしなかなかの大きさだ。部屋数は最低でも十は確認できる。壁にかけられていた時計は僕の知る時計ではなかったが、多分朝ごろを指していた。
どうしたものかと考えていると隣の部屋の扉が開くのが見えた。第一村人発見。
中から出てきたのはドクロをモチーフにしたような悪趣……奇妙な帽子を被った少女だった。海の底のように青い、短めのその髪を見てると海に行きたくなってくる。
「こんにちは」
「……どうも」
…………もしかして言葉を間違えただろうか。なんだか機嫌が悪そうだ。というより、僕に関わりたくないというオーラがひしひしと伝わってくる。
気まずい空気の中どちらも動けないでいると外への扉が音を立てて開かれた。
「おっすお二人さん!今起きたところか?」
近づいてきた二人の青年の中で、人当たりの良さそうな茶髪の人が声をかけてきた。顔は少し紅潮し、額には汗が浮かんでいた。
「俺はバッシュ。んで、こっちはラーク。よろしく!」
「よろしくな」
ラークと呼ばれた青年も人付き合いは良さそうだ。やけに仲が良さそうだけど二人は知り合いなのだろうか。
「僕はフラクタルといいます。よろしくお願いします」
お互いにあいさつをしたところで僕たちの目線は一箇所に集まった。そう、骸骨の帽子を被った少女だ。
「ウ、ウルルです……」
なんか保湿性高そう。
「……お前、まさかウルカ族か」
僕はただならぬ気配を感じ声がした方へ振り返った。見るとバッシュが携えていた木刀を構えウルルを睨みつけていた。
「ちょいちょいちょい!前世のことはもう忘れようってさっき言ったばかりだろ!?」
彼は止めようとするラークを突き飛ばした。バッシュは今にも襲い掛かりそうな勢いだ。それに対しウルルはというと目に涙を浮かべ、ただ身体を震わせている。
関わらないほうがいい。僕の頭がそう告げていた。これほど怒り狂っているのだ。よっぽどの事があったのに違いない。まかり間違っても第三者の僕が出ていいようなものではない。
だけど、反射というのは厄介なものだね。
「そこをどけ」
とっさにバッシュとウルルの間に割り込んだ僕に彼は警告をする。本気の目だ。邪魔をするならお前もやるぞ、と目で語りかけてくる。
「そこまで彼女を憎む理由を教えてください」
「ウルカ族は人間のくせに魔王軍につく裏切り者連中だ!そしてそいつの一族に俺の両親は殺されたんだ!」
「私たちは裏切り者なんかじゃありません!裏切り者はあなたたちのほうです!」
彼女の悲痛な叫びと同時にラークが横から彼に飛びかかった。もがく彼を必死で押さえつけるラーク。
「初日から喧嘩とは楽しそうで何よりやな……」
地の底から響くような声に、僕たちの視線は声の主に吸い込まれた。そこには可愛らしい縞々のボーダーが描かれたパジャマを着た、ボサボサの赤髪の女性が立っていた。僕をここに連れてきたあの人だ。
しかし今日はつい見とれてしまう左目の赤い瞳を眼帯で隠している。またあの時のようなおちゃらけさは微塵も見当たらなかった。
「さむ……」
さっきから酷い寒気を感じる。直感的に体が彼女を恐れている、というのもあるがそうじゃない。室温が急激に下がっているように思える。発生点はあの女性だ。彼女の足元から氷の床が広がってきている。
「喧嘩したいならウチが相手してやるで?ん?」
彼女が一歩、また一歩とバッシュ達に近づくたびに床が凍っていく。動けない彼らにその手がかかろうとしたまさにその時、何か黒い影が彼女の頭上に降ってきた。
「……寒い!」
彼女にすっぽりと肩車するように飛び乗ったそれは、小さな男の子だった。
「喧嘩を止めるために喧嘩をしてどうすんのさツァディ」
「……いやあ、ちょっと最初に脅しておくのもありかもなーと思てな」
男の子の言葉を聞いて先日のような明るさに戻った女性。それと共に辺りを包んでいた冷気が少しずつ引いていった。とりあえずは危機を逃れたとみて良いだろう。僕は緊張から解き放たれ大きくため息を吐いた。
「ほらほらみんなも早く食堂に行った行った。もうすぐ説明会を始めるよ」
