ゴーレムと姉弟せかいをつくるもの
テトが朝食を作っているなか、僕はとある部屋の前にいた。二階の一番奥、昨日まで誰も居なかった空き部屋だ。
ここでは例の『八人目』が眠っている。テトが言うには昨夜、みんなが寝静まった頃にやって来てはすぐ泥のように眠り込んでしまったらしい。彼から見た第一印象は「この子は第二のトラブルメーカーになりそう、いやなる」だそうだ。一目見ただけで分かるとか一体どんなヤバい人なのだろう。
またアルケビュースは八人目の彼女を『好きな時に好きなことをする子。世界崩壊因子八号』だと評したという。めちゃくちゃ物騒な言葉が出てきたみたいなんですけど本当に大丈夫なんですか……?
「おはようございまーす」
震える手でノックをしてみたが返事はない。それどころか鍵すらもかかってなく自然とドアが開いてしまった。薄暗い部屋の中で目を凝らすと部屋の真ん中で転がる物体が見えてくる。まさかそこで寝たのか?ベッドも全く乱れていないっぽいし。あといびきうるさい。
「えっ」
そしてパチリと電気を点けたところで僕は言葉を失った。目の前に転がっているのは下着姿の女性。あまり手入れもしていないのだろう、乱雑に伸びた黒髪はまるで適当に自分で切ったかのようなアンバランスさだ。お腹も寝ながらボリボリと掻いている。
しかし、僕にとって驚く場所はそこではなかった。
「ね、姉さん……?」
彼女は天井の眩しさに眉をしかめ、ゆっくりとその眼を見開いた。とろーんとした顔の彼女と僕の目がかち合う。
「あっ、フラ君起こしに来てくれたの。ところで、今日の予定は何だったかしら。ダンスの練習?」
まだ寝ぼけているみたいだ。僕を認識した頭が勝手にあの頃の事を思い出しているのかな。
「……本日のご予定は朝食を摂りながら今後についての打ち合わせ、またお仲間たちへのご挨拶です、お嬢様」
「もうっ、お嬢様じゃなくてお姉ちゃんって呼んで」
このやり取りは間違いない。やっぱり彼女は僕の姉、ペークシス・フォン・アールグレイだ。……振る舞いはぜんっぜんあの頃と違うけれども。
普通なら涙を流して感動の再会、なのだろうが彼女の残念さにその気持ちすら湧いてこなかった。それに、心の奥でいつか会えるような気がしていたこともある。
「ほら姉さん。みんな待ってるから早く着替えて着替えて」
「うーん……」
寝起きが悪いのは相変わらずか。僕は彼女の今来ている服をポイポイと剥いて服を着せた。見たことのない腕輪が邪魔だったが外そうにも外せなかった。次にドレッサーの前に座らせてその長い髪を梳いていく。その間も彼女はすべて僕に任せると言わんばかりにまた眠り始めている。それにしてもこのくせ毛強いな!どんだけ手入れを怠っているんだ!
僕は二十分もの時間をかけて彼女の髪をセットし、抱っこして食堂へ走った。新しく増えていたウルルの隣の椅子に放り捨てそのままテトのヘルプに入る。野菜を切った後どうするか迷っているみたいだ。
「ご、ごめん。やっぱり一人じゃ並行作業が多すぎて……」
「いえいえ。進めておいてくれているだけありがたいです」
といってもあの料理は今からじゃ時間的に厳しいか。急遽変更するとしよう。都合の良いことに、この料理は彼女にとっても懐かしの味のはずだ。
テトのカバーもあって僕たちはあっという間に朝食を作り上げ、食堂へと運んだ。みんなの視線は案の定、眠り姫へと向いている。やはり姉さんのアレはそのままなのだろうか……。
「んー!よく寝た!」
食事の匂いに誘われて姉さんはようやく目を覚ましたみたいだ。首をコキコキと鳴らし大あくびをする。女性らしさなど微塵もない。そして周りなど目もくれず、そのまま目の前の料理を食べ始めた。
「あの、先に自己紹介してくれるかな……」
「あーごめんなさいね!私はペークシス・フォン・アールグレイ。そこにいるフラクタルの姉です。弟共々よろしくね」