少年は彼女の方から飛び降り、納得のいかない表情のバッシュと疲れた様子のラークを押していった。
「大丈夫?」
恐怖の対象も居なくなったが、未だに涙を流したままのウルルにポケットチーフを手渡した。溢れる涙を無言で拭き続ける彼女を、僕はただ見守ることしかできない。
「嬢ちゃん大丈夫か?欠席するか?あ、フラ君は強制参加なー」
深くは心配していなさそうな軽い調子で女性が話しかけてくる。それよりも昨日出会ったばかりのはずなのに、何故この人は僕の愛称を知っているのだろう。
「もう大丈夫、です」
「そか。そいじゃもうすぐ始まるから行くでー」
ウルルが顔を上げると、涙で赤くなった彼女の目とかち合った。その間、まるで僕の目を覗き込んでいるかのように、彼女はじっと僕の顔から視線をそらさなかった。
女の人のあとについて行き、一際大きな扉を開けたその先には少し大きめの食堂が待ち構えていた。横に長いバンケットルーム、といえばいいだろうか。真ん中には長テーブルが置かれており、他の同居人と思しき人々が各自のスタイルで椅子に座って待っていた。
僕たちは慌てて空いている左手前の二つの席に座った。ウルルは一番隅のほうが良いということで僕は彼女と、幼い少女の間に座った。都合の良いことにウルルとバッシュの席の位置はほぼ対角線上だ。
ふと隣の席を見るとまだ十歳行くか行かないかくらいの白衣を着た小さな女の子が分厚い本を読みふけっていた。ラベンダーのような淡い紫の髪を頻りに掻き上げながらひたすら目を動かしている。
「はーいちゅうもーく。揃ったみたいだし始めまーす。あまり緊張せず、ご飯食べながらでも聞いてね」
長テーブルの上座にいた先ほどの少年が腕をブンブン振りながら声を上げた。なんか女の人眠ってるんだけどそれは大丈夫なのだろうか。
ともあれ、これが全員のようだ。上座の彼を含む、十人がここに集められている。そして今気づいたことだがこちら側の席は僕以外全員女性だ。急に気まずさが湧き上がってきたが今更動くのも失礼な気がするのでこのままでいることにしよう。
「えー、まず初めに軽く僕たちの自己紹介。僕はアルケビュース。一応総責任者の立場です。んでこっちの少年がテトラトリィ。ここの責任者ね。まあ皆、一度面接で会っただろうし大丈夫だよね」
「よ、よろしくお願いします!」
反対側の先頭に座っていた少年が緊張気味にあいさつをする。
いや、記憶の限りぼくは初めて見たと思うのですけれど。しかし他の人達は動揺する様子もなく彼らの話を飲み込んでいる。もしかして僕の知らないうちに会ったことあるのだろうか?
「うんうん。で、こっちの開始早々寝ているアホ、遅刻魔、燃えないゴミがツァディーレ。テトの補佐という天下り先を見つけて真っ先に飛び込んできクズだよー」
彼が例の女性の深紅の髪をバシバシ叩くが。起きる気配は全くなかった。出来るならあまり不機嫌にさせないでほしい。その人、コワイ。
「いやー、それにしても皆こんな行き当たりばったりの企画に参加してくれてありがとね。これから詳しい内容を説明していくから質問あるならドシドシ言ってねー」
え?他の人は何するのか知ってるの?もしかして知らないの僕だけ?ウルルの方へ振り向くとキョトンとした顔で僕を見ていた。
「例えばそこのキミ。えーっと、フラクタル君か。……ん?アールグレイ……?」
片眉を上げて資料を見入るアルケビュース。アールグレイは僕の家門名だ。それなりの名門だったが僕が死んだことでその血筋はもう途絶えてしまっているだろう。
「あの、何か?」
「……いや、気にしないで。それより何か言いたげな顔してたでしょ。遠慮せずに質問してくれていいんだよ?」
そうだった。彼は何に引っかかったのか気になるところだが今はそれよりももっと大事なことがある。
「企画とか面接とか、そういった話を全く聞かされていないししていないんですけど」
僕のこの発言で、他の人達からの視線が一気に集まってきた。信じられない、何だこいつと言わんばかりの驚きの顔がグサグサと突き刺さってくる。無知は罪なんですか!?
「ああなるほど、君がツァディに連れてこられた子か。どうせ何も教えられず拉致されたとかそういう感じでしょ?」
「痛い痛い痛い痛い!起きたから!ウチもう起きたから!」
「じゃあ僕の代わりに、彼も含めみんなに何をしてもらうか改めて説明してあげて?」
実は水面下で攻撃は続いていたらしく、ツァディーレと呼ばれた女性は苦悶の表情を浮かべながら止めるよう懇願していた。一体テーブルクロスの下では何が起きているのだろう。気にはなったが確認する勇気は出なかった。
「ウチらが皆を集めたのはな、皆の手でここを人間の住める世界に作り変えてもらいたいんや。いわゆる開拓者って奴やな。あ、ちなみにウチとアルクとテトはカミサマやでカミサマ。結構偉いほうなんやで〜」
まあこんなことが出来るのは神様くらいだろうと思っていたから彼女の発言にそこまで驚きはしなかった。アルク以外は偉い人には見えないけど。
「そのためにそれぞれの分野に精通してる若くして死んだ魂を探し出し、そこから選抜したのが君たちや。とりあえず今は七人集めてみたけど、人手が足りんくなったら随時拉致してくるつもりやで〜」
つまり僕がその最初の被害者と。
しかし考えてみると、将来人間が住む世界を死後の人間が整備するというのもなんだかおかしな話だ。もしかしてオーパーツなどと言われているものは、そういう人たちが置き忘れた物なのだろうか。わざと置いてきたという節もあるけど。
「実はもう一人女の子が来る予定だったんだけどね。突然ラーメン屋で修行してくるとか言ったり、かと思えば次は巨大マグロを釣ってくるまで帰らないとか言ったりそれはもう自由人でね。今年中には帰って来る予定だそうだから待っててね」
椅子が一つ余っているなと思ったがそういうことだったのか。それにしてもその人は女の子っぽくない事ばかりしてるんだな。一体何の才能を持った人だったのだろう。
「よしっ、ひとまず僕から伝えることはこれで終わり!後はここのテトとツァディに聞いてね!」
アルケビュースはそう言い残し、足早に食堂を出ていった。少し前からそわそわしていたが何か急用でもあったのだろうか。
「じゃあアルク様に代わり話を続けるね。といっても話はあとほんの少しだよ」
テトラトリィが彼の座っていた席に移動し資料を整える。横からでは分からなかったが、彼が体を揺らすたび黄色の髪から生えた一本の触角がピコピコ動いている。寝癖なのか、それともトレードマークなのか。僕を含む一部の人は彼の顔よりもそっちの方に視線が向いていた。
「最初の一年は他の世界が支援してくれることになってるよ。電気や食糧、人手には困らないってことだね。なので僕たちの初年度の目標は、この援助が終わるまでに最低限の生活ラインを確保することになるね」
前から計画書が回ってきた。目標として人口、食糧自給率、生活水準など細かく設定されている。果たしてこの数値は現実的なものなのだろうか。このような事をしたことのない僕にとっては全く理解できない。
「あ、ちなみに計測したところこの世界の一年は二百日、一日は二十時間ね」
外の時計が見たことないものだったのはそういうことだったのか。一日の長さに慣れるのにしばらく時間がかかりそうだ。
「何はともあれ、一番大切なのはこの生活を楽しむこと。魔法を見たこと無い人もいればハイテクな機械を見たこと無い人もいるよね。互いに教え合って、自分の知らないことをたくさん吸収して、そして発展の役に立ててくれれば文句なし!」
彼が心の底からそう願っているのが伝わってくる。僕としても魔法を見たことがないので是非この目で見てみたいところだ。
「それじゃ、僕の話はこれで終わり。今日の残りは自由に見て回ったり交流を深めたりするといいよ。明日から本格始動だからね。……あ、でもあまり遠くには行かないのと暗くなるまでには帰ってくるように!」
まるでお母さんみたいだなあ。僕は自然と笑みがこぼれるのを止められなかった。
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