それだけ言って彼女はまた腕を動かし始めた。しかし未だに僕は信じられない。僕と同じくあんなに礼儀作法やら何やらを厳しく仕込まれてきた姉がこんな姿になっているなんて。
「ああなるほど、フラックの姉だったんだね。なんか雰囲気が似てるなーとは思ってたんだ」
「まあ、確かに姉は姉なんですけど。でも僕の古い記憶にはこんなオッサンみたいな姉はいませんね」
「フラ君ひどっ!人間はね、ふとしたきっかけで大きく変わったりするものなのよ?」
いくら何でも変わりすぎだ。むしろ頭でも打って人が変わってしまったと言われた方が信じられるくらい。
「にしてもアルクもメムも酷いじゃない!こんな面白そうな事を今まで黙っていたなんて!」
「いや黙ってなんてないぞ。お主が聞く耳持たずにマグロを釣りに行っただけじゃ。……ところでそのマグロはどうした?」
「ああそれね。釣れたよめちゃめちゃ大きい本マグロが。今日届くように頼んでおいたはずなんだけど」
そんなもの持ってこられても僕には解体出来ないんだけど。
「それか分からないけど、今朝君宛てに手紙が来てたよ」
テトが彼女に手紙を渡した。どうやらアルケビュースからのもののようだ。
「んーなになに、『あのマグロは僕とイニーが美味しくいただきました。それと足りないからといって勝手に僕のお金を使わないでください』ってハァ!?確かに口座からちょろーっと頂いたりはしたけどさあ、この仕打ちは酷くない!?」
「……賑やかなお姉さんだな」
狂ったように騒ぎ立てる姉さんを見ながら隣に居たシオンが笑みを浮かべながら僕に囁いた。本当に申し訳ない。なんでこんな風になってしまったのか僕にも全く分からないんです。
その後は姉さんの冒険話で一定の盛り上がりを見せ朝食は終わった。今日の後片付けは彼女が手伝ってくれるとのことで僕たちは厨房へと向かった。
「いやー、久しぶりのフラ君の料理は美味しかったわ。特にあのポテトスープは懐かしい感じがしたわね」
そこはしっかりと胸に刻まれているんだね姉さん。まあ昔から食べることは好きだったからだろう。
「しかし死後に姉弟で同じ仕事をすることになるなんてね。……私が先に死んで三年後だからもしかして私と同い年?それにしては背が伸びてないわねー」
「……うるさいよ」
背が少し低いのは昔からのコンプレックスだ。彼女はもちろんその事を知っている。
「姉さんの方こそどうなのさ。……まだいろんな人を引き寄せてるの?」
彼女は僕たち家族以外のどんな人もたちまち魅了してしまう。貴族でさえもメイドでさえも、王族でさえも。そんな体質のせいで彼女は生前狭苦しい思いで生活をしてきていた。
「ああアレね。アルクに封じてもらっちゃった」
「えっ」
僕は驚きで危うく皿を落としそうになる。それに対して姉さんは顔色一つ変えずに皿を擦っていた。
「私は神々によって技巧的に作られた魂らしくてね。魅力を極振りした上に魅了ブーストの能力を発現させられていたっぽいのよ。ホントカミサマの気まぐれは酷いわよねえ」
……なんか似たような話をつい先日聞いたような気がする。
「まあ封印出来るのは魅了ブーストだけで魅力値自体はカンストしたままらしいんだけどね」
「……姉さんは今、幸せ?」
自分でも妙な事を聞こうとしてるなと思っている。けどこれだけは、これだけは姉さんの口から直接聞いておきたかった。
「そうねえ。幸せといえば幸せかなあ。親友もできたし、もう自由に動けるし。可愛い弟にも会えたし、ね」
そんなこと面と向かって言われると恥ずかしいからやめて欲しい。そしてそのことを姉も分かってて言ってるから本当に性格が悪いやつだ。付き合いが長い分、まだみんなの知らない僕の一面を彼女は知っている。逆に僕も彼女のことを知っている。
「ふー終わった終わった。フラ君お茶ー」
「はいはい」
彼女がお茶というと紅茶のことだ。残念ながら僕らの家名を冠するティーは香料の関係でまだ作れない。メムミーに果樹園を作ってもらうよう依頼してみるのもアリかもしれない。
「さーて、それじゃ明日からの準備を始めるかなー」
アツアツの紅茶にも関わらず姉さんはあっという間に飲み干してしまった。昔はあんなに香りを楽しんで優雅に飲んでいたのに。他のみんなもコーヒーやジュースのほうが好きだし、僕と一緒に談義しながら飲んでくれる人はもう居ないのだろうか……。
「必要なものは食糧、就寝グッズ、着替えくらいかな」
「突然どうしたの姉さん?また家出の計画でもしてるの?」
彼女は一度だけ家出をしたことがある。母さんのダンスレッスンに身が入っていないことを咎められて泣いた時だ。あの時は唯一の出入り口も門番に見張られて事実上封鎖された敷地内における、一時間にも及ぶ壮大な家出だった。その後、彼女とついでに僕はお詫びということで大量のお菓子を与えられ、機嫌を取り戻した。
「フラ君よくそんなこと覚えてるね。そんなんじゃなくてね、実は私旅に出ようと思うの」
「実はも何も今日来たばかりじゃない!?」
「自分の役割について考えた結果の答えよ。私は他のみんなと違って特技とかないし、だから私にしか出来ないことがやりたいの」
姉さんが窓の外に目を向ける。そこには湖への道を少し広げようと木々を伐採する移民の人々がいた。人手が増えたこともあってか僕たち抜きでも建築スピードに間に合うようになった。
なら僕は何をすればいいのか。農業も林業も狩猟もいつかは移民に取って代わられる。他のみんなは各々得意なことで活躍できるだろうが僕にはこれといって出来ることはない。
姉さんにとっては何気ない一言なのだろうけど僕にとっては胸にグサリと突き刺さるものだった。
「……姉さんがやりたいというなら僕は止めないさ」
今まで閉じ込められ、親の指示に従っていただけの姉さん。そんな彼女がやりたい事があると言うのなら、信じて送り出してあげる。それが彼女のただ一人の家族である僕の務めだ。
「でも、遠くに行けば行くほど危険な動物とかもいるかもしれないよ?」
「その点なら問題ないぞ」
いきなり聞こえてきた背後からの声に僕は心臓が飛び出しそうになった。振り返るとそこには冷蔵庫に入れてあったソーセージをぽりぽりと食べるメムミーの姿があった。いつ冷蔵庫を開けたんだ?それどころかいつ厨房に入ってきていた?
「慣れないうちはワシが付いていくからな。久方ぶりの冒険、ワクワクしてくるのう」
「えっ、そんなの聞いてないんだけど!」
「今決めたからのう。テト坊にも後から言うつもりじゃ」
テト坊……。見た目だけならテトのほうが年上に見える分凄くシュールな響きだ。百数十歳の彼だけでもヤバいがツァディとメムミーも加わったら僕たちの平均年齢なんて体を成さないのではないだろうか。
「だからクシィの事は安心して良いぞフラクタル。降りかかる火の粉はすべてワシの手で振り払ってやるからな」
自信たっぷりに宣言するメムミーに対して姉さんは少々不満げだ。よほど一人旅がしたかったのだろう。僕としてはこれで姉の安全は確保出来たようなものなので彼女の提案はこちらからお願いしたい。果樹園のほうは農家に作ってもらうことにしよう。
「うう……私の完全なる一人旅計画がぁ……!」
「はいはい、じゃあ旅の準備を始めようね」
それにメムミーが居なくなる間の畑の管理にも対策を立てないと。畑が荒れたらまた耕し直しだ。またあんな規模の畑で鍬を振りたくない。
僕はまだ機嫌を直さない姉さんを連れて調理場をあとにした。まずは就寝グッズ、というよりも道具全般だ。その為にもライツからあの袋を借りるべきだろう。
「……ん?あれ?」
エントランスホールに出た直後両足が突然動かなくなった。足元を見ると小さな粘土の塊のような物体がそれぞれの足に張り付いている。これが重さの原因だろう。
「なにこれ可愛いー!」
姉さんが屈みこんでその物体を撫で回す。真上からでは見えないが顔のようなものがあり、僕の足に頬ずりしているらしい。またぬいぐるみなどの小物が好きな姉は一気に機嫌が良くなっていた。
「や、やっと止まった……!」
二階からの声に目を向けるとライツが瀕死の形相で手すりにうなだれていた。自慢のピンクの髪も振り乱れ、粘土のようなものがあちこちに付着している。
おぼろげな足取りで降りてきた彼女が何か一声かけると引っ付いていたものが足から剥がれ落ちた。下を見るとでは僕の頭くらいの大きさの塊が僕の方を見上げてきていた。飾り気のない見た目だがその小さくて短く、可愛い手足と点のようなつぶらな瞳がとても愛らしい。頭を撫でてみると手足を上下にパタパタさせて喜んでいるような素振りを見せた。
「ライツさん、これは?」
「はい。彼らはチビゴーレムのカント君とリアちゃんです!出来立てホヤホヤ、元気いっぱいです!あり過ぎて手に負えないけど……」
ゴーレム?名前だけなら聞いたことあるけど……。
「えーっと、簡単に言えば意志を持ったお人形さんです。言葉こそ話せませんが魔力チップを埋め込むことによって相手からの簡単な言葉を理解し、指示されたことを実行する知識を持ってます!ちなみに目の位置に埋め込んであるのは宝石です……あっ外さないで!外さないでください!」
姉さんが目の当たりをほじくり始めるのをライツが引き止める。宝石と聞いた途端に目の色を変えるのは女性にはよくあることだ。
「でも錬金術って彼らみたいなものも作れるんですね」
「うん。今まで何度も失敗してたから諦めかけてたんだけど今回は上手くいったの」
「いだっ!いだだだだだ!」
まだ何か言いたげなライツだったがチビゴーレムに腕を掴まれる姉さんに遮られた。どうやらゴーレムの防衛本能が働いたみたいだ。それよりもそんなもの発動させるとか姉さんは何やっていたんだ。
そろそろ本題に入るとしよう。僕は彼女に姉さんが冒険に出ることを説明し、あの便利な袋を貸してもらえないかと交渉した。採取に使っているので難しいかと思われたが、予備の袋があるとのことで彼女は快諾してくれた。
ライツから改めて袋の説明を受けている時、姉さんのほうから奇妙な音が聞こえてきた。携帯の着信音らしい。しかしドラムの音のみの着信音とは如何に。そして姉さんは画面を見て一瞬嫌そうな顔をとっていた。
「何の用?……分かった分かった代わればいいのね。まったくどうやって嗅ぎつけたのやら」
「……え?わ、私!?」
姉さんが電話を渡したのはまさかのライツだった。
「もしも……えっ、まさか師匠!?いやいや久しぶりだな、じゃないですよ!今どこにいるの!?……いつもお前を見ているって何!?怖いし答えになってないんだけど!?や、やめて!見られているのは分かったからそれ以上言わないでー!」
顔をリンゴのように真っ赤に染めつつ電話を切るライツ。一体どんなことを聞かされたの?なんて口が裂けても聞けるような状態ではなかった。
「なになに、何を言われたのぉー?教えなさいよー」
……それなのにこの姉ときたら。案の定ライツは僕たちに頭を下げたと思ったら自分の部屋に逃げていった。と思ったらすぐに出てきて今度は外に飛び出していった。まあ、話の内容的に部屋に何か仕掛けられているっぽいから外の方が安心だね。
「行っちゃった。この子たちどうすればいいのかな」
取り残されたゴーレムたちはライツが出て行った玄関を眺めていた。おそらく命令の優先度が最高であろう作成者のライツは居なくなった。ならもしや僕の命令も聞いたりするのだろうか?
「カント君?」
僕たちから見て右手にいたゴーレムが即座に振り返り、その短い右手を突き上げた。か、かわいい。そしてどうやらこっちがカント君のようだ。
「リアちゃん!」
姉さんの言葉に今度はもう一方のゴーレムが右手を突き上げる。
「ああもう可愛いなぁ。冒険に連れて行きたいくらい!」
姉はもうすっかりゴーレムたちにメロメロのようだ。そういう僕もカントの頭部をしばらく撫で撫でしていた。どこかの高慢ちき口の悪い黒モップとは雲泥の差、月とスッポンだ。
十二分に堪能した僕たちはカントとリアを自由にさせたのち、外に出かけることにした。今日の僕の仕事は姉さんにこの世界の案内をすること。つまりは姉さんが行きたいと言う場所には黙ってついていくしかない。とても骨が折れそうな仕事である。
「へー、いろいろ建てているのね。ねえ、あの建設中の大きな建物は何?」
「あれは造幣局だね。昨日作ろうってことになったけど考えたらお金なんて今のところ使い道がほとんど無いということで外観だけ作ってる憐れな建物だよ」
どっちみちシオンに装置を作ってもらうにしても素材が足りなかった。なのでテトには悪いが酒代はしばらく彼の給料から差し引かせていただこう。
「じゃああっちは?」
「アレは役場だね。寮の事務室が手狭になってきたから今後は向こうでやるつもりなんだって」
現在テトは自身の友人たちに事務仕事の協力を要請している。彼いわくブラックなカーヴィンの所から転職してくるのはほぼ間違いないとのことだ。それまでは僕とピロリペールが彼のサポートに入ることになっている。
「ふーん、みんな頑張ってるのねえ。私も頑張らないと」
いっそうやる気が湧いてきた様子の姉を見て僕の心が再びざわついた。
そうだ、みんな頑張っている。物を生み出し、怪我人を治し、狩猟を行なっている。僕は彼らの手伝いをしているだけ。しかしそれにもいつか限界がやってくるだろう。このままでは僕だけが置いていかれるのでは?みんなの足を引っ張ってしまうのでは?
「……こっち来て」
僕は姉さんに建物の影に連れてこられた。周りを気にせず二人きりで話したいのだろう。内緒話などはいつもこのような場所に来て話していたから。
しかし彼女は壁にもたれて座るよう僕に促した以降、何も語らなかった。その代わりに目線は前に向けたままに僕の手を握る。あれ、彼女のこの行為は何を意味していたんだっけ。知っているはずなのになかなか思い出すことができない。
「ねえフラ君。さっき私に幸せかどうか聞いたよね。今のフラ君はどうなの?」
幸せ、か。まだあの親からの教育も始まっていない、あの頃のことを幸せというのなら今の僕は……。
「まだ、分からないよ」
「……そうね、まだ始まったばかりだものね。いいのよ焦らなくても。これから先見つければいいだけだから。この仕事の途中で見つかるといいね」
見つかるのだろうか。見つけられるだろうか。僕には自信がない。幸せな未来が全く想像することができない。
「こらっ!」
突然彼女からデコピンが飛んできた。爪の部分が思い切り辺り突かれた場所がじんじんと熱を帯びていく。
「まーた一人で何か悩んでたでしょ!ほんっとそこだけは昔から変わらないんだから!」
いつもと違う厳しいデコピン。それにも関わらず姉さんは怒っている訳でもなく笑っていた。笑って僕の体を揺すっていた。
「それじゃ一つ姉からのアドバイス。フラ君は大抵のことが何でも出来るが故に何か一つのものに没頭したことが無いでしょ?だからまずは自分のやりたいことを見つけなさい」
「自分のやりたいこと?」
「そっ。それを見つけて実現のために努力するの。独学で勉強したり誰かに師事したりね。選択肢はいーっぱいあるわ。都合の良いことにここには様々な分野のプロフェッショナルがいるし。あ、もちろん私も最大限のサポートをするよ」
彼女はそう言って僕の手を両手で包み込んだ。そして僕は全てを思い出す。この振る舞いは励ましてくれている時の振る舞い。いや、最初の手を繋ぐ行動からデコピン、今の振る舞いまでの全てが僕を励ましてくれている行為だ。ミスをした時、怒られた時、不安な気持ちでいっぱいになった時。いつも姉さんはこうして僕の手を握ってくれた。
「だから、もっと周りを、特に私を頼ってね。今まで一方的にフラ君を頼っていた分のお返しだよ」
「……ありがとう、姉さん」
一方的なんかじゃない。僕も何度も姉さんに救われてきたんだよ。この気持ちを伝えたかったが溢れそうになる涙をこらえるのに僕は手一杯だった。
第二段階に入った開拓に便乗させてもらおう。今日から僕も第二段階入りだ。
「例えばそうねえ、ダンス講師か料理人とかどう?あっ、それとも私専属のマネージャーでもいいよ!」
「……勘弁してよ」
彼女のマネージャーなんて体がいくつあっても足りなさそうだ。
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